4 / 18
4.弟は心配性
しおりを挟むディアナは本が好きだった。
物語のような恋や冒険をしてみたい。夜眠る前は、そんな妄想を常にしていた。
話の中の恋人たちは、お互いを運命の人だと信じあっている。それはキラキラと輝いており、ディアナに夢を見させてくれた。
物語に登場する冒険家は世界中を巡って財宝を見つけたり、ときには恐ろしいドラゴンと戦ったりして成長していった。
(なんてドラマチックなの!)
ディアナは本を読むたびに興奮を覚えた。
それとともに、いかに自分が狭い世界を生きているのかを実感させられた。
全てに縛り付けられている生活。
行動的なディアナには合っていないことは、自分が一番理解していた。
部屋で人形遊びをしたり、可愛らしい洋服で着飾ったりするよりも、外に出て見たことのないものを見てみたいと常日頃から思っていたのだから。
*
「あのクソ王子、絶対許せねえ」
「まあまあ。落ち着きなさい、ナイン」
会場から去り、馬車で家に戻ってきたときに一番鼻息を荒くしているのは弟のナインだった。
(美形が台無しね)
くすりと笑いながら、憤怒に顔を赤らめる弟を微笑ましく眺めた。
普段は優等生で柔らかな雰囲気を纏っているナインだが、ある一定まで怒りが振り切れると非常に口が悪くなる。それはディアナだけが知っていることだった。
「姉様はあんな風にされて許せるんですか?」
不快感を滲ませながらも、いつも通りの敬語口調で言った。柔らかなアッシュグレーの髪をくしゃりと掻き上げ、ヘーゼルの瞳をディアナに向けてくる。
「もう、慣れちゃったし。それに覚悟はしてたから」
ディアナは平然と言い放った。ナインは苦渋を滲ませなような表情で「くそ」と呟き、近くの壁を殴った。そんな行動をしてもナインは絵になる。
ディアナとナインの容姿は全く似ていない。それもそのはず、二人は血の繋がらない姉弟なのだから。
柔らかな美形であるナインに比べ、ディアナの容姿はキツイ印象だった。闇を溶かしたかのような漆黒の髪に、ルビーの様な赤目。はっきりとした顔立ちは見るものを圧倒させる美人といったところか。
だがディアナは、どんなに美しいと言われようとも自分の容姿が嫌いだった。
何故なら、この国において異端の者だと一目で分かってしまうから。
幼い頃に死別した母親は異国の出だった。バルザレッティ伯爵は母に一目惚れし、この国へと連れてきたそうだ。だがディアナを産んだあと病によって亡くなってしまい、その後妻としてナインの母がやってきたというわけだ。そのときには既にナインは5歳となっており、彼はいわゆる連れ子というやつだった。
「ねぇ、ナイン」
「なんですか?姉様」
16歳となったナインは既にディアナの背を追い越している。彼はヘーゼルの瞳を義姉へと向けた。
「私、運命の人を探しに行きたいの」
「…………は?何を言って……」
ナインは困惑した表情でディアナを見つめる。
(いきなりこんなこと言われて「はいそうですか」と返せる人なんているはずないわよね)
ディアナは自身の発言を鼻で笑いながら、心の底で思っていたことをぶちまける事にした。
「18にもなって夢見がちな事は十分理解してる。でもね、こんな狭い世界にいたんじゃ運命の人に出会うことなんて出来ないと思う」
「……」
「だからね、自分の足で探しにいく必要があるんじゃないかと思ったのよ。幸いこの家はナインが継いでくれるし、私は王子との結婚を破棄された身。正直、この屋敷にとって不必要な人間とも言える。だからね私、旅に出たいのよ。そこで運命の人を見つけたいの!」
ディアナは身振り手振りを交えながら、心のうちを語った。演説をする様に感情を込めて高らかに。
そんな彼女を前にしてナインはあんぐりと口を開け、唖然とした表情で義姉を見つめた。
(まぁそうなるわよね)
自分が貴族令嬢としてレールから外れていることを言っている事は重々理解している。かと言って、このまま屋敷に閉じこもる生活を続けていても人生を無駄にするだけなのだ。それならばいっそ、他の貴族令嬢が成し遂げたことのない様なことをしてみたいと思った。
(こんなことをずっと考えていたって知ったら、ナインもダニエルでさえも驚くでしょうね)
一人でニマニマとほくそ笑みたいところだが、ディアナは目の前の弟の表情を見て、それはやめておいた方がいいと一瞬で判断した。
「姉様。一体、何をおっしゃっているのですか?」
ナインは菩薩の様に悟った表情を浮かべている。これは、非常にまずい。何故なら。
「ありえねえよ!!!」
弟がマジギレする3秒前の顔だから。
ちなみにディアナがここまで本気で怒られたのは、5年前に事故にあったとき以来であった。
2
お気に入りに追加
1,055
あなたにおすすめの小説

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。

断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

その婚約破棄喜んで
空月 若葉
恋愛
婚約者のエスコートなしに卒業パーティーにいる私は不思議がられていた。けれどなんとなく気がついている人もこの中に何人かは居るだろう。
そして、私も知っている。これから私がどうなるのか。私の婚約者がどこにいるのか。知っているのはそれだけじゃないわ。私、知っているの。この世界の秘密を、ね。
注意…主人公がちょっと怖いかも(笑)
4話で完結します。短いです。の割に詰め込んだので、かなりめちゃくちゃで読みにくいかもしれません。もし改善できるところを見つけてくださった方がいれば、教えていただけると嬉しいです。
完結後、番外編を付け足しました。
カクヨムにも掲載しています。

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った
五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」
8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる