絶対零度の王女は謀略の貴公子と恋のワルツを踊る

ペン子

文字の大きさ
上 下
8 / 35

雨の日

しおりを挟む


その日ルーシアとアレックスはお茶の約束をしていたが、天候はあいにくの雨。地面を突き刺す針のような強いものではなく、恵みの雨と呼べるほどささやかなものであった。
だが、それでも桐の木を見てお茶を楽しむことはできない。

ルーシアは断りの連絡を入れることも考えたが、やはり会って本日の予定を決めようと思い、屋敷を訪ねることにした。
屋敷へ着くと、家令がいつも通りの無骨な表情で応接室へと案内する。
部屋に着くと豪奢なソファに腰をかけ、アレックスを待つ。
家令は彼を呼びに行ったようだが、しばらくすると戻ってきた。そして、無表情で用件を伝えた。

「アレックス様は少々準備をしておられます。王女殿下をお待たせすることは失礼かと存じますが、何卒お待ち頂けませんでしょうか?」

「ええ、分かったわ」

了解の返答を返すが、ルーシアは疑問を覚えた。

(準備?一体なんの準備をしていらっしゃるのかしら?今日は桐の花は見られないけれど、せめてお茶だけでもってこと?それにしても、準備ならメイドがやるだろうし……)

一人で悶々と考えている間に、準備が終わったのかアレックスが応接室へとやってきた。

「やあ、ルーシア姫。本日はご足労頂き本当にありがとう。ではさっそくだが移動しようか」

「移動、ですか?」

「ああ」

そう言ってアレックスは、ルーシアに手を差し伸べてくる。彼女は、その男性らしく角張った手に自身の手を重ねる。そしてアレックスに導かれるようにして追従した。





「さあ、ここだよ」

アレックスに連れられてきたのは、温室だった。珍しい植物や、温かい場所に多く自生している花などが所狭しと植えられている。強い香りを放っている花が生えているせいなのか、甘い香りが周囲に充満していた。
ルーシアは美しく、そして癒しを与えてくれるその光景に感動を覚える。

「まぁ、素敵!」

「だろう?ここは亡くなった母が作らせた第二の庭園なんだ」

「綺麗な場所ですわね。見たことのない花がたくさんありますわ」

「ああ。兄が外国の貴重な花を取り寄せているからな」

「アレク様のお兄様……。バード公爵が、ですか」

ルーシアは首を傾げ、考え込むようにして眉を寄せた。
バード公爵は非常に真面目で勤勉な方だ。だが、そのような情緒豊かな男だとは到底思えなかった。どちらかと言えば、武芸などを嗜むような性格をしている。

ルーシアの考えが伝わったのだろうか。アレックスは、笑いを噛み殺したかのように口を開いた。

「なにも兄は趣味でやってるわけではないんだ。亡くなった母のためにやっているんだよ」

「お母様のために?」

「ああ。母は花が大好きな人だったんだ。この温室は母が嫁入りした際に特別に作らせたわけだから、生前特にお気に入りの場所でね。それを維持したいと、兄が頑張っているんだ。……真面目すぎるから、少々やりすぎな気がしないでもないけれど」

そう言うとアレックスは、呆れながらも微笑む。
その様子から、アレックスは本当に兄のことを慕っているのだと伝わってきた。いつもの貴公子然とした笑いではなく、心から信頼できるものを思い浮かべている柔らかいものだったから。

愛情深く相手の事を考えるアレックスを見て優しい気持ちになったルーシアは、自然と微笑みを浮かべ口にしていた。 

「アレク様は心の底からバード公爵の事を本当に慕っていらっしゃいますのね」

「……いや、そんなことは」

アレックスはルーシアを見つめ、少し照れた様子で否定する。その様子からみて、すぐに嘘だとわかった。

「私も、お父様とお母様の事を心の底から大好きですので分かりますのよ。アレク様は照れていらっしゃいますのね」

からかうような口調で述べると、アレックスはムキになったように言い放つ。

「照れてない!!」

「そんなに強く否定なさらなくてもよろしいでしょうに。やっぱり照れていらっしゃるんでしょ」

「違う!」

「アレク様の素顔は照れ屋でいらっしゃったのね。新しい発見だわ」

「……」

ルーシアがからかうと、アレックスは貴公子らしからぬ、むっとした面で彼女を見つめている。
ルーシアはククっと喉を鳴らして笑いをこらえた。

(ちょっとからかいすぎたかしら。でも、舞踏会のときにドキドキさせるようなことをいつもやってきたお返しよ)

