絶対零度の王女は謀略の貴公子と恋のワルツを踊る

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彼の兄

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夜、ルーシアは定例である舞踏会に出席していた。煌びやかなシャンデリアと、華美な装飾はいつもの通り。楽しげにワルツを踊る噂好きな令嬢たちも、野心をメラメラと瞳に秘めている男たちも見慣れたものだ。ーー日常は勝手に過ぎ去り、なにも変わらない。

そんな様子を傍目に見ながら、ルーシアは軽い社交程度の挨拶を腹黒権力者たちと交わした後、バルコニーにて涼んでいた。

(そういえば、来週は大舞踏会ね。仕度が大変だから、嫌になっちゃうわ)

外の空気を吸いながら頭の中で悪態を吐く。夜も遅いため周囲は暗いが、遠くには光の粒が見える。きっとあれは、賑わっている街中を照らすランプだろう。

ぼんやりと考えつつ、ゆっくりと瞳を閉じた。すると、バルコニーの扉が開く音が聞こえた。

ーーガチャッ。
ルーシアは目を開け、背後へと振り返る。上品な赤いドレスがふわりと揺れ動いた。
ブルーサファイアの双眸が見つめた先には、よく顔を知る人物が真面目な顔で立っていた。

「あら、バード公爵。ご機嫌よう」

「お久しぶりです、王女殿下」

バード家公爵ーーアレックスの兄であるアレンは無骨な表情で挨拶をしてきた。いつもよりも沈痛な面持ちのような気がするのは、ルーシアの気のせいだろうか。
アレンとは舞踏会にてたまに会話を交わす程度の仲で、実のところそこまで交流はない。今回彼から話しかけてきたということは、恐らく『彼』に関する事なのだろう。そうルーシアはそう思った。

「王女殿下はお踊りにならないのですか」

「ええ。今宵は気分が乗らないので」

「…………それは、我が弟に関することが気がかりのせいでごさいますか」

「……っ」

アレンは探るような目線を寄越してきた。だがそれは決して不快感を感じるようなものではなく、ただ単純に弟とルーシアのことを心配しているように思えた。
だからこそルーシアは、アレンの方へと体を向け、短く答えた。

「そう……ですわね」

「やっぱり」

彼は納得したように頷き、ルーシアに質問を寄越した。

「あの差し障りがないならば教えて頂けませんでしょうか?その…………やはり我が弟と王女殿下は恋人関係でいらっしゃるのですか」

「ええ。ですが、これからどうなるか分からないですけれど」

「…………恐らくあの愚弟が何か大変なことをしでかしたのでしょう。弟の不始末、心より深謝致します」

そういってアレンは深く頭を下げた。その行動にルーシアは焦りながら「どうか頭を起こしてほしい」と述ると、アレンは渋々ではあるが頭を起こした。

(真面目なバード公爵に心労をおかけしてしまってるわね)

ルーシアは少し困った表情を浮かべ、心の中で呟く。するとアレンは再度、口を開いた。

「弟のことは許してくださいとは言いません。ですが、どうかこれだけは言わせてください」

「……?」

「あいつを変えてくれたのは貴方です。私は貴方に対し、心の底から感謝しています」

(アレクが変わった?出逢ってからずっと、変わらない様子に見えるけれど)

ルーシアはひどく驚いた様子で目を見開いた。その様子を一瞥しながら、アレンは言葉を続ける。

「貴方のおかげで表情が優しくなりました。弟はずっとなにかに失望していたように思えてならなかったのです。ですが、私が怪我から復帰し屋敷へ戻ったときにはその面影は和らいでいたように感じました」

「……」

「本当にありがとうございます」

そう言って、今度は謝礼とは違った感謝の意を込めて頭を下げた。
ルーシアは、アレンが本当にアレックスのことを大切にしているのだと分かった。お互いのことを思い合う、いい兄弟だなと微笑ましく感じた。一人娘であるルーシアは羨ましくも感じたほどだ。

それと共にルーシアは、アレンの言葉に嬉しさを覚えた。自分がアレックスを変えただなんて。ルーシアこそが、根底から変えられてしまったように感じていたから。

嬉しさに口元を緩めていると、目の前の男はなにか迷った様子で言葉をぽつぽつと紡ぎ始める。

「その……王女殿下は今も弟を愛していらっしゃいますか?一緒にいたいと思ってくれておりますか?」

ルーシアはアレンの真面目な表情を見つめ、ゆっくりと頷きながら口を開いた。

「私は彼を愛しています。裏切られたと分かった時は、心の底から辛かった。でも。それでも!  私は彼と一緒に居たい。そう思えてならないのです」

ルーシアがここ最近、ずっお考えていたことをアレンに伝えると彼は優しげに表情を崩した。そして「それならば」と紙を差し出してきた。

「これは?」

「弟……アレックスからです。渡せと頼まれていたのですが、まずは貴方の気持ちを聞いてからと思い、お話させていただきました。どうぞ、お受け取りください」

そうアレンが言うと、ルーシアは細い指先で紙を受け取った。心臓がバクバクと脈を打つのを感じる。

ルーシアが手紙を受け取った様子を見ると、アレンはホッとした様子を見せ、口元に弧を描いた。

「手紙、受け取らせていただきます」

「ありがとうございます」

そう言ってアレンはうやうやしく一礼し「ではまた」と言って、ホールへと扉を開け去っていった。

その後ろ姿を見送ると、ルーシアは手に持った手紙の封を開けた。
その中にはこのような内容の文章が綴られていた。


親愛なるルーシアへーーーー

もし、俺と少しでも話したいと思ってくれるのならば王城の庭にて待っている。
俺としてはすぐにでも会いに行きたいが、君が嫌な思いをするかもしれないと思ったら、会いに行けなかった。
すぐにでも謝りたい。どうかこの情けない男に一筋の温情を。

ーーーーアレックス・バードより


ルーシアは手紙を握りしめ、天を仰ぐ。

(アレックスが王城の庭、薔薇の園で待っている。行かないと)

はやる気持ちを抑え、ルーシアは急いで舞踏会会場を抜けた。


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