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未知の共同作業 ①
しおりを挟む結婚披露宴も終わり、時計は既に12時を指していた。騒がしかった子爵邸からも人は去り、この屋敷にようやく夜がやってきた。部屋の外に出れば使用人たちが披露宴の後片付けに追われてるに違いないのではあるが、エリィは喧騒の後からの静寂に侘しさを感じている。
現在、この屋敷には客人は1人もいない。最後の最後まで、子爵邸に泊まりたいと駄々をこねていたアリアナは公爵に説得され、仕方なしに実家へと戻った。エリィの内心としては、あんな令嬢でも今日は屋敷にいてほしいと心の底から思っていたのであるが。そうすれば気も紛れる。
何故そのようなことを思ったのか。理由はただ一つ。
――――初夜の儀が行われるからだ。
結婚した男女は教会でサインを交わした1日以内の間に、肉体的に繋がらなければならない。これは、心の繋がりと体の繋がりの同時性を重んじるためだという事らしい。よくわからない風習ではあるが、貴族の場合、初夜の儀が行われることが一般的とされる。
エリィは落ち着かない気持ちを和らげるため、バルコニーに出ていた。雲ひとつない夜空には暖かな満月が浮かんでいる。
そろそろエリィの数日間過ごしているこの部屋にフランツが訪れるだろう。披露宴のあと肉体的にも精神的にも疲れ切っているところ、使用人のイリーナに背中を押されるようにして入浴した。豪奢なバスタブにて使用人たちに隅から隅まで磨かれたあと、白い夜着に身を包む。薔薇の香りのするオイルでマッサージされた為、熱を冷ますように心地よい夜風に身を任せていると、その香りが鼻についた。
平静ではいられないのは、このあと自分がどうなるのか分かっているからだろう。落ち着きを取り戻そうと深呼吸をすれば、いくらかマシになったようだ。彼女はバルコニーの扉へと向かう。そして自身の部屋に入るのと同時に、部屋の扉がノックされた。
「……はい、どうぞ」
フランツは、男が女を訪ねてくる形式通りに彼女を訪ねてきた。相当に不機嫌な表情を携えながら。
エリィは密かに思っていた。彼が自分から女の部屋へ訪ねる事に嫌悪し、このまま初夜の儀が流れるのではないかと。しかし現実は甘くはなく、不機嫌ながらよ訪ねてきたようだ。彼は開口一番、指示という名の命令を口にする。
「明日からお前には俺の部屋で過ごしてもらう」
エリィはその言葉に同意の意を伝えた。解呪を本格的に行うにあたり、フランツのそばに出来るだけ長くいるようにせねばと考えていたのだった。
「くそっ……こちとら迷惑甚だしいんだがな」
「そうですか……それは誠に申し訳ございません」
エリィは淡々と述べた。
フランツの嫌味は上手く流す事が一番だと、この数日でよくよく学んだからだ。彼のいうことには、折り合いのつきそうなところでこちらが妥協すればスムーズに話が進むと分かっている。
そんな様子に何故だか眉を寄せたフランツは、傲慢な口調で言った。
「それと……お前には俺の子を孕んでもらう。こなレヴィアン家の後継は必要不可欠だからな」
「……っ」
エリィの顔色は変える事はなかったが、心臓はばくばくと激しく脈打っていた。当たり前のことのはずだが、いざ本人に目の前で言われると現実味が増してくる。口も開かないまま固唾を飲んでフランツを見つめていると、彼はまた口を開いた。
「なんだ、怖気付いたか? だが、これも契約のうちとも言える。貴族の結婚ともなれば、跡継ぎを設けることも仕事のうちだ」
エリィは言い方には不快感を感じてはいたが、貴族の結婚とはそういうものなのだろうと納得していた。エリィも元はと言えど、貴族令嬢だったからだろう。
言うなれば、自分の処女と引き換えに呪いを解くことを頼んだと言っても過言ではない。
自分の処女と解呪のどちらが大切か。
これは言うまでもなく後者だ。解呪しなければ、自分だけではなく、周囲にも甚大な被害をもたらす。それを考えると、エリィが身一つ差し出すことにより話がスムーズにまとまるのだから、なんて事はないだろう。
こんなことならば、顔合わせのあのときに処女を奪われていればよかった。勢いとその場の空気に任せた方がこちとらここまで緊張せずに済んだだろう。
何故自分は、一方的に攻められただけで気絶してしまったのだろうか。今更ながらに公開が襲ってくる。だが今更後悔してももう遅いのだ。
女は度胸。
もう逃げも隠れもする事はできない。それならば腹を括って覚悟を決めるべきだろう。
「怖気付いてなどいません。本日は初夜ですから緊張しているのです。どうぞ……お手柔らかにお願い致します」
エリィはそう言って微笑みを浮かべた。
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