呪われ少女と傲慢令息の結婚契約録

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呪いの調べ ②

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 二人は馬車を走らせ王城へと向かった。馬車の中では必要以上に話すことはなかったが、不思議と気まずい空気になることはなかった。肉体的とはいえ一時は繋がりを持ったことで、連帯感が生まれたのだろうか。

 城門前に着き、馬車を降りるとフランツはエリィに言った。

「俺は仕事をしに行ってくる。2、3時間後に城門前集合だ」

「分かりました」

 彼女が了解の意を伝えると「ついてこい」と言って、そそくさと歩き出す。体格差がある分エリィは小走りになりながらついていく。しばらく歩き続けると城の入り口が見て、誰かが立っているのが分かった。遠目からは男なのか女のか判別は難しいと感じたが、一つだけわかったことがあった。そこに立っている人物は真っ黒なローブを目深にかぶり、いかにも不審人物といった体だったのだ。

 エリィはぎょっとし、フランツの影に隠れるように体を隠した。だがフランツというと、その不審人物に向かって歩いていく。そして、止まった。

「お待たせして、申し訳ございません」

 フランツはいかにも愛想よく黒いローブの人物に挨拶をしたので、彼女は思わず目を瞬いた。

 この人物は、格好から言っておそらく魔術関係の研究者に違いない。だが、フランツが猫を被らざるを得ないほど地位のある人物なのだろうか。

「いやいや、私も今来たところですから……それよりも、そっちの彼女が?」

 ローブの人間は背丈と声の低さから言って男だった。顔はわからないが、いかにも研究者と言った真面目そうな話し方で好感が持てる。

「えっと……お初にお目にかかります。エリィ・レヴィアンと申します」

 以前はプロマイアだったが、フランツの妻となった以上次に名乗るべきなのはレヴィアンだ。この短期間でファミリーネームが二度も変わる人間などそうそういないだろう。エリィは新しいファミリーネームを名乗ることに未だ慣れていない。たどたどしく挨拶をし、深々とお辞儀をする。
 するとローブの男は、くすりと笑った。

「なんとも愛らしいお嬢さんだ。フランツ殿、こんな奥さんを貰えるだなんて羨ましい限りですよ」


「……はは」

 お世辞なのか本気なのかは分からない口調で言われ、フランツは空笑いをこぼした。

「さて。私の名前は…………レイとでも読んでもらいましょうか」

「えーっと、はい。レイ様」

 自己紹介に間があったことは気にはなるが、エリィはこくりと頷く。レイは納得したような声色で「うんうん、よろしい」と言った。
 やはり彼は身分の高い人間なのだろうか。言葉の節々に、人の上に立つ人間らしさが垣間見える。

 ようやくレイとエリィが互いに自己紹介を終えると、フランツは身を翻した。そして「それでは」と言い残し、そそくさとその場を立ち去ってしまった。エリィはそんな彼の背中を見つめ、ふぅっと息を吐く。

「フランツ殿は魔術研究に携わるもの全てが苦手なんですよ」

「……え、そうなんですか。全く気が付きませんでした」

 エリィは驚いてレイを見る。
 だが、よくよく考えると思い当たる節はあった。

 彼は産まれながらに《解呪体質》を持ち合わせているのだ。
 ――解呪と魔術。その二つは相容れない。いわゆる水と油のような存在で、どう努力しても魔術は彼を受け入れない。そんなフランツが、魔術を苦手に思うことは不思議ではなかった。大嫌いということもあり得るだろう。

「辛いことも多く経験してきているから」

 そう言って、レイは遠くを見つめた。その《辛いこと》というものを今のエリィが深く追求することは無神経にも程があるだろう。ゆえに彼女はそれ以上、心を声に出すことはなかった。



「それじゃあ、行こうか」

 重い空気を破ったのはレイの一言だった。その言葉にエリィは疑問を返す。

「えっと、一体どこへ」

「そりゃあ私の城、ですよ!」

 この場所自体、城じゃないかという突っ込みは取り敢えずその場に置いておき、エリィは歩き出したレイについていくことにした。

 彼は非常に紳士的ゆえ、エリィが小走りになることはなかった。
 心の中で「フランツ様もこのくらい紳士的になってくれればいいのに」と愚痴をこぼしたが、紳士時なフランツを想像してぶるりと身を震わせる。あの男が女性に対し紳士的な態度を取るときは、猫かぶりの際しか思い至らない。素でやれば、鳥肌ものな気がした。

