絶対零度の王女は謀略の貴公子と恋のワルツを踊る

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予想外の接触

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王の挨拶と共に優雅なワルツが流れ出す。色とりどりのドレスが会場を占拠し、端に置かれたテーブルの上には数多の高級料理が並べられていた。そんな鮮やかな会場内でも、一際目を引く女が一人いだ。


「あれが王女様か…。なんと高尚な美しさだ!」
「いつ見ても我が王国の美姫は輝いているなぁ」
「お父様!ルーシア様と同じ色のドレス、わたくしも欲しいわ」 


王国の第一王女であるルーシアの優美な美しさに、周囲の貴族や騎士達はため息をついている。
鮮やかなブルーのドレスは上品ながらも彼女の華やかさを存分に引き出し、その漆黒の黒髪は流れる川のように繊細で美しい。陶器のような肌が艶めかしくもありながら、高尚な雰囲気のおかげで下品さは全く感じられない。彼女自体がまるで芸術品のようで、花の蜜に自然と蝶が引き寄せられてしまうかのように、人々を惹きつけてやまなかった。

だが当の本人はそんな事を気に留める訳もなく、目当ての人物の姿を探していた。

(話しかけることなんて出来ないかもしれない。けれど、少しでも近くでお姿を見られたら嬉しいわ)

いつも通りの凍りつく無表情の裏では、不真面目なことを考えているとは誰も予想がつかないだろう。彼女の胸はいつもよりも早く脈を刻んでいた。
だがそこに、呼んでもいない客が声をかけてきた。

「あらあら、王女様。ご機嫌いかがですか」

甲高い声の女。その声は嫉妬と憎しみに溢れている。

(ああ、この声の主は……)


「……あらリリア。ご機嫌よう」

「王女様はいつも通り、覇気のないご様子ですわね。今夜も早めにお帰りになってはいかがでしょうか?」

王女相手になんと不躾なと本来なら怒る所ではあるが、リリアの家であるプログレ家はこの国の重鎮である宰相を当主としている。その為、王族であっても無下には出来ないのだ。さらに、ルーシアがほとんど言い返さないことをいいことに、調子付いているとも言えた。

ライオネル王国は強国ではある。だが絶対的な権力を王が持っているわけではない。国のことを最優先に考えている王は周囲の意見にも耳を傾ける度量も持ち合わせている。実力主義者で力のあるものをどんどん取り立てていこうと画策しているのである。
それ故に民衆からの人気は高いが、一部の貴族の中には反感を覚えるものも少なくはなかった。

(リリアが今もなおアレックス様にご執心のおかげで、彼に関する情報を知る事が出来るって言っても過言じゃないものね。ちょっと誘導すればすぐ話してくれるし、面倒臭い人だけど我慢出来ないほどじゃないわ)

そんな皮肉交じりの言葉を心の中で呟くと、リリアは再度こちらを一瞥しながら言った。

「そのドレス、少し流行遅れではないですか?今は、私のきている様な赤色のドレスが流行っていますのよ」

「……ご進言どうも」

大方、リリアはルーシアの事をライバル視しているのだろう。

(薄々感じてはいたけれど、最近特に顕著になってきた気がするわ)

ルーシアが社交界デビューする以前は、リリアが社交界の華と呼ばれていたらしい。その立場を横から掻っ攫われ、ルーシアの方が注目を浴びているのが面白くないのであろう。

(さっさと切り上げて、アレックス様を探したいわ)

ルーシアはそう考え、鬱陶しく思う目の前の令嬢にご退場願うことを決意した。

「……あなたのそのドレス、確かに綺麗な色をしていますけれど、側から見ると下品に見えていることはお分かりかしら?そんなにまでして胸を見せつけたいだなんて、さぞ自分に自信がお有りなのでしょうね。でも残念ね。周りは、思ってるほどあなたの事など興味もないようですけれど。……お可哀想に」

ルーシアはリリアの瞳を真っ直ぐに見ながらちっとも可哀想だと考えているようには思えない無表情で言い放った。
彼女の無表情は、後ろにブリザードが吹いているように錯覚するほど恐ろしいらしい。以前ハイリが言っていた事は記憶に新しかった。

かくして人を馬鹿にしてばかりで、馬鹿にされるという経験のない生粋のわがまま令嬢のリリアは瞳に涙をいっぱいため、走り去っていった。

蝶よ花よと育てられた令嬢に対して多少心苦しくは感じる。だが彼女がいつもしているようなことを逆にしてやったのだ。これに反省して、自らの行動を省みてほしい。

同時にルーシアは束縛の後の開放感に身を投じる。

(よし、これで思う存分に探せるわ)

ルーシアはなるべく人に話しかけられないよう、壁の隅へと移動した。すると、ある一角にご婦人数名が群がっている事に気がつく。目線を向けると、そこには茶髪翠目を持った探しびとがいた。
ルーシアは途端に胸を弾ませる。

「アレク様が舞踏会に参加なされるなんて、とても嬉しいですわ」

「ええ、突然でしたが参加できて俺も嬉しいよ」

「今夜もとても一段と素敵ですわ、アレックス様」

「ありがとう。でも君の方が何倍も素敵だよ」


遠い距離からでもわかる優しげな笑顔を振りまき、ご婦人一人一人を相手にしていま。
正直よくやるな、と思った。

(流石アレックス様。〝秀麗の貴公子〟な名は伊達ではないわね)

ルーシアはその笑顔を焼き付けようとまじまじと眺めていた。すると。

「……あ」

アレックスがこちらを向き、目と目が合ってしまった。思わずルーシアは目を逸らし、暴れる鼓動を抑えようと胸に手を当て、床を見つめた。

(め、目が合ったわ…驚いた)

まさかこの距離から目が合うとは思わなかった。そんなにまじまじと見つめていただろうか?そんな不安を感じ自問自答していると、目の前に誰かが立つのを感じた。
ルーシアは思わず顔を上げる。

「……え」

「ご機嫌よう、王女殿下」

なんと、目の前には先ほどまでじっくりと観察していたアレックスがいたのだ。

(どうして?私の視線に嫌気がさして、文句を言いにきたのかしら?そんなにじろじろ見てしまっていたの……!?)

「……ご、ご機嫌よう。アレックス様」

「あれ?俺、王女殿下に自己紹介した事ありましたっけ?」

明るい朗らかな微笑みを浮かべながらアレックスは尋ねてきた。

「……お噂はかねがね聞いておりますので」

「いやぁ、お恥ずかしい限りです。王女殿下に認知いただけているなんて、至極光栄の極みです。……ところで、今はお一人でいらっしゃいますか?」

ルーシアは十年前から彼の存在を認知していたのだから、噂で聞いただなんてもちろん噓だ。

「ええ。する事もなく、壁の花になっていたところです」

「なんと……!こんな美しい方が壁の花だなんてもったいない。それならば是非とも、この私めに王女殿下のお相手をさせては頂けませんでしょうか」

そういうとアレックスは大げさに傅き、ルーシアの手を取り、甲に口づけをしてきた。
そう、あの初めて出会った時と同じように。

ルーシアは、憧憬を抱いていた人物がダンスに誘ってくれたことにに喜びを感じていた。だがそれとともに困惑も覚えていた。

(いきなり踊って欲しいだなんて、何か目的でもあるのかしら。私にとり入ろうとする人ではないと思っていたのだけれど。でもまあ折角の機会だし、何か目的があるのであれば聞き出してやりましょう)

半分は打算、半分は幸福な気持ちを抱えながら、男を見つめた。そして。

「……ええ。喜んで」

ルーシアはその願いを承諾した。
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