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デートへの誘い
しおりを挟むエリィは家令に言われるまま、夫の私室の前にたどり着いた。
(デートの誘いね……女性からの場合ってどういう感じにすればいいの……分からない)
混乱する心とは裏腹に、無慈悲に部屋の扉は開かれる。
どうやら家令が先にフランツの私室に入り、エリィの訪問を伝えたらしい。
「入れ」
いつも通りの冷たい口調に思わず苦笑いが浮かぶ。
(相変わらずね。夫婦の営みのときはもう少し柔らかい声だったのに。)
そう思いながら「失礼します」と言葉を紡ぎ、部屋へと足を踏み入れた。
この状況に既視感を覚え、エリィは城へと行った際も同じような状況だったなと意味もないことを考える。
「何用だ」
「えっと……」
エリィは視線の端に立っていた家令をちらちらと見つめる。彼は「いけます、大丈夫です」と目線で訴えてくる。
じんわりと手に汗をかきながらも言葉を紡ぐ。ギュッと手を握り、エリィはようやく覚悟を決めた。
「デートのお誘いに参りました」
断言する様に述べると、目の前の男は何も言わない。
(ちょっと……なんだか気まずいのだけれど)
数日ほど不和の生まれていたため、フランツがなんと返してくるかはわからない。ただ、迷惑だと言われる可能性も高そうだなと冷静に分析している自分もいた。
「……フランツ様?」
なかなか返事を返さないフランツに、エリィは痺れを切らしたように名前を呼ぶ。
すると、彼の意識はやっと現実に戻ってきたようにハッとした表情を浮かべた。
「……っ。あ、ああ。私とデートへ赴きたいと?」
「はい、そうです」
エリィはこくりと頷く。
(気まずい相手からいきなりデートに誘われるなんて、驚いて当然よね)
そう思いながら、まっすぐと夫を見つめるエリィ。
しばらくフランツは視線を宙にふらふらと彷徨わせていた。
そして視線をエリィに向けたあと、言葉を述べる。
「分かった。共に行こう」
フランツはなぜか満更でもなさそうな表情だった。
このギクシャクとした空気は、そろそろ耐え難くなったのだろう。
「……まあ、夫婦なのだし当然といえば当然か。貴様、意外と気がきくではないか」
「……そうですか?」
(私が提案したのではないのだけれど)
高慢な様子で言う男に対し、エリィの心の声は淡々としていた。
フランツの隣に立つ家令の視線から「よくやってくださいました」と嬉しそうな感情が伺える。
かくしてレヴィアン夫妻はふたりでデートへと繰り出すことになった。
向かう先は城下町だ。
*
城下町に向かう馬車の中で、エリィは先日のことを思い返す。
数日前、レイに診察してもらった際にエリィはこんな助言を貰っていた。
「フランツ殿……彼の解呪領域が10メートルというのは聞いていますか?」
「はい。初めて会った際に聞かされました」
エリィは男の言葉に小さく頷く。
「君の腹にある髑髏は少しずつ薄まっていますね?」
その言葉にも、エリィは「はい」と頷いた。
するとエリィの瞳をまっすぐと見つめたレイは、語るようにして言葉を紡ぎ出した。
「呪いは徐々に治ってきている。ゆえに、君はフランツ殿の10メートル以内にい続ける必要はなくなっているかもしれない」
レアの言葉に驚きを覚えたエリィは、思わず身を乗り出す。
「彼が幼少期から過ごしてきた屋敷、つまりは今二人が住んでいる場所。あの屋敷自体に解呪因子が強く結びついているんです。解呪因子は少量ですが物体にも付着します」
「そうなんですね」
「だから、あの屋敷の中にいる間は不幸の呪いと解呪因子が相殺されている。もちろん、解呪までは至らないのですがね」
その衝撃の事実にエリィは衝撃を受けた。
フランツの10メートル以内にいない間は、いつ周囲に悪影響を及ぼすか気がきではなかった。
だからこそ、レイの口にした言葉はエリィの救いになる。
「それは本当ですか!」
歓喜に打ち震えながら身を乗り出すエリィに、レイは柔らかな微笑みを向ける。
「はい。ですが一応一つだけ言っておきます。これはあくまでも相殺しているだけですから、もし本格的に解呪したいのであれば……彼と肉体的に繋がり続けることをお勧めいたします」
どうやらエリィの不幸の呪いとフランツにの解呪体質は、僅差でフランツの体質が打ち勝っているらしい。
レイの研究者然とした表情をみながら、エリィはこれからのことに頭を悩ませていた。
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