呪われ少女と傲慢令息の結婚契約録

ペン子

文字の大きさ
上 下
15 / 24

未知の共同作業 ①

しおりを挟む
 

    結婚披露宴も終わり、時計は既に12時を指していた。騒がしかった子爵邸からも人は去り、この屋敷にようやく夜がやってきた。部屋の外に出れば使用人たちが披露宴の後片付けに追われてるに違いないのではあるが、エリィは喧騒の後からの静寂に侘しさを感じている。

 現在、この屋敷には客人は1人もいない。最後の最後まで、子爵邸に泊まりたいと駄々をこねていたアリアナは公爵に説得され、仕方なしに実家へと戻った。エリィの内心としては、あんな令嬢でも今日は屋敷にいてほしいと心の底から思っていたのであるが。そうすれば気も紛れる。

 何故そのようなことを思ったのか。理由はただ一つ。
 ――――初夜の儀が行われるからだ。

 結婚した男女は教会でサインを交わした1日以内の間に、肉体的に繋がらなければならない。これは、心の繋がりと体の繋がりの同時性を重んじるためだという事らしい。よくわからない風習ではあるが、貴族の場合、初夜の儀が行われることが一般的とされる。

 エリィは落ち着かない気持ちを和らげるため、バルコニーに出ていた。雲ひとつない夜空には暖かな満月が浮かんでいる。

 そろそろエリィの数日間過ごしているこの部屋にフランツが訪れるだろう。披露宴のあと肉体的にも精神的にも疲れ切っているところ、使用人のイリーナに背中を押されるようにして入浴した。豪奢なバスタブにて使用人たちに隅から隅まで磨かれたあと、白い夜着に身を包む。薔薇の香りのするオイルでマッサージされた為、熱を冷ますように心地よい夜風に身を任せていると、その香りが鼻についた。

 平静ではいられないのは、このあと自分がどうなるのか分かっているからだろう。落ち着きを取り戻そうと深呼吸をすれば、いくらかマシになったようだ。彼女はバルコニーの扉へと向かう。そして自身の部屋に入るのと同時に、部屋の扉がノックされた。

「……はい、どうぞ」

 フランツは、男が女を訪ねてくる形式通りに彼女を訪ねてきた。相当に不機嫌な表情を携えながら。

 エリィは密かに思っていた。彼が自分から女の部屋へ訪ねる事に嫌悪し、このまま初夜の儀が流れるのではないかと。しかし現実は甘くはなく、不機嫌ながらよ訪ねてきたようだ。彼は開口一番、指示という名の命令を口にする。

「明日からお前には俺の部屋で過ごしてもらう」

 エリィはその言葉に同意の意を伝えた。解呪を本格的に行うにあたり、フランツのそばに出来るだけ長くいるようにせねばと考えていたのだった。

「くそっ……こちとら迷惑甚だしいんだがな」

「そうですか……それは誠に申し訳ございません」

 エリィは淡々と述べた。
 フランツの嫌味は上手く流す事が一番だと、この数日でよくよく学んだからだ。彼のいうことには、折り合いのつきそうなところでこちらが妥協すればスムーズに話が進むと分かっている。

 そんな様子に何故だか眉を寄せたフランツは、傲慢な口調で言った。

「それと……お前には俺の子を孕んでもらう。こなレヴィアン家の後継は必要不可欠だからな」

「……っ」

 エリィの顔色は変える事はなかったが、心臓はばくばくと激しく脈打っていた。当たり前のことのはずだが、いざ本人に目の前で言われると現実味が増してくる。口も開かないまま固唾を飲んでフランツを見つめていると、彼はまた口を開いた。

「なんだ、怖気付いたか? だが、これも契約のうちとも言える。貴族の結婚ともなれば、跡継ぎを設けることも仕事のうちだ」

 エリィは言い方には不快感を感じてはいたが、貴族の結婚とはそういうものなのだろうと納得していた。エリィも元はと言えど、貴族令嬢だったからだろう。
 言うなれば、自分の処女と引き換えに呪いを解くことを頼んだと言っても過言ではない。

 自分の処女と解呪のどちらが大切か。
 これは言うまでもなく後者だ。解呪しなければ、自分だけではなく、周囲にも甚大な被害をもたらす。それを考えると、エリィが身一つ差し出すことにより話がスムーズにまとまるのだから、なんて事はないだろう。

 こんなことならば、顔合わせのあのときに処女を奪われていればよかった。勢いとその場の空気に任せた方がこちとらここまで緊張せずに済んだだろう。
 何故自分は、一方的に攻められただけで気絶してしまったのだろうか。今更ながらに公開が襲ってくる。だが今更後悔してももう遅いのだ。

 女は度胸。
 もう逃げも隠れもする事はできない。それならば腹を括って覚悟を決めるべきだろう。

「怖気付いてなどいません。本日は初夜ですから緊張しているのです。どうぞ……お手柔らかにお願い致します」

エリィはそう言って微笑みを浮かべた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

敗戦して嫁ぎましたが、存在を忘れ去られてしまったので自給自足で頑張ります!

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 魔族 vs 人間。 冷戦を経ながらくすぶり続けた長い戦いは、人間側の敗戦に近い状況で、ついに終止符が打たれた。 名ばかりの王族リュシェラは、和平の証として、魔王イヴァシグスに第7王妃として嫁ぐ事になる。だけど、嫁いだ夫には魔人の妻との間に、すでに皇子も皇女も何人も居るのだ。 人間のリュシェラが、ここで王妃として求められる事は何もない。和平とは名ばかりの、敗戦国の隷妃として、リュシェラはただ静かに命が潰えていくのを待つばかり……なんて、殊勝な性格でもなく、与えられた宮でのんびり自給自足の生活を楽しんでいく。 そんなリュシェラには、実は誰にも言えない秘密があった。 ※※※※※※※※※※※※※ 短編は難しいな…と痛感したので、慣れた文字数、文体で書いてみました。 お付き合い頂けたら嬉しいです!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...