八百万町妖奇譚【完結】

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花弁の裏

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 旺仁郎は学校ではだいたい一人だ。
 もともと食事を取らない上に、学友と言葉を交わすことなどもできない。だから、昼休みは暇なのである。昨日はたまたま見つけた蛙を眺めて過ごしたが。さて今日はどうするか。
 初日から決め込んでいたように、如何にして存在を消し、目立たず、平穏に過ごすか、それが学校での旺仁郎の課題である。
 そもそも旺仁郎自ら距離を取らずとも、一言も喋らぬカカシなどに誰も興味を示さない。
 そのはずだった。

「なんだよ、またぼっちでうろうろしてんの?」

 でっかい体に人懐こい表情。大成が廊下で出会した旺仁郎を見下ろした。彼の背後から数名の学友達が、「誰、このカカシ?」と旺仁郎を覗き込んでいる。
 全員特異課、旺仁郎にとってはどいつもこいつもそこそこ美味そうである。

「あー、うちの食事係。なんかいつもぼっちでさ」

 中でも1番美味そうな大成が「可哀想だろ?」とでも言うように仲間を振り返る。

「旺仁郎、俺らと一緒に昼食べるか?」

 大成は言葉の後で「いいよな?」と仲間を振り返る。彼らも別に構わないと言う様子である。
 大成は最初こそ周囲から瀧川の妾の子と若干距離を置かれていたものの、数日もすればその持ち前の器量と親しみやすいあけすけな性格のおかげで、男女問わず多くの学友に囲まれていた。
 そんな大成の誘いに、旺仁郎は少しも迷わず首を横に振った。大成の近くで過ごすことは、存在を消し、目立たず、平穏に、のどの言葉からもかけ離れている。異能御三家瀧川の三男は本人が意図せずとも、学内では注目の的である。その大成が普通課のカカシを連れ歩くことは、誰から見ても不自然であろう。

「あーそうか、うん。わかった」

 大成は旺仁郎の様子をみて、口元に手を当て少しの間なにか考えを巡らせているようだった。
 しかし"わかった"と言ったので、旺仁郎は"では"とその場を去ろうとしたが、一歩進んだところでその二の腕あたりを掴まれた。
 大成の手のひらは、もう少しで旺仁郎の二の腕を一周掴みきれそうなほどだ。大成の手が大きいのか、旺仁郎に肉がなさすぎるのか。おそらくその両方であろう。

「わるい、今日こいつと一緒に食べる。また後でな」

 大成がそう声をかけたのは、旺仁郎ではなく、仲間の方であった。仲間達は少し不思議そうな顔をしながら、一拍置いて、わかったと頷き手を上げた。
 大成は旺仁郎の腕を掴んだまま、やや強引に彼を連れ出した。

「お前、食べるとこ見られるの恥ずかしいんだろ?」

 何か勘違いをしている大成に、旺仁郎は首を振ったが、進行方向しか見ていない彼には伝わっていない。
 結局、食堂外に突き出した屋外座席に連れて来られる。ルーフで雨を凌げる位置だが、ちょうど雨は降っていない。
 大成は空いていた隅の方の目立たぬ席に旺仁郎を座らせると、自分は適当な昼食を買って戻ってきた。
 旺仁郎が懸念した通り、昼時で混み合うその場所で、カカシを連れた瀧川の三男は、隠れるように隅の席に座っているにもかかわらず、非常に目立つのである。

「はい、好きなのとれよ」

と大成は買ってきた袋の中身を広げてみせた。中にはパンがいくつも入っている。甘そうなのから、おかずが挟まったガッツリ系、サンドウィッチもある。
 しかし、旺仁郎は首を振った。

「なんだよ?好きなのなかった?」

 もう一度首を振った旺仁郎に、大成は肩をすくめた後、袋の中からサンドウィッチを取り出して、ほれと旺仁郎の前に置いた。
 よりにもよって萌断の、口を大きく開けないと食べることが出来ないものだ。
 旺仁郎はしばしそれを見つめた後で、徐に大成の袋の中に手を伸ばし、小さなあんぱんを引っ張り出すと自分の前の萌断サンドウィッチと取り替えた。

