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優しい語らい
しおりを挟むしばらくの間で気絶していたのだろうか。
ルーシアの目が覚めると、隣にはこちらをぼんやりと見つめるアレックスがいた。頭の下には彼の腕があり、腕枕をしてくれていたみたいだ。
体はさらさらとしていて、彼が後処理をしていてくれたようだった。
覚醒していない頭をどうにか動かそうとしていると、アレックスが落ち着いた柔らかな声で呼びかけてくる。
「ねぇ、ルーシア」
「アレク?どうしたのですか」
「俺、今人生で最高に幸せだ」
「ふふふ。これからは、もっともっと幸せになるのだわ」
ルーシアは微笑んだ。
アレックスはルーシアの『幸せになる』という言葉に対し、喜びを噛み締めたような表情を浮かべた。
温かな空気と、夜の静かな雰囲気のおかげで二人の心には心地よい風が凪いでいた。
「そういえば」
突如アレックスの表情が真剣なものとなり、ルーシアの方に顔を向け、口を開く。
彼女はブルーサファイアの瞳を瞬かせながら、男の方をみた。
「婚約者」
「……!」
「ずっと聞くのを忘れていたんだ」
「そう……ですわね。言っていませんでしたわね」
ルーシアは思い返すようにして、目線を斜めに向ける。
正直、彼女にとって婚約者の存在は、忘れるほど存在感に欠けるものだった。そのため、説明することさえ忘れていたのだ。
(そういえば婚約者の目の前で連れさられだ後に、告白されたのだったかしら?)
ルーシアは過去のことを思い出し苦笑した。すると何を勘違いしたのか、アレックスは不機嫌な様子でこちらを眺めていた。
「……おい」
そんな様子の男を見て、ルーシアは急いで体を起こし、姿勢を正した。
「彼ね、婚約者と言ってもまだ仮の存在でしたの」
「……仮の?」
そう聞き返し、アレックスは体を起こしてベッドにあぐらをかいた。……正直、ルーシアは貴公子らしくない彼の格好に吹き出しそうになった。
「え、ええ。親が勝手に決めたのですけれど、私が嫌だと言えばすぐにでも取り止めるつもりだったとか」
「…………へぇ」
「それにあちら側も私と結婚には乗り気ではないようでしたし」
そう言い切ると、ルーシアはアレックスの方を眺めた。……なんだか、黒い笑みを浮かべているような気がしないでもない。
「ど、どうしたのかしら?」
「ねぇ。どうして婚約、断らなかったの」
「……っ」
ルーシアは痛いところを突かれたような表情をする。
(もしかして、私が婚約を嫌がらずに受け入れたことに怒っているのかしら?)
アレックスが機嫌を損ねた理由は、そうとしか考えられない。
あの告白の前ーーーー仮の婚約者、ジョセフと街を歩いていたとき。あの際も相当に機嫌が悪かった。
ルーシアはそっと、目の前の暗黒微笑を浮かべるアレックスを見て言った。
「私、もう十八になりますの。普通の王女ならば、この歳にはすでに結婚しているはず。それなのに、ここまで引き伸ばしてきたのですわ。ですから、そろそろ収まるところに収まらねばと思い……」
「婚約を了承したと?」
「ええ」
そう言って頷いた。
(私は王女なのよ。結婚しないという選択肢はなんてないのだわ)
心の中で呟いて、アレックスを見つめる。彼は難しそうな表情で何かを考え込んでいた。
そんなにも悩むことがあるのか不思議に思うルーシアであったが、その双眼を見つめ、心は呟きを洩らす。
(結婚するならアレクがいいわ)
正直そう思うが、果たして彼が私と結婚してくれるのか些か疑問だ。アレックスの性格を考えれば、結婚という拘束された生活は合うような気がしない。
どうしても結婚したければ、王に命令してもらい婚約を結ぶすることは出来る。だがそんなことをすれば、自分勝手にアレックスの気持ちを縛り付けることになるのだ。ルーシアはそれだけはしたくなかった。
しばらくするとアレックスは難しく考え込んでいた顔から一変、華やかな笑顔でルーシアに尋ねる。
「もうすぐ大舞踏会だったよね?」
「そう……ですわね」
「それなら是非、この俺にエスコートさせてもらえないかな」
突然の申し入れにルーシアは目を丸くした。
普段の舞踏会はエスコートありきの人は少ない。何しろ毎週行われるのだから、毎回パートナーを探していては参加者が大変だ。
しかし大舞踏会は違った。
大舞踏会は有力な貴族達が未婚既婚関係なく揃って参加する、大々的なものだ。年に一度しか開かれないために、遠方の領土から遥々やってくる貴族も多い。
そんな大舞踏会は定例の舞踏会とは違い、エスコートをしてもらう人がいないほうが珍しいと言っても過言ではなかった。
ルーシアは別段、毎年困ることはなかったが、正直言うと相手への対応が面倒だった。異様にベタベタとくっついてくる人や、ルーシアに対し怖気付いてしまうものばかりだったからだ。
(だから毎年この時期は特に憂鬱だったのよね……)
だが今回は、アレックスが声をかけてくれたのだ。ルーシアは心底嬉しかった。
それ故、躊躇うことなく即断で「ええ、こちらこそお願いします」と答える。するとアレックスはほっとしたように「よかったよ」と笑った。
大舞踏会が今から楽しみでたまらない。ここまで楽しみだったのは、社交界デビューした年以来だ。
ルーシアは浮かれた表情で、アレックスに話しかける。
「アレクと一緒なら、良いドレスを準備しないといけないですわね」
「ははっ」
「どんなものにしましょうか……やっぱり色は青がいいかしら?それとも今日のような赤?桃色も捨てがたいですわ」
胸を弾ませながら、子供のように語る。アレックスは微笑ましいものを見守る様子で眺めていた。そしてそんな彼女を見て、
「いつか純白も着せてやりたいな」
と呟く。
だが、その声はルーシアの耳に届いてはいないのだった。
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