絶対零度の王女は謀略の貴公子と恋のワルツを踊る

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別荘にて

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「君の別荘?」

「ええ、町の外れにあるんです」

「へぇ、そうなんだ。王族の別荘だなんて、とっても立派そうだな。……一度でいいから見てみたいよ」

アレックスは貴公子然とした笑みをルーシアに向けた。
彼のその言葉を聞き、ルーシアにとあるアイデアが浮かぶ。それは、アレックスを招待してみるというものだった。

「それならば、今度招待しますわ」

その誘いに彼は「いいのかい?」と言って乗った。
そして二人の別荘行きは決まった。いつも通り、2人で紅茶と桐の花を楽しんでいるときの話だった。




別荘行きとは言っても日帰り出来る距離にあるため、泊りがけではない。
もし泊まりだなんて言えば、ルーシアを溺愛している王は心配して、おびただしいほどの護衛をつけるだろう。

(お父様は、本当に心配性なのよね)

今日も、別荘に行くため半日以上城を空けるというと、心配でたまらないと言った表情で「くれぐれも気をつけるんだよ」と心配を滲ませる表情で言った。

ルーシアはその様子を思い出しながら苦笑しつつ、馬車の外を眺める。別荘行きの馬車にはアレックスとは一緒に乗っていない。

当初はともに別荘へと出かける予定であったが、彼に急な予定が入ってしまったらしく、ルーシアを追いかける形で向かうそうだ。ちなみに道案内は、別荘の管理人に任せることにしてあった。
 

「あら、もうそろそろかしら」

ルーシアは窓から顔を出し、御者に向かって言った。
ルーシアの隣にはハイリが座っていた。道すがら、王女の身の回りの世話をするためだった。彼女は久しぶりの別荘に同行してくれた。だが、彼女にはある思惑があるらしい。それは。


「お二人の現在の距離を確かめさせてもらいます」


とのことだった。
なんとしてもハイリは、ルーシアとアレックスをくっつけたいみたいだ。
ーーーールーシアの抱く感情は、憧憬であるはずなのに。

やれやれ、と思っていると、馬車はゆっくりと停止に向かう。そして止まると馬車を降り、先日の雨で軽くぬかるむ地面に足をつけた。

「ふぅ。ついたわね」

「そうですね。相変わらず、別荘も綺麗に維持されているようで安心しました」

そう言って、ハイリは庭と屋敷の外壁に目を向けた。ルーシアの目にも、以前と変わらぬ別荘が映った。

中に入っても以前と変わらぬ様子で、早速ルーシアは別荘内にある自室へと向かったのだった。







「ルーシア姫!遅れてすまない」

アレックスは、ちょうど正午ごろ屋敷へと到着した。急いで来たのか、髪型が少し乱れ、いつも隠れている額が少しだけ見える。それがいつもよりも、数倍の色気を醸し出しているように感じた。