「お前、俺の食べるとこ見るの好きなんだろ? たまに一緒に昼飯食ってやってもいいよ」

 大成はそう言ってガブリと大きな口で、惣菜パンを齧る。
 旺仁郎は、そんなこと言ったかな?と記憶を辿り、ああ、あれかと先日の茶屋でのやりとりを思い出した。
 勘違いされていることはどうでも良かったが、一緒にお昼はもう勘弁願いたいと、周囲からの好奇の視線に背中を丸める。メモを手に取り文字を綴ると、まだ書き途中というのに、大成は覗き込むように額を寄せた。

『お昼は、1人がいいです』
「何だよ、遠慮するな」

 いや、そうでなくて……と思った旺仁郎は、さらに言葉を書きたした。

『目立ちます』
「ん? 何が?」
『大成さん』
「え? 俺?」

 その時大成は、旺仁郎が綴った自分の名を初めて見たなと気がついた。さらに少し胸の辺りが疼いたのだが、それはパンの通りが悪かったのだとコーヒーを流し込む。

「気にしすぎだろ、誰も人のことなんか見てねぇって」

 ほんとうに?と旺仁郎は周囲をそっと伺うが、どう考えてもあっちの男子生徒もこっちの女子生徒も、チラチラこちらを気にかけている。

「誰も見てない。だから気にせずお前も食えよ。俺はもうちょい肉付きのいい方が好きだ」

 なんの話だと思いつつ、旺仁郎は手元のあんぱんを見つめたまま手を伸ばさないでいる。すると大成は自分の手に持ったそのパンを、ずいと旺仁郎の口元に差し出した。

「ほら、うまいよこれ。一口でいいから食べてみろ」

食べかけ……だが……

 しかし、大成はなかなか引き下がる気配がなく。旺仁郎はおずおずとその端の方を啄んだ。幸い萌断ではなく、僅かに開いた口から咥えることができ、パンを差し出した大成の手を誤って食べてしまうなんてことももちろんなかった。
 大成の言葉通り、そのパンは味が濃く油が多いがそれが美味い。危うく抑えている食欲が増幅し、目の前の美味そうな大成をかぶりとやってしまわないように、旺仁郎は口元を押さえて、不自然ではない程度にそっと視線を落とすのだった。



 珍しく雨が止んでいるなと、蓮は教室から少し頭を出し空を向いた。しかし日はなく、雲は灰色。午後にはまた降り出しそうである。

「お待たせー! 買ってきたぞ!」

 先ほどアプリを使った勝負で1人負けした友人が、袋を抱えて戻ってきた。昼食はいつも4~5人の学友たちと、学食に行ったり、購買で何かを買ったり、今日のようにゲーム感覚で奢り奢られするなど、賑やかに過ごすことが多い。

「そういや、蓮って、瀧川の三男と一緒に住んでるよな?」

 袋から買ってきた昼食をとりだし、机を突き合わせた仲間に配りながら、学友の1人がそう言った。

「ああ、大成? うん、そうだよ」

蓮はそれを受け取り頷く。

「食堂のテラスでなんか目立ってたぞ」
「へぇ」

 大成が学食にいようが、目立とうが、蓮はさして興味はない。当然生返事を返し、もうわざわざ大成の動向を報告してくれなくとも良いと暗に態度で示してみる。

「なんか、普通課の生徒といちゃついてた」
「へぇ」

 買ってきてもらった弁当の蓋を開けて、箸を割る。米と海苔の香りが空腹に響く。

「てか、多分、あれ。蓮が昨日声かけてた、食事係?の子だったんじゃないか?」

 学友のその言葉に、米に伸びかけていた蓮の箸を持つ手がぴたりと止まる。

「(何だと?)」

「へぇ、さすが御三家だな。食事係とかいるんだ?どんな子?可愛い?」
「いや、男だった。なんか小柄な感じの、ちょっと、まあ、真面目そうな?」

 彼らの会話を耳に入れつつ、蓮は頭の中に館相関図を広げた。どうせ胸の大きな女が好きで、単純知能の大型犬と侮っていた大成の矢印が、まさかそちらに向いているのか?

