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新たな一面 ①
しおりを挟むそうこう考えているうちに、レイとの診察は終了した。
エリィは診察が終わると、特に理由もなかったが足早に塔を出た。あの場にいると、色々と考えてしまいそうになりそうだと思ったのだ。外の新鮮な空気を吸えば、多少心も落ち着くだろうと考えてのことでもあった。
城に来てからは1時間半ほどしか経っていなかったため、集合するにはまだ早い。かと言って、城内を自由に散策する事などは恐れ多く、比較的人通りの多い場所に設置されていたベンチに腰を下ろした。
空を見上げると、晴天のせいか雲ひとつない青空が広がっている。
「洗濯物がよく乾きそうね」
自然と出た独り言にエリィは苦笑する。貴族の令嬢が洗濯物の心配をすることなどありえないだろう。
そんなことを考えていると、遠くの方から大柄な男性が歩いてくるのが見えた。彼は恐らく軍人だろう。なにせ軍服を着て、腰にサーベルを指しているのだから。
エリィは、フランツを思い浮かべた。そういえば、彼は軍人のはずなのに武器を所持していなかった。参謀的存在であるからだろうか。
「レヴィアン夫人」
すると突然、先ほど見ていた軍人の男がエリィを呼びかけてきたのだ。驚きで肩をびくりとさせる。
「えっと、どちら様でしょうか?」
「これは大変失礼致しました。私は、フランツ様の部下であるものです。あなた様を呼びに参りました」
エリィは目の前の男の言葉に目を丸くした。
なにゆえ自分が呼ばれるのだろうか、それにどうしてフランツはエリィがこの場にいることがわかったのだろうか。様々な疑問が浮かんだが、とりあえずはフランツの部下の方の言う通りにしておいた方が良いだろう。目の前の男が城内にいるにも関わらず嘘をつくとは思えないし、このままついていっても危険はないはずだ。
「えぇ、分かりました」
エリィが頷くと、部下の男は「それではお連れします」と言った。そして、男の先導でフランツの元へと向かったのだ。
◇
「ご苦労、下がってくれ」
フランツの執務室へと連れてかれると、彼は部下の男にそう指示を出した。彼は仕事の最中であるためか椅子に腰掛け、書類に目を通していた。エリィはその間に、その部屋を見渡した。非常に整理整頓されてはいるが、なにしろものが多い。書類らしきものが纏められた棚、国の地図は一枚では飽き足らず、数枚壁に貼られている。それ以外にもものは多くあったが、エリィにはそれらが一体なんなのか検討もつかなかった。流石に軍の機密などはおいていないだろうが、ここには多くの情報が集まる場所なのだろう。
部下が捌けると部屋の中はエリィとフランツの二人きりとなった。恐らく部屋の外の扉の前で、部下の男たちは待機しているのだろう。
エリィは、仕事の書類から目を離さない目の前の夫に声をかけた。
「どうして私があの場所にいるのだと、お分かりになったのですか」
数秒の沈黙が流れる。フランツは煩わしそうに髪をかきあげ、書類から目を外し、その双眸でエリィを貫いた。
「この城内のことについて、私に分からぬことなどない。なにせここは王族の住まう場所。目が届かなかったなどという蛮行は犯さない」
最もな主張であると言える。彼は若いながらも、重要な役職を任されている男なのだ。そして、軍人は城の警備を任されているのは周知の事実。フランツがエリィの居場所を知っているのは仕事に穴はないという証明でもあるのだ。
「そうですね、あなたは優秀な軍人様だとお聞きしておりますから。すごい人だと尊敬します」
エリィはイリーナからの情報を頭に思い浮かべ、口走る。特にこれといった意味はなかったが、目の前のフランツは嫌味のように受け取ったのか。
「…………どういう意味だ?」
なぜか不機嫌そうな面持ちで尋ねてきた。女に尊敬されても嬉しくないと、その表情にはありありと書かれている。
だがエリィは彼の質問に対し、自分の思ったことを素直に話すべきだと直感した。見るからに潔癖そうなフランツは、恐らく嘘や誤魔化しが嫌いだろうから。
「えっと……別に深い意味はないんですけど。少し前に人から、フランツ様は若いのに優秀な軍人だとお聞きしたんです。その歳で重要な役職についていらっしゃるだなんて、相当苦労なされているでしょうし、今現在も気苦労が多いのだろうと思いまして。女の私が言うのもどうかと思いますが、上を目指そうと常に努力しているから部下の方にも慕われていらっしゃるのかな……なんて」
エリィは執務室まで呼びにきた軍人や、部屋の外で待機している部下たちを見てそう思ったのだ。彼らの瞳には、フランツを一心不乱に尊敬しているという眼差しが宿っていた。そのお陰か、彼の妻であるエリィに対しても皆、丁寧な対応をしてくれたのだとそう感じた。
「お前、俺の部下から何か聞いたのか?」
「いいえ、なにも」
フランツは気まずそうな面持ちで目線をそらす。エリィが思いの外、自分を褒めたという事実に照れているようにも見えた。
エリィはなぜかくすぐったい気持ちになる。先程までは緊張しい空気の漂っていた執務室は、温かい空気が流れているようだった。
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