ルーシアは少しだけ早まる鼓動を収めつつ、口を開いた。

「ご機嫌よう、アレク様。ようこそいらっしゃいませ」

そして屋敷の中へと案内する。そして、上品な紫色のソファのある客室まで案内した。

アレックスが少し疲れた様子だったので、すぐ使用人にお茶を持って来させる。彼はお茶を一口含み、ほっと息を吐いた。

「ここは本当にいい別荘だね」

彼は珍しそうに辺りを見渡し、優しげな声で述べた。

「母と父から贈られたものなのです」

「王様と妃様からの?」

「ええ」

頷くと、ルーシアは口元にそっと笑みを浮かべ、二人から聞いた話を語り出した。

「実はこの別荘、父と母の出会いの場なのですわ」

「……!そうなんだね」

「当時他国の貴族令嬢だった母が、留学の際ここに住んでいたのです」

「妃様の住んでいた場所だったのか」

「ええ。その頃、父がこの別荘の近くに休暇で来ており、母様に一目惚れしたそうなんですわ」

ルーシアが両親の出会いの話を語ると、アレックスは興味深そうに頷いた。

「いつか私にも母にとっての父のような、愛する人に出会えるのかしら。そんな風に考えていたら、余計にこの別荘がお気に入りになってしまって」

「…………」

背筋を伸ばし語るルーシア。彼女は考え込むようにして、未来の『愛する人』に出会った自分を思い浮かべた。
するとアレックスは少しの間思案したのち、言葉を紡ぐ。

「…………出会えますよ、きっとあなたにも。愛する人が……」

ルーシアの細く柔らかな手を包み込み、アレックスは俯きながら言った。顔は髪に隠れてしまいハッキリと見えないが、その手は微かに震えているように感じられた。

ーーいや、それは気のせいだろう。彼が手を震わせる理由なんてないのだから。

そう思いつつもルーシアの小さな手は、俯くアレックスの茶色い柔らかな髪に引き寄せられる。そして、流れに従ってゆったりと撫でた。

ルーシアは人の髪に触れたことは初めてであった。

(アレク様の髪って、こんなにも柔らかいのね。それに艶もあって、いつまででも撫でていたくなってしまうわ)

髪を撫でる手は何度も何度も往復した。その手は、アレックスが顔を上げるまで止まることはなかった。

彼は「ありがとう」といってルーシアに笑いかけ、ゆっくりとソファを立った。







午後、太陽がもうあと少しで沈むという頃。

ルーシアとアレックスは別荘の庭園を散策していた。
城にある薔薇の園とは違い、多少こじんまりしてはいる。だが、庭園全体がシンメトリーに造られており、迷路のように生垣が植えられているのが美しい。その中で小さく咲く花々は可憐で、見るものの心を癒していった。

2人は庭園の造形美を見ながらゆっくりと散歩する。

「ルーシア姫、この花の蜜は食べられるって知っているかい?」

「そうなのですか。それは一体どのようにして?」

ルーシアは小さな頭を傾げる。アレックスは目の前の花を指差し「摘んでもいいかい?」と聞いた。ルーシアはこくりと頷き、興味深げに彼を見つめた。

「こうやって……」

アレックスは花を一輪摘むと、その花の蕾の軸に口づけ軽く吸った。

「うん、甘いな。ルーシア姫もやってみるかい」

「……っ!ええ」

ルーシアも同様に花を一輪摘み、蕾の軸に口をつける。

「……!」

蕾の軸が触れる舌に、優しい蜜の甘味を感じた。「甘いわ」という意味を込めた視線をアレックスへと送ると、彼は幼い子を見るように彼女を眺めた。

彼の笑みは、同時に甘いものを含んでいるように感じ、思わずルーシアは目を逸らした。
2人は歩きながら、再度会話を始める。

「アレク様は博識でいらっしゃいますよね」

「そうかい?」

「ええ。私、花の蜜を直接味わうことが出来るなんて知らなかったですもの」

ルーシアは肩をすくめた。するとアレックスは、鼻の頭を指でかき、口を開いた。

「俺、昔から本の虫だったんだ。暇があれば、読書をしてばっかりしていた。だから、剣術とかの外で体を動かすような授業が嫌いだったりしたんだけど」

「……へぇ」

「今だからこそ剣術もそこそこ出来るようになったけど、子供の頃はその時間だけは家庭教師から逃げ回ってばかりいたな」

アレックスの子供の頃の話を聞き、10年前の様子と照らし合わせながら聞く。

(確かに、出会った頃体の線は細そうだったわね。騎士とか傭兵よりも、学者や医者になりそうな感じで)

ルーシアは遠い目をしているアレックスを見つめた。

今の彼は繊細な顔つきをしながらも、細みの体にはある程度の筋肉がしっかりとついているように思えた。

(薔薇の園で抱きしめられたときだって、逞しいって感じられたわ……って抱きしめられたわけじゃなくて、ただ受け止めてもらったに過ぎないけれど!)

顔に熱が集中するのを振り払いながら、高鳴る鼓動をどうにかして落ち着かせる。
その後、アレックスに対し口を開いた。

「アレク様は今でも本をお読みになるのですか?」

「まあ……ね。うちの屋敷に大きな図書室があるんだ。たまに気がつくと、そこにこもったりするよ」

ルーシアは目を丸めた後、笑いながら口を開いた。

「私、一度行ってみたいですわ」

「いつでも歓迎するよ」

(アレク様の知識の源は、いったいどんな場所なのかしら?お城の図書館にもあまり行かない私が、他人の屋敷の図書館を訪れるなんて可笑しな話だわ)

そんな事を考えながら、ルーシアはいつの日か訪れる予定の図書館を思い浮かべ、庭園の庭をゆっくりと歩いた。


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