「お、ちょうどここから見える」

 その言葉に、蓮は箸を置き半ば窓から身を乗り出す。そこから見える中庭の向こうの端が食堂である。
 野外座席の隅の方だと教えられ、そちらをみると確かにあれは、旺仁郎と大成だ。しかも、2人で何故か頭を寄せて、旺仁郎の手元のメモを覗き込んでいるようだ。

「(そんなに近づく必要あるのか?)」

「蓮、お茶どっちがいい?緑茶とほうじ茶」

「…緑茶。ありがとう」

 窓の外に若干の未練を残し、蓮は自席に戻り、お茶を受け取る。
 それにしても、宗鷹も大成も、旺仁郎に対して蓮が予想し得なかった興味を示しているようである。ことさら鈍そうな大成が、旺仁郎の異能に気がついたとは考えにくい。宗鷹は鈍くはないが、もし異能に気付けば、生真面目なあいつの性格では捨て置くことはできないはず。何らかの対処は取るはずだ。
 ということは単純に旺仁郎自身に興味があるのか?

「いやいや、ちょっと待て」

 蓮はかぶりをふった。

「なんだ? やっぱりほうじ茶がいい?」

 見慣れない蓮の様子に、学友達は少々驚いた様子である。

「いや、ごめん。ちょっと考え事してて、気にしないで」

と、蓮はいつもの柔和な笑顔を向けた。
 旺仁郎は、特段恵まれた容姿を持つわけでもなく、その表情筋はおそらく死んで、とにかく愛想がない。チビで貧相な子だなと、蓮も旺仁郎を見た時思っていたのである。
 名門御三家の3人が、そんな貧相で無愛想な飯炊き係を中心とした相関図を描くなど、至極滑稽。あり得ない。
 そもそも、別に自分は面白いおもちゃを見つけたと思っただけである。おもちゃの様子に一喜一憂するなど、何かの間違いだと、蓮は弁当に箸をつけた。



 玄関の戸を開けると、おもちゃがリンと鈴を鳴らした。わざわざ出迎えは珍しい。蓮は少し高揚した胸元を抑え、静かに「ただいま」と伝えると、靴を脱いだ。
 宗鷹は学校の用事で遅くなり、大成は友達と遊びに出かけている。
 つまり、2人きりかと蓮はゴホンと喉を鳴らした。
 どういうわけか、部屋に戻ろうとする蓮の後を旺仁郎がついてくる。着替えてから自室のドアを開けても、旺仁郎はまだ廊下の戸の前に立っていた。

「どうしたの?」

 尋ねたが、何も言わない旺仁郎は、少し目を伏せ階段のほうへ歩き出す。ついて来いという意思表示を感じた蓮は、小さく鳴る鈴の後にゆっくり続いた。
 旺仁郎は彼の定位置とも言えるキッチンに辿り着くと、食卓の椅子を一つ引く。

「座って欲しいって…こと?」

 そう問うと、旺仁郎はこくりと頷いた。蓮は何事かと思いつつ、促されるままその席に腰を下ろす。
 旺仁郎は沸かした湯で、茶を出し、続けて冷蔵庫から取り出した器を蓮の前にことりと置いた。

「えっ⁈なにこれ、すごい。綺麗」

 蓮は少々、子供の図工の作品を褒めるような口ぶりになってしまったなと思ったのだが、それでも素直な感想である。
 手のひらで包めるほどのガラスの器に入ったそれは、青や紫の半透明の四角いパーツが艶々と盛り付けられており。その中心にはちょこんとミントの葉が載っている。

