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ユリウスが嫌い?

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     ◇

 気がついたら、ユーリは走り出していた。
 背後で「ユーリ!」と呼ぶカイルの声が聞こえたけれど、ユーリは星祭の前夜で賑わう王都の人混みに紛れてカイルの前から姿を隠した。
 大通りから脇道に飛び込み、右に左に折れ曲がった。縦看板のかかったお店が並ぶ一画から、さらに細い道に入ると、地下に繋がる階段が見えた。とにかく姿を隠したくて、ユーリはその階段を転がるように駆け降りた。その先には木製の扉があって、ユーリは勢いままにそれを押し開き、中にごろごろ転がって、壁にぶつかったところで蹲った。

(どんなに真似をしても、僕はユリウスになれなかった。全然違うと、カイルに言われてしまった)

 ユーリは知っている。ユリウスは王子様だから、カイルとは一緒になれないことを。
 だけど、悲恋が繋ぐ二人の強い結びつきを感じるたびに、二人を一緒にしてあげたい自分と、カイルのそばにいたい自分がいつも心の中で同時に声を上げるんだ。
 ユリウスは一度カイルの家を離れてから、一年間だけという期限付きでもう一度ラバールの診療所を訪れた。異種の医術の文化を学ぶことを国王陛下が特別にお許しになったとユリウスは言っていた。ユーリとカイルとユリウスが一緒に過ごしたのはその時だ。
 そしてユーリは再び王都に帰るユリウスからカイルに宛てた手紙を預かったまま、今でも渡さないでいる。
 不意に戸口で複数の足音が鳴り、ユーリは慌てて近くに積み重ねられた木箱の影に身を隠した。  
 真ん中に一つランプがぶら下がっているだけで、この部屋はひどく薄暗い。麻袋や木箱がたくさん置かれているので、近くの飲食店の倉庫として使われているのかもしれない。
 足音は扉を開き、室内へと入ってきた。

「出来栄えはどうですか」

 男の声だ。
 ユーリは箱の隙間から、こっそり目を覗かせた。三人の男がいる。商人風情の男が二人、うち一人はランプを手に持っている。もう一人は体を覆い隠すような大きな濃紺のローブを羽織っていて、胸元や裾から僅かに白い装束が見えていた。襟元に金糸の模様が施されていて、その形にはどこか見覚えがあったけれど、ユーリはうまく思い出せなかった。

「臭いもないし、味にも影響はないはずだ。効き目が出るまで時差があるから、気が付かれにくいだろう」

 商人風情の男の言葉に、ローブの男は「完璧ですね」と呟くと、懐をあさってなにやらチャリチャリと音のなる皮袋を取り出した。

「さぁて、どこにしまったかなぁ」

 商人風情の男はその膨らんだ皮袋を見て声を弾ませながら、周囲の木箱を漁り始めた。
 目的のものが見つからないのか、だんだんコチラに近づいてくる。
 ユーリは男たちからは丁度見えない木箱の裏側にいる。息を殺して、木箱にぐっと体を寄せて縮こまった。
 不意に男がユーリの背にした木箱に触れると、中の荷物がずれたのか、コロコロと何かがこぼれ落ちる音がした。

「うぉっ、やべっ」

 と男の慌てる声がする。箱からこぼれたものはユーリの目の前にも幾つか落ちた。

(金の星粒?)

 ユーリは足元に落ちたいくつかを拾いあげて心の中でそう呟いた。

「おい、誰だ!」

 不意に頭の上に怒声が降り注ぎ、ユーリは肩を跳ね上げた。箱の裏に落ちたものを拾おうとした商人風情の男が、ユーリの姿に気がついたのだ。
 ユーリは慌てて立ち上がると、身を低くして走り出し、男たちの脇をすり抜けた。

「待てっ!」

 扉にたどり着いたところで、フードを掴まれ引っ張られた。脱げたフードから焦ったせいで飛び出したユーリの三角耳が見えたのか、背後の男たちが驚いて一瞬息を詰まらす気配があった。

「おい、獣人じゃねぇか! 珍しい!」

 あっけなく腰に腕を回され抱え込まれたユーリは、顔を見せてはいけないと必死に頭を伏せて手のひらで顔を覆い隠した。

「男か? 女か? どのみち、あれを見られたんじゃ返すわけには行かねえからな、捕まえてどうにかしちまおうぜ」
「どれ、ほら、顔を見せてみろ」

 男の手が後ろからユーリの顎を掴んだ。すえた息を吐きかけられ、ユーリはあの船の倉庫でのことを思い出して震え上がった。

――逃げなきゃ、逃げろ、逃げるんだ!
「いってぇ!」

 ユーリは咄嗟に、男の手に噛みついた。
 驚いた男の力が緩み、その隙にユーリは男の懐をすり抜けた。ドアを蹴って外に出る。両手も使って階段を必死に駆け上がった。
 追いかけてくる足音を聞きながら、ユーリは振り返らずに進んだ。

「ユーリ!」

 男たちを振り切ろうと、角を曲がったところで出会したのは、ユーリを探していたらしきカイルだ。
 ユーリはカイルの胸の中に飛び込んだ。必死にしがみつくユーリに、カイルは何か異常を感じたようだった。
 その後でバタバタと走る男たちに気がついた様子のカイルは、ふいと壁を向いてユーリの体を隠すように抱きしめてくれた。
 ユーリの姿はほとんどカイルの広げたローブに隠れて、側からは路地裏でいちゃつく恋人同士に見えたのかもしれない。
 ユーリに気が付かないまま、男たちは通り過ぎていった。

「いったい何があったんだ」

 周りの様子を確認してから、カイルはユーリの頬を両手で持ち上げ、顔を覗き込むようにしてそう尋ねた。
 ユーリは耳を伏せたままカイルの瞳を見上げた。

(ああ、カイルの手はやっぱり温かいな)

 怖くて硬くなっていた心が急に緩んで、気がついたら、ユーリは瞳から涙を溢れさせていた。
 しゃくり上げたまま、何も言えないでいるユーリをカイルは黙って胸に抱き寄せた。
 消毒液と薬草の香り。
 ユーリの大好きなカイルの匂いだ。
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