小さな復讐を達成させ、心の中で思わず拳を握りしめる。してやったり、と嬉しい気持ちが胸に広がっていく。こんな気分は久しぶりで、訳もなく踊りだしたくなった。実際にはそんなことするはずもないが。

アレックスは暫くいじけた様子を見せていた。だが、しばらくするとハッと息を飲んだ。

「……!」

今の自分の様子を思い出したのか、いつもの貴公子然としたものに取り繕う。
その様子もルーシアにとっては面白いもので、何故か心が浮き足立つのを感じた。

「ルーシア姫。からかわないでくれるかな」

「からかってなんかいないですわ」

「……はぁ」

アレックスは大袈裟にため息を吐いた。そしてルーシアに顔を向けると。

「立ったままではなんだから、ベンチに移動しないかい?」

そう語りかけてきた。ルーシアは「ええ、わかりました」と頷き、近くに見える白い鉄製のベンチへと歩いていく。目の前には同じ鉄製でできたミニテーブルがあり、アレックスと向かい合わせで座った。

「ティーセットの準備を」

アレックスが近くにいた使用人に声をかけると、すぐさまティーワゴンを引いてやってくる。
そしていつもと同様に、紅茶を出された。

「今日は待たせてしまって申し訳なかったな。温室の準備に手間取ったんだ」

「いえ。こんなに素晴らしい温室を見せてくださったんだもの。それを責めるだなんて」

「そう言ってもらえて助かるよ」

ルーシアとアレックスは紅茶を口に含みながら、和やかに談笑する。
不思議と周囲の景色が変わるだけで紅茶の味も変化したように感じる。いつもと違う状況でもついついお菓子に手が伸びてしまうのは変わりなかったが。

(普段見ているの桐の花も素敵だけど、温室もとても素敵ね。アレク様のお屋敷には、お城に無いものがたくさんあって楽しいわ)

ルーシアは夢見気分で鮮やかな花々や植物を見渡した。
そのあと優雅に紅茶を楽しむアレックスを見てお礼をいった。

「温室に連れてきてくださって、とても嬉しいですわ。本当にありがとうございます」

心の底から楽しむことができた故、いつも以上に心は和んでおり自然と柔らかな笑顔を向けていた。その表情はそれはそれは麗しく、華やかで、繊細で。心からと微笑みだと一瞬で分かるものだった。こんな笑顔を見れば、誰であっても彼女に対し夢中になってしまうのと間違いないだろうとも思えるほどの笑顔だった。

「……っ」

アレックスは呆然とした様子でルーシアのブルーサファイアの瞳を凝視する。そしてしばらく時間を置いたあとに口を開いた。

「あ、ああ」

目線を逸らし、どこか照れ臭そうな様子だった。ほんのりと頰が赤いのは、紅茶の熱にでも当てられたのだろうか。

二人の間を優しく穏やかな空気が流れていく。その後も、二人だけの茶会は和やかに過ぎていくのだった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

王太子の愚行

よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。 彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。 婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。 さて、男爵令嬢をどうするか。 王太子の判断は?

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。

美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯? 

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

氷の姫は戦場の悪魔に恋をする。

米田薫
恋愛
皇女エマはその美しさと誰にもなびかない性格で「氷の姫」として恐れられていた。そんなエマに異母兄のニカはある命令を下す。それは戦場の悪魔として恐れられる天才将軍ゼンの世話係をしろというものである。そしてエマとゼンは互いの生き方に共感し次第に恋に落ちていくのだった。 孤高だが実は激情を秘めているエマと圧倒的な才能の裏に繊細さを隠すゼンとの甘々な恋物語です。一日2章ずつ更新していく予定です。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...