 レイは王城の庭を超えた先にある、古びた塔の前まで来ると足を止めた。なんだかこの場所だけ、隔離されているように思い、エリィは足を竦ませる。それは、禍々しさを感じさせる塔の雰囲気のせいもあったかもしれない。

「ここ、魔術研究が行われているんです」

 レイは古びた塔を指差す。華やかな城とは真逆の雰囲気を纏っており、なぜこのような場所に立っているのか疑問を覚えた。だがその疑問はすぐ解決することとなる

「魔術って危険じゃないですか。故に城には近づかせたくない。だけれど、うまく運用できれば国を格段に発展させる事ができる技術なんです。その重要性を分かっているからこそ、こんな城の外れに研究拠点があるんですよ」

 エリィは心を見透かされたのかと一瞬疑った。だが、そのようなことはあり得ないと分かってはいたのであるが。

 説明をしたレイは、エリィを塔の中へと連れ行った。その中は難しそうな本が積まれていたり、不気味な液体が並んでいたり、いかにも研究施設という感じだった。
 その中で、エリィは《不幸の呪い》によって起こったこれまでの出来事を話した。その後、心配であったへその側にある髑髏について話す事にした。レイはふむふむと頷くと、その髑髏を見せてくれと言った。男性に肌を見られるという行為には抵抗があったが、これも今後のためには必要な事だ。そう割り切り、ドレスをはだけた。
レイはそんな彼女を診察する。

「このタトゥーのような髑髏。これは呪痕ですね」

「呪痕?」

 エリィが繰り返すと、レイは首を縦に振った。
 彼が言うに、この痕跡が呪いの根源となっており、全て消えたその瞬間、解呪が完全に完了したと判断できるらしい。今後はこの呪痕を目安にするべきだと言った。

 そしてもう一つ、長年の間疑問に思っていた事を尋ねた。この疑問の答えによっては、エリィの今後が左右されるに違いない。それほどエリィにとっても、国にとっても重要なものだった。

「レイ様。私、以前死のうとしたことがあるんです」

「…………なんと」

「その際、ある人から『君が死ねば、呪いが撒き散らされる』と言われたことがあるんです」

 神妙な顔で言葉を述べると、レイはこくりと唾を飲み込んだ。そして眉間にしわを寄せ、考え込むように黙ってしまう。

 エリィは、彼がそんな様子になることに不安を覚えていた。院長から先の言葉を告げられた際は、正直信用していなかった。自分が死ぬだけで世界に不幸が撒き散らされるだなんて、自分の生死まで他人に影響を与えてしまうだなんて、そこまで背負いきれないとも考えていた。

 それに、院長は魔術研究者ではない。エリィ同様、素人だ。隠していたという可能性も否めないが、そんな事をしてなんの得があるのだろう。ゆえに院長の言ったことは、単にエリィが自死を選ばぬようにする為に述べたのではないか。そう考えていた。

「エリィ殿。ある人というのが私の思っている人物と同様の者であれば、その話は内密にして頂きたい」

「……どうしてですか」

 レイは殺気立った様子で言葉を述べ、そんな様子にエリィの声音は震える。手のひらには汗をかき、気持ち悪さを覚えた。

「……その質問には答えられないんです。申し訳ありません。…………ですがどうか! その話は今後一切、誰にも話してはいけません。下手をすれば悪用されるという可能性もありますから」

 彼がそう言ったとき、エリィは一つの結論に行きついた。つまり、呪いが撒き散らされるという院長の言葉は真実ということだ。

 あまりの事に恐怖すら覚える。とても大事なことを背負ってしまったように感じた。

 ――だがここまで生きてきた以上、怖がってばかりはいられなかった。エリィは自分の全てをかけて、呪いに立ち向かわねばならないのだ。

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