19 / 24
呪いの調べ ①
しおりを挟む次の日、エリィが目を覚ますと既に隣にフランツはいなかった。ただ、まだベッドに温もりを感じたので彼が起きたのは少し前だろう。
しばらくの間、ベッドでぼーっとしていると部屋の扉がノックされた。おそらくイリーナだろう。
「どうぞ」
「失礼します」
ガチャリと扉を開け、入ってきたのは予想通りイリーナだった。今日の彼女は一段と晴れやかな顔をしており、エリィは疑問に思う。
「おはようございます、エリィ様!」
「えっと、おはようイリーナ。……ってあなた、なんかいつにも増してニコニコしてない?」
イリーナは満面の笑みでエリィを見つめた。彼女は今にも踊り出しそうな雰囲気を醸し出している。エリィの背中には嫌な予感が走る。「やっぱり質問には答えなくてもいいよ」と、そう打ち切る前に、イリーナは感動的を滲ませた声で言った。
「とうとう二人は精神だけでなく、肉体的にも結ばれて……私、とても感動しております!」
そう言うとイリーナは一人で勝手に盛り上がり始めた。彼女の瞳は宝石のように輝き、夢見る乙女そのものだった。エリィはそれを苦笑いで見つめる。
本当に騒がしくて面白い少女だが、ここまで純粋でいられると彼女の将来が心配だ。自分とフランツの冷え切った関係は、他の使用人達にはお見通しだろう。どうみても家同士が決めた愛のない結婚にしか見えない。エリィはイリーナに対して、将来変な人に捕まらなければいいのだが……と、親心のようなものを覚えた。
彼女はフランツとエリィの関係を未だに誤解しているようだが、かとと言って否定したとしても説明するのは非常に面倒だ。と言うわけで、あははと愛想笑いを浮かべたのち、エリィは強引に話題を転換した。
「そういえば、フランツ様は?」
エリィが頭を傾け質問をすると、イリーナはハッとした表情をしたあと焦り出す。ーーこの光景は以前にも見たことがある。エリィは既視感に頭を抱えた。
「そうでしたっ、申し訳ございません!! フランツ様が朝食にと、ダイニングルームでお待ちです」
◇
「ようやく来たか……遅い」
フランツは不機嫌な様子で言った。この態度にもまた既視感を覚える。
マッハで支度をしたものの、多少なりとも彼を待たせてしまったことは事実だろう。エリィの後ろにいるイリーナは自分を責めるような表情で立っている。だが彼女が一人で盛り上がっていた時間などほんの2、3分だ。おそらくどう頑張っても嫌味を言われることは予想できた。彼はどうあっても難癖をつけそうだ。
エリィは内心「そこまで言うなら一人で勝手に朝食を取ればいいのに」と思ったが、それは口にはせず心に留める。
「はいはい、申し訳ございません」
さらっと流すように謝り、エリィは自身のテーブルについた。フランツはふんっと鼻を鳴らしたが、それ以上何も言わなかった。
そして二人は朝食を取り始める。そこでようやく、フランツがともに朝食を取ろうと誘ってきた意味を理解した。食事をしながら今日の予定について話すためだったのだ。
話し合った内容はこうだ。
本日、フランツは王城へいく必要があるという。軍関連の仕事をしにいくのだそうだ。そこで、ついでにエリィを連れていき王城にいる魔術研究をしている研究員の元で呪いの状況を見てもらうべきだということだった。これでついでに、魔術に詳しい人に腹の髑髏の呪い(仮)を相談できる。エリィはほっと息をついた。
「お前、魔術関係者に見てもらったことはあるのか?」
「いいえ、一度もありません。魔術は秘匿されている分野で、一般には広がっていませんから」
エリィがそう答えると、フランツは驚いたような顔を浮かべた。そしてそのあと眉をひそめる。
「お前の親はどうにかしようとしなかったのか? 一応は貴族だったのだろう」
痛いところをつかれ、表情を歪めた。いつか聞かれると思っていたが今か、と憂鬱な気分に陥る。
エリィは己の境遇に同情されるのは嫌いだったが、ここまで聞かれて答えぬわけにもいかず、自分のこれまでの境遇についてかいつまんで話した。父親の無関心さや親戚宅をたらい回しにされたこと、最愛の妹の死、院長に対する感謝など。
一通り話終わったあと、エリィはフランツの様子を伺った。
彼はどんな反応をするのだろうか。馬鹿にしたような表情を浮べるのか、それとも多くの人々のように同情を向けるのだろうか。だが彼は。
「……そうか」
フランツは同情も憐憫も浮かべなかった。彼は淡々とエリィの事情を聞き、それ以上過去について触れることはなかった。かと言って興味がないわけでもないらしい。何か思うことがあるらしく、茶色の瞳の奥からはなにかしらの感情があることを感じ取る。所詮女の勘ではあったが。
下手に掘り返されるより、これからどうしていくべきか考える方が建設的だと思える。彼もそのような考えのようで、エリィはその潔さに好感を覚えた。
「ありがとうございます」
エリィの口からは自然とお礼の言葉が出た。フランツの瞳をまっすぐと見つめながら、柔らかく微笑む。彼は過去の話を聞き同情を向けずにいてくれる。嫌悪感を向けずにいてくれた。これは、どれほどまでに有難いことだろうか。さらに彼は呪いを解呪してくれてもいるのだ。
エリィは初めて感謝という気持ちを言葉に乗せて伝えることが出来た。
「……べつに」
フランツは興味無さげにそっぽを向く。
だがエリィは気づいていた。彼の耳が微かに赤く染まっていることに。彼の瞳が動揺でゆらゆらと揺れていることを。
人の本質をうわべで判断していたわけではないがそのとき心底、結婚した相手がフランツでよかったと思えたのだった。
0
お気に入りに追加
227
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません


白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる