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友人になりたい
しおりを挟むアレックスはルーシアの手を取り、会場の中央まで移動する。そして音楽に身を任せながらゆっくりと踊りだした。
(流石に公爵家だけあって、エスコートも上手いわね。まぁ、女性の扱いが上手な彼からしたらなにもおかしいところはないけれど)
憧れの人物との物理的接触に胸を高鳴らせながらも、冷静に考えることは心掛ける。これは王女としての矜持でもあり、幼い頃から染みついている習慣でもあった。
「あの、アレックス様」
「どうしたんですか、王女殿下?」
「……どうして私と踊ろうと?あなたの周りには多くのご婦人方がいらっしゃったようにお見受けされましたが」
藪から棒な質問だと思いながらも、気になっていたことについて問いかける。声が緊張で震えないよう、あくまで冷静にと言い聞かせながら。
「……勿論それは、王女殿下。あなたとお近づきになりたいからですよ」
「……へぇ。そう、なんですの」
この人も自分に打算ありきて近づこうとしてける連中と同類なのか。声と心が一瞬にして冷めたように感じた。
そんな心の声が声と表情に現れたように感じたようだったのか。
「……多分、あなたの考えていることはまるっきり勘違いだと思いますよ」
「……?」
「俺は、あなたという人物に興味があるんです。あなたと友人になりたい」
真っ直ぐな瞳でルーシアのブルーサファイアの瞳を貫く。その瞳の奥は、見つめる相手を夢中にさせてしまう麻薬のように思えた。「自分も彼に見つめられたい」と思う女が多いことにも納得できるものだった。
「……」
翠の双眼を見つめながらルーシアは黙考する。
(害意は……なさそうな気がするわ。だけど、一体何を考えているのかしら)
長年の勘と直感で害意は感じ取られなかったが、一体彼がなにを画策しているのかまったくもって検討がつかなかった。
アレックスほどの相手ならば、別の意味での〝友人〟は星の数ほどいるはずだ。それとももの珍しさや、王女という立場に目が眩んで声をかけてきたのであろうか。
だが野心のある男には考え難いし、見え透いた下心がありそうだとは思えない。
ルーシアに対して好意を抱いている青年達は何かと遠回しな物言いで、彼女に対してに理解しろとばかりに気持ちを押し付けてくるばかりだ。そうでないにしても、野心丸出しであったり、悪意を持って近づいてきたりと油断も隙もあったものではないのである。
それ故にここまで真っ直ぐな思いを伝えられたことは、かつて一度もなかった。それも男女としての付き合いを求められた訳でもなく、ただの〝友人〟としての付き合いをだ。
希望的観測ではあるが、意外とアレックスはルーシアの思い描いていた人物像と違わないのではないだろうか。そして憧憬すべき十年前の彼と変わらないままでいるのではないか。
小さな希望がルーシアの心を少しずつ占領していった。
(女性関係には軽薄だけれど、友人として付き合うのであれば…いいんじゃないかしら?)
正直不安も残るが、ルーシアも彼のことをよく知っている訳ではない。
完璧に理解しあってから友人となるなんて、不可能であることは理解している。それならばいっそ、飛び込んでしまえばいいのではないだろうか。良い機会とも言える。
王女にしては些か軽率な行動ではあったが、憧憬する相手を前に冷静にと言い聞かせつつも浮き足立った心は隠し切れない。
ルーシアはアレックスの提案にルーシアはこくりと頷いた。男性の友人というものは今までに一度も持ったことはない。その為、半分興味本位の気持ちもあった。
頷くルーシアにアレックスは安堵した笑みを浮かべた。その頃にはダンスの一曲が終わる時間となっていた。
その後、ルーシアは疲れたから休憩を取るため、アレックスは他の客への挨拶回りのために別れることにした。
ルーシアは軽くお辞儀をした後、アレックスに背を向け歩き出した。
その背後でアレックスが嘲笑の笑みが浮かべていたことに、ルーシアは気がつかなかった。
*
ルーシアは自室に戻ってからというもの、何故か落ち着かない気分でドレッサー前に座っていた。顔は鏡に映った自分を見ているはずだが、ルーシアには全く目に入っていない。気もそぞろであったからだ。
理由は明確で、遠くから眺めるはずだったアレックスといきなり距離が縮まったからだ。彼と〝友人〟になるなんて、舞踏会前の自分が知ったり驚いて腰を抜かすだろう。
(はやくドレスを脱いで湯浴みしないといけないわ)
そう我に返ったのは侍女のハイリが心配して声をかけたからだ。
「ルーシア様、一体どうなされたんですか?」
心配そうにハイリが聞く。
彼女はハイリも爵位を持つ貴族の令嬢のはずだが、近頃舞踏会には出席していなかった。その為、ルーシアの身にどんなことが起こったのか知らないのである。
「実は……驚く出来事があって」
「驚く出来事……ですか?」
「ええ」
ルーシアはもったいぶるように、視線を逸らす。そして「自分もこんなこと信じられない」というような表情で言った。
「アレックス様と友人になったのよ」
「……えーっと、その。友人、ですか?」
「ええ、そうよ」
そうルーシアが断言すると、ハイリはあからさまに残念そうな顔をして。
「ルーシア様!そんなにもったいぶるなんて、アレックス様と恋人にでもなったのかと早とちりしてしまいましたよ!」
ものすごい剣幕で顔を近づけて言った。
「えぇ!?そんなはずないじゃない」
ルーシアは、ハイリの言葉に目を瞬きながら叫んだ。会ってすぐに恋人同士になるなんて、ルーシアにとって考えもつかぬことだ。
さらにルーシアにとってアレックスは〝憧憬〟すべき存在の一人なのであって〝恋慕〟を向ける存在ではないのだ。
そんなルーシアの考えを読み取ったのか、ハイリは深いため息をついた。そしてそのあと何かしら考え込んでいるようだった。
友人になれたのは正直嬉しい。でも、政治的思惑に利用されたりしないよう注意しなければ。絶対的な権力のないルーシアでも、一応は王女だ。
ルーシアは窓ガラスの向こうに浮かぶ月を見上げながら、頭の中でそう案じていた。
ーー夜は、まだまだ長い。
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