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盗み聞きは難しい
しおりを挟むその日、ルーシアはアレックスとの約束をしていたのだが、いつもより早めに王城を出た。別段意味はなく、ただ早く彼と語らいがためだった。
アレックスを思うと何故か高鳴ってしまう心臓。その意味を考えてはいけないと心を戒めながらも、瞳は勝手にはアレックスへと勝手に引き寄せられてしまうのだから不思議なものだ。
バード家の屋敷に着くと、すぐさま家令により屋敷内へと案内された。
「只今、アレックス様のご友人であられるクライアン侯爵家次男マイク様が訪ねてきておられます。呼びにいって参りますので、暫しの間お待ちください」
(マイク様?彼もアレク様に負けず劣らず女性関係に派手だと聞いたことあるわ。それに金髪碧眼で中々の美形と言われているのよね。私は正直、興味はないけれど)
「いいえ、呼びに行かなくて結構よ。私が早く着き過ぎてしまったのだもの。それなら、この屋敷の図書室への行き方を教えてくださらない?」
ルーシアは以前から、アレックスの知識の源が気になっていた。そこでルーシアの別荘に招待した日、どうしてそんなにも多くのことを知っているのか尋ねた。すると彼が読書家であることが判明し、その日から彼の秘蔵の図書館を訪れてみたいと考えていたのだ。
「蔵書数もかなり多いはずだから、もし興味があれば覗いてみて」
アレックスはそう言ってくれた為、普段あまり本を読まないルーシアでも、さらに興味が湧いたのである。そんな事を思い返していると。
「案内いたします」
家令は畏まった様子でそう言ってくれた。ルーシアはそれに甘えることにした。
図書館に着くとルーシアは人払いをした。本を読むときは一人で集中していなければ読めないたちであり、本を探すときも同様であった為だった。
家令や使用人たちは渋々頷き、各自別の仕事に行ったようだった。護衛は外に控えさせた。
(まぁ、一国の姫を主人の屋敷で一人にする事に抵抗覚えないわけないわよね)
そう思いながら、ルーシアは本棚を眺める。
無事に興味のそそられる本を見つけことが出来たルーシアは、はじめに案内された控えの間に戻ろうと廊下へ出た。
「×××。××××××、××××!」
「?」
戻る途中、ある一室からアレックスの声が聞こえたような気がした。ルーシアはなんとなくその扉に近づき聞き耳を立てた。彼女の後に続く護衛たちは、皆訝しげな顔をしていた。
(盗み聞きだなんて悪趣味かしら)
そう思いつつ、聞き耳を立てることはやめられない。側にいる護衛にも、「声を上げないで」と人差し指を口元に持っていく。
ルーシアは、アレックスが自分以外の友人とどんなふに過ごしているのか気になっていたのだ。
扉に耳を近づけてもくぐもった声しか聞こえず、より扉に近づいていく。
ーーキィ
(あら、開いてしまったわ)
そう思った時にはもう後の祭りであった。
「「!」」
中にいる二人はルーシアの方を驚いたようにみている。そのあとすぐ二人は顔を青くし、アレックスではない殿方、つまりマイクは気の毒と思うほど大量の汗をかきはじめた。
アレックスは未だこちらを呆然と眺めたまま、微動だにしない。
「えーっと。その、ごめんなさい」
ルーシアはその様子に罪悪感を覚え、反射的に謝った。すると、真っ青なまま微動だにしなかったアレックスが恐る恐る口を開く。
「……話、きいてしまった……?」
ルーシアは思わず首を横に振った。扉越しではくぐもった声しか聞こえなかったゆえ、嘘はついていない。
そうすると、アレックスは見るからにホッとしたような表情を浮かべた。
(なにか重要な話でもしていたのかしら。だとしたら本当に申し訳ないことをしたわ……)
そう思ったルーシアはもう一度丁寧に謝る。
すると、ずっと沈黙を貫いていたマイクはやっと顔色は元通りになり、すぐいつものヘラヘラとした表情に変わった。
「ご機嫌よう、王女殿下」
そして、うやうやしくルーシアに挨拶をしてきた。
(マイク様ってどうしていつも、こうヘラヘラしているのかしら。見るからに軽薄そうな雰囲気が漂ってるわね)
失礼なことだと思いながらも、ルーシアは心の中でそう呟いていた。
「……ご機嫌よう」
クライアン侯爵家次男のマイク様は、舞踏会で何度かお話しをした機会がある。その度にヘラヘラとした表情を見せられ、正直あまりお近づきになりたい方だとは思えなかった。
(……多分、悪い人じゃないんだけども、自分自身を偽っているようにしか感じないのよね)
恐らくマイクはヘラヘラした笑顔を隠れ蓑とし、その碧眼で周囲を注意深く観察しているのだろう。そして多くの秘密を抱えている。そんな男に違いない。
長年培ってきた王女の目は簡単には誤魔化せないのだ。
(喰えない人種……なのよね。それなのにどうしてアレク様たちはご友人なのかしら?あまり共通点があるようには思えないけど…)
どちらも女性関係が派手であるというのが共通点として挙げられるのだが、その関係だろうか。
ルーシアは、見つめてくるマイクの目からそっと顔を逸らしアレックスを見た。
「もう、こんな時間だ。そろそろ姫と二人きりになりたいから、マイク。お前は早く帰れ」
「ひっどいな~。俺だって王女殿下とお話ししたいのに~。……すみません王女殿下、俺と一緒に恋を語り合いませんか」
マイクはルーシアに近づきニヤリとしながらそう言うと、アレックスは後ろからその頭を叩いた。
「……おい、不敬罪に当たるぞ。いい加減にしろ」
彼はいつになく不機嫌で、それを隠そうともしていない様子であった。
「え~?俺なんか怒らせる事した~?」
「……うるさい、もう出て行け」
アレックスのそんな新たな一面を見ることが出来たルーシアの心には驚きの反面、何故だか温かな気持ちが広がっていった。
(私の知らないアレク様、他にどのくらいいるのかしら?)
ルーシアは二人に見えないよう顔を背け、ひっそりと微笑んだ。
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