24 / 35
友人の懇願
しおりを挟む日常は、ルーシアの傷ついた心も新たに抱いた決心をも意に返さず、いつも通りに流れていく。
あの日、アレックスの屋敷で別れてからというものタイミングが合わず、二人は話し合う機会を逃していた。
そしてもう一週間。
アレックスを一度も目にする機会がなく、向こうも会いに来ず、ハイリによって励まされた気持ちが萎んでいくように感じていた。
(このまま一生会う機会がないなんてことになったら、どうしましょう)
ルーシアはアレックスのことが大切でも、向こうはどう思っているのかわからないのだ。もしかしたら少し前までのルーシアが考えていたように、今までのことは全てゲームの可能性も……と、消極的な思考まで思い浮かんでくる。
(弱くなっていてはだめよね)
ルーシアは自分に向けて叱咤しつつ、今夜の舞踏会の準備をしていた。というものの、ルーシアのする事といえばドレスやアクセサリーを選ぶ事だけで、あとは侍女や使用人やらが行ってくれるのであるが。
今夜のドレスは落ち込む心に気合を入れる為、久しぶりに赤いものを着る予定になっていた。とは言っても色合いが強い分、上品なデザインを心掛けられた至極の一品である。
ルーシアは普段、赤いものは身につけない。しかしこのドレスだけは一目で気に入り、購入に踏みきっていた。
アクセサリーは侍女のハイリに任せるとして。ルーシアは、舞踏会の準備以外のやるべきことを思いかえそうとした。するとその時。
コンコンッ。
自室の部屋のドアを叩く音がする。現在、ハイリはアクセサリーを取りに出払っており、部屋にはルーシア一人だった。
ハイリが戻ってくるには早すぎるため、別の誰かであろうか。
恐る恐る入り口へと近づき、扉を開けた。すると、よく知った金髪の彼が部屋の前で頓挫していたのだった。
「マイク様?一体どうなさりましたの?」
「王女殿下!不躾な訪問、誠に申し訳ございません。少しでいいので、お時間いただけませんでしょうか」
マイクはその碧眼でしきりに懇願を訴え、ルーシアを見つめてきた。
(マイク様……。彼も『ゲーム』を始めた原因の1人なのよね)
ルーシアは彼を前にしても、全くと言っていいほど怒りの感情は湧かなかった。元を辿れば、彼が『ゲーム』を行わせた張本人であるはずなのに。
(きっと、彼に対して思うところがないからだわ。『ゲーム』はアレク自身が行ったことだもの。それを促したからと言って、やると決めたの彼なのだから)
さらにルーシアは、この目の前のマイクに全くと言っていいほど興味がない。興味のない相手には、鬱陶しいや面倒、どうでもいい以外の感情は浮かばないものだと、彼女はずっと知っていた。
「時間ならまだありますわ。どうぞ、ソファにおかけになって下さい」
「至極光栄に存じます」
マイクは緊張した面持ちで、ルーシアの目の前に腰をかけた。
口調はいつもの語尾を伸ばすような不真面目そうなものから一変、今は真剣なものだった。それほどまでに、何かを決意しているのだろうか。
どちらから口を開くわけでもなく、沈黙がが部屋を貫く。
その沈黙を先に破ったのはマイクだった。
「アレクは……あいつは本当に可哀想なやつなんです」
「可哀想?」
「ええ。あいつの辞書には恋愛という言葉が載っていなかった。いや、載っていたとしても遊び程度の軽いもので、いつでも切り捨てられる程度のものだったんです」
「……」
『秀麗の貴公子』と呼ばれながらも、なぜ決まった女がいなかったのか。マイクの言葉を受けて、パズルのピースが少しずつ埋まっていくのを予感する。
「あいつは女に対して飽き飽きしていました。自分の顔だけを見る女達を軽蔑すらしていた。そういって見下す女達を、恋愛対象として見ることはなかった。……いや、見ることが出来なかったんだと思います」
「軽蔑……」
(女性を軽蔑していただなんて……。という事は、私のことも……)
ルーシアは一人困惑しながら、マイクの話を続けて聞いた。
「ですが!王女殿下と出会って、あいつは本当に変わった。人並みに恋をし、人並みに誰かを愛する。そんなこと、あいつには不可能だと思っていたんです。だが、出来た!」
「……!」
「もちろん最初はちょっとしたゲームでした。心底申し訳なく思っています。……だけど途中から、あいつはゲームなんかしていなかった。ゲームの賭けの対象だった貴方を、誰より愛するようになったからです」
マイクは、アレックスがルーシアのことを心の底から愛しているのだと言う。
自分は彼に何も愛されるような事はやっていない。それなら特別に愛されることこそおかしいのではないか。それはずっと疑問に思っていたことだった。
ルーシアは無愛想であるし、甘え下手であるし、感情豊かとは言いづらい。持っているものと言えば、王女の地位とそこそこの美しさだけだ。
しかしその二つでさえも、美しさは年とともに衰えていくし、王女という地位は実質政治的権力はないにも等しい。
(そう。わたしの持っているものは……何もないのよ。そんなわたしを何故、アレクは愛するのかしら)
思い悩みながらも、ルーシアは目の前のマイクの碧眼を見つめ、言葉を促す。
「お願いします。どうかあいつを、アレクに慈悲をかけてやってください。そのためなら俺は何だってやります」
マイクは心底そう願っているといった表情でルーシアを見つめてきた。その瞳はひと一人、射殺してもおかしくないほど強いものだった。
(彼は真剣なのね。それならばわたしも……)
ルーシアは一拍の間、考え込むようにしたあと、はっきりとした口調で言い放った。
「私は、次会った際に彼が心の底から私を愛してくれていれば……許そうと思っています。簡単な女のように思われるかもしれませんが」
「……!」
「なので、貴方は何もしなくていい。……ただひとつ、教えて欲しいことがあるのです」
ルーシアがそう述べると、マイクは「教えて欲しいこと?」と首を捻ってこちらを見つめてくる。
ルーシアはそれに答えるよう、言葉を紡いだ。
「貴方が知っているか分かりませんが……私はずっと知りたかったのです。ーーーーどうして私なのか。私を愛してくれているのか」
「……っ」
「知っていれば、教えて欲しいのです。友人である貴方の口から聞いてみたい。アレクの事を心から気にかけ、心配している貴方の口から」
もちろん、本人の口から一番聞きたいと思う。だが、ルーシアを目の前にして心底から語ってくれるかどうかは些か不安だ。誤魔化される可能性だってある。
