呪われ少女と傲慢令息の結婚契約録

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家令の訪問

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エリィが城にて呪いについての検査を受けてから、数日が経過した。
少々二人の仲が気まずい以外は別段変わることなく、単調な日常が続いていた。

(あの人、私と顔合わせるたびに何故が避けてばかりなのよね)

初夜から数日が経過しているか、二人が夫婦の営みをすることはない。
フランツの意外な一面を見てから、彼が意識的にエリィを避けるようになったのだ。
屋敷のメイドたちやイリーナにも心配をかけているのがわかり、エリィは小さく嘆息した。

レヴィアン家当主の妻としての役割を果たしたいのは山々だ。フランツからは明らかに避けられているのだからなかなか難しいのだ。

豪奢な部屋にて紅茶を嗜んでいると、コンコンと部屋をノックする音が聞こえた。

「エリィ様、家令です」

イリーナが扉を開け、部屋の外にいる人物を確認したあとに言葉を述べた。

(家令?一体どうしたのかしら?)

家令は屋敷にいる際のフランツのお付きのようなものだ。レヴィアン家の仕事を仕切っており、今日はフランツの側にいると考えていた。
本日、夫は久々の休暇らしく、屋敷の中にいることは何もおかしくない。ただ、今の今まで避けてきた妻に対し一体何用だろうか。

「入ってください」

エリィが端的に述べると、家令は優雅な足取りで部屋の中へと入る。背筋の伸びたいかにも上品な男性だ。柔和な顔立ちの中に、キラリとした理知的な瞳が印象的だった。

「突然お訪ねして、申し訳ございません」

「いえいえ、こちらこそ妻とはいえレヴィアン家の新参者の分際ですから。この家を上手く運営してくださっているあなたには、感謝してもしたりないくらいですわ」

エリィは目の前の男に嘘をつくことも出来たが、あえて本心を話した。
今までこの家を支えてきたのはフランツの他に、他でもないこの男なのだ。それに、こちらが命令する側の人間とはいえ年上の男性に偉そうな態度を取ることに違和感を覚えていたのだ。

その上、この家令は、なんだか院長に似ている。

少しばかり懐かしさを覚え、エリィは家令に対し微笑みを零した。

「ありがとうごさいます、奥様」

「いいえ。……それで、あなたがこの部屋に訪ねていらっしゃるだなんて初めてですね。一体どうされたのですか?」

エリィは疑問に思っていたことを素直にぶつけた。

「実は、折り入ってご相談があるのです」

「相談、ですか?」

聞き返すと、家令は眉尻を下げ、申し訳なさそうな表情で「はい」と頷いた。

(なんだかイヤな予感がするわ……)

ここまで困った顔で願い出られれば、雇用主の妻として頼みごとを無下にすることなど出来ない。
ただ、エリィの勘は嫌な予感を告げていた。

「実は……当主様、フランツ様にデートのお誘いをしてほしいのです」

(…………で、デート……)

エリィは思わず目を丸くする。

「そ、それは一体どうしてなのですか」

「ご存知の通り、我が主人はなかなかの頑固者。素直になれぬ性格が妨げとなり、奥様との距離感を測りかねております」

「ええ。私、今避けられていますし」

「そうです……ですので、そこで奥様の方から上手くアプローチ……いや、リードをしていただければと」

エリィは家令の言う言葉に目を瞬いた。
つまりはこう言うことだ。

ーーフランツは私との仲を修繕したいが、自分のプライド等が邪魔をし、難しい。だから、エリィが大人になってあげてほしい、と。

既に結婚までしたのに、周囲の人間からすればこんな夫婦関係なのはさぞかし滑稽だろう。使用人や執事らは、皆エリィの呪いについては全く知らない。フランツとエリィは恋愛を経て、結ばれたと勘違いしている人間もいるくらいだ。なにせ、ここまで時間をせいてまで急いだのだ。普通ならば、婚約が決まってから半年は結婚まで猶予がある。

だからこそ、家令は二人の仲を心配して助言してくれているのだろう。

エリィはどうしたものかと頭を悩ませた。

(デートに誘う……ね。女性から誘うというのははしたないとされているし、あまり乗り気にはなれないわね。それに、私とあの人は契約結婚なんだもの。別に仲を深める必要もなければ、修繕する必要も感じられない)

目の前の家令と、身の回りの世話をしてくれるイリーナの視線を感じる。二人の心の声が聞こえてきそうだ。オーケーしろと。

「はぁ。……仕方がないですね。私からデートとやらに誘うことにいたします」

「……っ!ありがとうございます。奥様の寛大な心に、感謝申し上げます」

エリィは二人の目力に根負けし、是と頷いた。
仲直りの必要性もあまり感じさせられはしないが、このままの空気で過ごしていくのは面倒くさいかもしれない。そう考えたためだ。だが。

「私から誘っても、彼が了承するかは分からないわよ」

「いいえ、大丈夫ですよ!フランツ様は、エリィ様に夢中なんですから」

隣にはべる使用人の見当違いな言葉に、エリィは思わず苦笑いを浮かべた。
視線を家令に移すと、なぜなが彼もコクコクと頷いている。

(この人たちは、一体私と彼をどんな風な関係だと思っているのかしら。もちろん夫婦ではあるけれど、切っても切れない固い縁で結ばれているとでも思っているとか?)

あり得ない妄想に、エリィは背中に冷や汗をじんわりとかく。

「さて、それでは早速旦那様の部屋に向かってくださいますか」

どうやら家令は今日、二人のデートを予定しているらしい。
フランツが休日を取れる日は、今日を除けば当分先なのだ。彼の思惑も分からなくはない。

憂鬱な気分をすべて払うかのように大きく息を吐く。そして家令の言う通りにフランツの私室へと向かった。

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