「旺仁郎、すごいねこれ。紫陽花?」

 蓮の言葉に、小さなスプーンを手渡しながら、旺仁郎は頷いた。

『朝作って冷やしておきました』

 旺仁郎は食べ頃だと伝えたかったが、蓮に伝わったのは、朝からわざわざ用意したという労力の方であった。

「わざわざ、朝から?」

 また旺仁郎はこくりと頷く。

『寒天 下の方はミルク 上の紫陽花はブルーハワイのかき氷シロップと葡萄ジュース』

 ガラスの器を横から覗くと、確かに紫陽花に見立てた四角く散りばめられたゼリーの下に、白濁の牛乳ゼリーが埋まっている。

「綺麗で食べるのがもったいないね」

 蓮が言う。旺仁郎は手元のメモにさらに何かを書き出した。

『食べてください』

 蓮は、その手元を覗き込む。こんなに近づく必要はないかもしれないが、まだペンを動かす旺仁郎が何を書くのか気になるのだ。

『蓮さんのために作りました』
「えっ…⁈」

 蓮はその文字に、鼻から変な空気を吸い込んでしまった。おかげで喉の奥のあたりがぐうと痛む。

『お礼』

 そう書き足した旺仁郎が、チリンと肩紐に下がった蛙に触れた。

「あ、ああ‼︎ なるほどね、お礼か。ああ、なんだびっくりした。律儀だな、旺仁郎は!」

 声が大きくなってしまった。自分の首から上に登った血液が、やたらと熱を持ってしまったなと思いつつ、蓮はお茶を啜る。そしてスプーンを握り、紫陽花の器にゆっくりと落とした。

「美味しいよ、旺仁郎。甘さ控えめで、何より見た目が綺麗だね」

 相変わらず、旺仁郎は無表情のまま蓮の言葉に頷いた。
 もしや、旺仁郎は自分が紫陽花が好きだと思ってこれを作ったのかと思い至った瞬間に、蓮の鳩尾が疼き、またそこから熱を持った血液が頬のあたりまで上り詰めたのだった。
 別に紫陽花は好きではないが、好きと言うことにしておけば、また来年も作ってくれるだろうか。
 二口目を口に運んだところで、唐突に鐘楼の音が鳴り響いた。否、鐘楼の音はだいたい唐突になる。わざわざそう表現するのはおかしな話だ。
 蓮は心の中で舌を打った。くそう、邪魔しやがってと思った後。いやいや別に、おもちゃと少し話してただけだ、邪魔もくそもないだろう、と誰にでもなく言い訳を思い浮かべる。

「ああ、ちょっと行ってくる。ごめんね、全部食べられなくて」

 その言葉に旺仁郎は首を振った。
 思い切り後ろ髪を引かれた蓮が玄関に向かおうと立ち上がる。そしてキッチンを出ようとしたあたりで、今度は後ろ髪ではなく右手を引かれた。
 おもちゃが、いや、旺仁郎が蓮の手を引き、その手のひらを返し上を向かせた。そして、そこに小さな蛙がリンと音を鳴らして乗せられる。それは、旺仁郎の胸元からそちらに降り立ったようだ。

「え? いらないってこと?」

 蓮の言葉に旺仁郎はいえいえと首を振る。

『後で 返してください』

 メモにそう綴られた。

 それを読み切り、その意図に気付いた蓮は、思わず脈打った心臓が出てきそうになった口元を抑える。

「あ、うん…。わかった。ちゃんと返すね」

 そう言って頷き、蛙を握りしめてポケットに突っ込んだ。
 赤くなった顔を見られたくない蓮は、早々に向きを変え玄関へと急いぐ。しかし、靴を履いたところで、見送りについてきていた旺仁郎を一度だけ振り返った。

「じゃ、じゃあ。行ってくるね。ちゃんとドア閉めてね。窓も」

 旺仁郎は、蓮の言葉にこくりと頷いた。
 その姿を確認した後、蓮は館の外、妖何処か八百万町に飛び出した。

「かえる…無事に、帰る…か」

 地面を踏みしめながら小走りに進む蓮のその口元はニヤニヤと意思に反して笑みを作っているのであった。





八百万町妖奇譚
ー花弁の裏ー


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