それならば。彼をよく知るマイクならば。彼の心を偽らずに話してくれるだろう、そう思った。
ルーシアは懇願するような眼差しでマイクを見つめた。
(さっきと立場が逆になってしまったわね)
心の中で苦笑いを浮かべつつも、視線は真剣なままだ。
その真っ直ぐさに負けたのか、マイクは大きく、大袈裟に、ため息をつくとゆっくり口を開いた。
「以前、あいつに手紙をもらったことがあるんですよ。恋愛相談をしたいって。……ああ、王女殿下が私とアレクの密談中に乱入してきたあの時です」
「乱入って……」
ルーシアは引きつった笑顔でそう呟く。その顔をニヤリと笑いながら一瞥したマイクは、言葉を続けた。
「あの頃は、まだ王女殿下に対して恋愛感情を抱いていると、自分で分かっていない様子でした。でも俺には分かりましたよ。ーー完ぺきにに恋してるって」
「…………」
「あいつ、手紙に書いていたんです。『立場や顔、全て抜きにして俺を見つめてくるのが好ましい』『絶対零度なくせに、たまに年相応の笑みを浮かべると守ってやりたくなる』って」
「…………」
(自分で聞いたなんだけれど、もういいわ。なんだか居た堪れなくなってきた)
マイクはこのような甘言を、どうして真顔で言えるのだろうか。いつものようなあの薄っぺらいヘラヘラした笑みならば分かるが、こう真顔で言われるとこちらが恥ずかしくなってくる。
そんな心が顔に表れていたのか。
いや、実際は無表情が基本であるルーシアが、感情を表に出すことなどほとんどの場合ないはずなのだが。
マイクはヘラヘラとした、いやニヤニヤとした笑みを浮かべ、彼女の様子を伺った。そして、言葉をさらに紡ぎ出した。
「あっれ~。王女殿下照れていますか~。かっわい~」
「……もういいわ」
呆れた表情を見せながら、ルーシアは言い放った。
(この男、やっぱり腹黒系の男ね。気をつけなければ)
そんな事を考えつつ、穏やかになった部屋の空気にほっと一息ついた。
本当に先程までの緊張感は、一体どこへ消えていったのだろうか。心底不思議に思うほどだ。
「じゃ~ここらで失礼します。またお会いしましょう~」
「ええ、さようなら」
二人は挨拶を交わし、マイクは部屋の外へと出ていった。残された部屋には、ルーシアのため息が盛大に漏れるのであった。
0
お気に入りに追加
952
あなたにおすすめの小説
氷の姫は戦場の悪魔に恋をする。
米田薫
恋愛
皇女エマはその美しさと誰にもなびかない性格で「氷の姫」として恐れられていた。そんなエマに異母兄のニカはある命令を下す。それは戦場の悪魔として恐れられる天才将軍ゼンの世話係をしろというものである。そしてエマとゼンは互いの生き方に共感し次第に恋に落ちていくのだった。
孤高だが実は激情を秘めているエマと圧倒的な才能の裏に繊細さを隠すゼンとの甘々な恋物語です。一日2章ずつ更新していく予定です。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜
長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。
幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。
そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。
けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?!
元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。
他サイトにも投稿しています。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る
新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます!
※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!!
契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。
※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。
※R要素の話には「※」マークを付けています。
※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。
※他サイト様でも公開しています

コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~
二階堂まや
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。
彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。
そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。
幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。
そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?
英国紳士は甘い恋の賭け事がお好き!
篠原愛紀
恋愛
『賭けは私の勝ちです。貴方の一晩をいただきます』
親の言いつけ通り生きてきた。『自分』なんて何一つ持って いない。今さら放り出されても、私は何を目標に生きていくのか分からずに途方にくれていた。
そんな私の目の前に桜と共に舞い降りたのは――……。
甘い賭け事ばかりしかけてくる、――優しくて素敵な私の未来の旦那さま?
国際ショットガンマリッジ!
――――――――――――――
イギリス人で外交官。敬語で日本語を話す金髪碧眼
David・Bruford(デイビット・ブラフォード)二十八歳。
×
地味で箱入り娘。老舗和菓子『春月堂』販売員
突然家の跡取り候補から外された舞姫。
鹿取 美麗 (かとり みれい)二十一歳。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる