20 / 41
ごきげんとり
20.
しおりを挟む
ユリウスは王子様で、とてもとても優しくて立派な人。見た目はそっくりなはずなのに、自分とは全然違う人。
このままじゃきっと、ユリウスの代わりにはなれない。
(少しでもユリウスに近づかないと、僕はカイルに構ってもらえない)
――だからやめておけばいいのに。あの二人がくっついたら、おまえがユリウスに似ていようが似ていまいが関係ないんだ。
黒い狐は、ユーリの毛布の中にまで潜り込んできたようだ。
暗い視界にぼんやりとその外形が浮かびあがり、黒いものがもそもそとユーリのお腹の辺りで動いている。
――どうせお前は偽物なの! 本物がいるなら、カイルは偽物のお前なんていらないんだよ。
ユーリはギュウと拳を握りしめ、荒々しくシーツの上を薙ぎ払った。
またなんの手応えもないまま、黒い狐はフイと消えていった。
そこから、しばらく蹲っている間、どうやらユーリはうとうとしていたらしい。毛布の隙間から覗いた部屋は、いつの間にか薄暮に沈み始めていた。
不意に部屋の扉が開く音がして、ユーリは慌てて毛布を被り直して動きを止めた。
足音がコツコツと近づいてくる。サイドテーブルに何かがかちゃりと置かれた音がして、鼻先をくすぐるシチューの香りに、ユーリのお腹が勝手にぐぅと声を上げた。
「おい、まだ拗ねてるのか? いい加減出てこい」
カイルの声だ。
ベッドが揺れて、そこに腰掛けたらしきカイルがユーリを毛布ごと抱き寄せた。
ユーリは僅かに抵抗してみたけれど、毛布に滑り込んで背中を抱き寄せたカイルの手のひらの体温に、結局は観念してカイルの腕の中に収まった。まだ素直になりきれずに口元を結んだまま、カイルの胸元に頬を押し付けると、なんでだか目元がジワリと濡れてしまった。
「おまえの好きなシチューだぞ? バルコニーで一緒にたべないか? 風が気持ちいいから」
カイルはそう言って子供をあやすみたいにユーリの背中をトントン撫でた。
ユーリは何も言わないまま、鼻を啜ってただこくりと頷いた。
カイルの言った通り、バルコニーに出ると少し冷えた海からの風が心地よかった。まだ空に星は浮かばない。しかし、眼下の城下町に広がるその光に、ユーリは目を奪われた。
「星祭の時期だけらしいぞ、城に来る途中街のあちこちに装飾があっただろ? あれは火を灯せる仕組みになってたらしい」
街のあちこちに、星粒が転がっているみたいだ。色とりどりの材質で作られた装飾品は、それぞれに鮮やかな光を放って王都イデリアを彩っていた。
ユーリが息をするのも忘れそうなほどにその光景に見入っていると、カイルがバルコニーのテーブルに二人分のスープとパンを乗せたトレイを置いて、大きな籐の椅子に腰を下ろした。
「おまえも座りなさい」
そう言って、カイルは向かいの椅子を指し示したけど、ユーリはなんだかくっつきたくて、カイル脚の間に無理やり座った。
カイルは「おい、なんだよ」と文句を言いつつも、ユーリを抱えるように座る位置をずらしてくれた。
「これじゃあ、俺が食えないだろ」
「食えるよ、大丈夫」
「まったく」
カイルは小さくため息をついたけど、結局ユーリのお腹に手を置きながら、自分用に持ってきていたらしいワインを少し不自由そうにグラスに注いだ。
ユーリがもそもそシチューとパンを頬張る姿を、カイルは大きな椅子の肘置きに肩肘ついて、花でも愛でるみたいにただ黙って眺めている。
「明日暗くなってからちょっと街に降りてみるか」
「ふぇっ⁈」
不意にカイルがそんなことを言ったので、ユーリはパンを口に入れたまま変な声を上げてしまった。
カイルはユーリの口元についたパンクズを摘んで、そこらに捨てると、ユーリの尻尾で手を拭った。
「おまえ行きたがってただろ、星祭。まあ、前夜祭だけどな」
ユーリはパンを飲み込む仕草と同時にカイルの言葉に頷いた。
「でも、出かけていいの?」
「夜なら、フード被れば平気だろ」
カイルはユーリが城下に出ることを許してくれないと思っていた。耳と尻尾をちゃんと隠せないだろっていつも怒られていたから。
ユーリは目を瞬いて、その後手すりの向こうの城下の街に視線を向けた。城下町は星粒の詰まった袋の中身みたいに、キラキラと光り輝いている。
「なんだよ? 行きたくないのか?」
カイルがつんとユーリの三角耳を摘んで言った。ユーリは大きく首を振る。
「行きたいっ! 星祭行きたい!」
ユーリはカイルを振り返り、その袖をぎゅうと握って訴えた。嬉しくてついつい声が大きくなって、胸の辺りが弾むように脈打っている。
カイルはユーリの答えに満足げに口角を上げると、小さく音を鳴らしてユーリの鼻筋に触れるだけのキスをした。
「あ、でも、ユリウスは?」
「あ? ユリウス?」
その名前が出ると思っていなかったのか、カイルは眉を上げた。
「ユリウスとは行かないの? 行かなくていいの?」
「いや、ユリウスは準備や客の相手で忙しいだろ」
「そ……そっか……」
ユーリは後ろめたさを感じて、視線を少し下に落とした。すると不意にカイルがユーリの鼻を摘んだ。
「なんだよ、俺じゃ不満か? ユリウス王子と一緒に行きたいのか? ん?」
「ち、ちがっ、そうじゃなくてっ、んんっ! カイル、嫌だ離してっ」
ユーリがペチリとカイルの手を叩くと、カイルは揶揄うようにニヤニヤと笑った。もしかしたら、カイルはちょっと酔っているのかもしれない。
「祭の当日はおまえも俺も、やらなきゃならんことがあるだろ? だから前夜祭に一緒に行こうユーリ。星粒、食べさせっこしたいんだろ?」
ユーリはカイルの問いに押し黙り、前を向き直ってシチューの続きを食べ始めた。
酔った様子のカイルは、ユーリの様子を気に留めてはいないようだ。上機嫌に鼻歌を歌いながら、ユーリの三角耳を摘んできたり、尻尾をもふもふ撫でてくる。
(カイルは僕でいいのかな……本当はユリウスと、星祭に行きたいんじゃないだろうか)
このままじゃきっと、ユリウスの代わりにはなれない。
(少しでもユリウスに近づかないと、僕はカイルに構ってもらえない)
――だからやめておけばいいのに。あの二人がくっついたら、おまえがユリウスに似ていようが似ていまいが関係ないんだ。
黒い狐は、ユーリの毛布の中にまで潜り込んできたようだ。
暗い視界にぼんやりとその外形が浮かびあがり、黒いものがもそもそとユーリのお腹の辺りで動いている。
――どうせお前は偽物なの! 本物がいるなら、カイルは偽物のお前なんていらないんだよ。
ユーリはギュウと拳を握りしめ、荒々しくシーツの上を薙ぎ払った。
またなんの手応えもないまま、黒い狐はフイと消えていった。
そこから、しばらく蹲っている間、どうやらユーリはうとうとしていたらしい。毛布の隙間から覗いた部屋は、いつの間にか薄暮に沈み始めていた。
不意に部屋の扉が開く音がして、ユーリは慌てて毛布を被り直して動きを止めた。
足音がコツコツと近づいてくる。サイドテーブルに何かがかちゃりと置かれた音がして、鼻先をくすぐるシチューの香りに、ユーリのお腹が勝手にぐぅと声を上げた。
「おい、まだ拗ねてるのか? いい加減出てこい」
カイルの声だ。
ベッドが揺れて、そこに腰掛けたらしきカイルがユーリを毛布ごと抱き寄せた。
ユーリは僅かに抵抗してみたけれど、毛布に滑り込んで背中を抱き寄せたカイルの手のひらの体温に、結局は観念してカイルの腕の中に収まった。まだ素直になりきれずに口元を結んだまま、カイルの胸元に頬を押し付けると、なんでだか目元がジワリと濡れてしまった。
「おまえの好きなシチューだぞ? バルコニーで一緒にたべないか? 風が気持ちいいから」
カイルはそう言って子供をあやすみたいにユーリの背中をトントン撫でた。
ユーリは何も言わないまま、鼻を啜ってただこくりと頷いた。
カイルの言った通り、バルコニーに出ると少し冷えた海からの風が心地よかった。まだ空に星は浮かばない。しかし、眼下の城下町に広がるその光に、ユーリは目を奪われた。
「星祭の時期だけらしいぞ、城に来る途中街のあちこちに装飾があっただろ? あれは火を灯せる仕組みになってたらしい」
街のあちこちに、星粒が転がっているみたいだ。色とりどりの材質で作られた装飾品は、それぞれに鮮やかな光を放って王都イデリアを彩っていた。
ユーリが息をするのも忘れそうなほどにその光景に見入っていると、カイルがバルコニーのテーブルに二人分のスープとパンを乗せたトレイを置いて、大きな籐の椅子に腰を下ろした。
「おまえも座りなさい」
そう言って、カイルは向かいの椅子を指し示したけど、ユーリはなんだかくっつきたくて、カイル脚の間に無理やり座った。
カイルは「おい、なんだよ」と文句を言いつつも、ユーリを抱えるように座る位置をずらしてくれた。
「これじゃあ、俺が食えないだろ」
「食えるよ、大丈夫」
「まったく」
カイルは小さくため息をついたけど、結局ユーリのお腹に手を置きながら、自分用に持ってきていたらしいワインを少し不自由そうにグラスに注いだ。
ユーリがもそもそシチューとパンを頬張る姿を、カイルは大きな椅子の肘置きに肩肘ついて、花でも愛でるみたいにただ黙って眺めている。
「明日暗くなってからちょっと街に降りてみるか」
「ふぇっ⁈」
不意にカイルがそんなことを言ったので、ユーリはパンを口に入れたまま変な声を上げてしまった。
カイルはユーリの口元についたパンクズを摘んで、そこらに捨てると、ユーリの尻尾で手を拭った。
「おまえ行きたがってただろ、星祭。まあ、前夜祭だけどな」
ユーリはパンを飲み込む仕草と同時にカイルの言葉に頷いた。
「でも、出かけていいの?」
「夜なら、フード被れば平気だろ」
カイルはユーリが城下に出ることを許してくれないと思っていた。耳と尻尾をちゃんと隠せないだろっていつも怒られていたから。
ユーリは目を瞬いて、その後手すりの向こうの城下の街に視線を向けた。城下町は星粒の詰まった袋の中身みたいに、キラキラと光り輝いている。
「なんだよ? 行きたくないのか?」
カイルがつんとユーリの三角耳を摘んで言った。ユーリは大きく首を振る。
「行きたいっ! 星祭行きたい!」
ユーリはカイルを振り返り、その袖をぎゅうと握って訴えた。嬉しくてついつい声が大きくなって、胸の辺りが弾むように脈打っている。
カイルはユーリの答えに満足げに口角を上げると、小さく音を鳴らしてユーリの鼻筋に触れるだけのキスをした。
「あ、でも、ユリウスは?」
「あ? ユリウス?」
その名前が出ると思っていなかったのか、カイルは眉を上げた。
「ユリウスとは行かないの? 行かなくていいの?」
「いや、ユリウスは準備や客の相手で忙しいだろ」
「そ……そっか……」
ユーリは後ろめたさを感じて、視線を少し下に落とした。すると不意にカイルがユーリの鼻を摘んだ。
「なんだよ、俺じゃ不満か? ユリウス王子と一緒に行きたいのか? ん?」
「ち、ちがっ、そうじゃなくてっ、んんっ! カイル、嫌だ離してっ」
ユーリがペチリとカイルの手を叩くと、カイルは揶揄うようにニヤニヤと笑った。もしかしたら、カイルはちょっと酔っているのかもしれない。
「祭の当日はおまえも俺も、やらなきゃならんことがあるだろ? だから前夜祭に一緒に行こうユーリ。星粒、食べさせっこしたいんだろ?」
ユーリはカイルの問いに押し黙り、前を向き直ってシチューの続きを食べ始めた。
酔った様子のカイルは、ユーリの様子を気に留めてはいないようだ。上機嫌に鼻歌を歌いながら、ユーリの三角耳を摘んできたり、尻尾をもふもふ撫でてくる。
(カイルは僕でいいのかな……本当はユリウスと、星祭に行きたいんじゃないだろうか)
22
お気に入りに追加
160
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら運命の人の膝の上でした!
鳴海
BL
ある日、異世界に転移した天音(あまね)は、そこでハインツという名のカイネルシア帝国の皇帝に出会った。
この世界では異世界転移者は”界渡り人”と呼ばれる神からの預かり子で、界渡り人の幸せがこの国の繁栄に大きく関与すると言われている。
界渡り人に幸せになってもらいたいハインツのおかげで離宮に住むことになった天音は、日本にいた頃の何倍も贅沢な暮らしをさせてもらえることになった。
そんな天音がやっと異世界での生活に慣れた頃、なぜか危険な目に遭い始めて……。
召喚されない神子と不機嫌な騎士
拓海のり
BL
気が付いたら異世界で、エルヴェという少年の身体に入っていたオレ。
神殿の神官見習いの身分はなかなかにハードだし、オレ付きの筈の護衛は素っ気ないけれど、チート能力で乗り切れるのか? ご都合主義、よくある話、軽めのゆるゆる設定です。なんちゃってファンタジー。他サイト様にも投稿しています。
男性だけの世界です。男性妊娠の表現があります。
オタク眼鏡が救世主として異世界に召喚され、ケダモノな森の番人に拾われてツガイにされる話。
篠崎笙
BL
薬学部に通う理人は植物採集に山に行った際、救世主として異世界に召喚されるが、熊の獣人に拾われてツガイにされてしまい、もう元の世界には帰れない身体になったと言われる。そして、世界の終わりの原因は伝染病だと判明し……。
[完結]ひきこもり執事のオンオフスイッチ!あ、今それ押さないでくださいね!
小葉石
BL
有能でも少しおバカなシェインは自分の城(ひきこもり先)をゲットするべく今日も全力で頑張ります!
応募した執事面接に即合格。
雇い主はこの国の第3王子ガラット。
人嫌いの曰く付き、長く続いた使用人もいないと言うが、今、目の前の主はニッコニコ。
あれ?聞いていたのと違わない?色々と違わない?
しかし!どんな主人であろうとも、シェインの望みを叶えるために、完璧な執事をこなして見せます!
勿論オフはキッチリいただきますね。あ、その際は絶対に呼ばないでください!
*第9回BL小説大賞にエントリーしてみました。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
オメガな王子は孕みたい。
紫藤なゆ
BL
産む性オメガであるクリス王子は王家の一員として期待されず、離宮で明るく愉快に暮らしている。
ほとんど同居の獣人ヴィーは護衛と言いつついい仲で、今日も寝起きから一緒である。
王子らしからぬ彼の仕事は町の案内。今回も満足して帰ってもらえるよう全力を尽くすクリス王子だが、急なヒートを妻帯者のアルファに気づかれてしまった。まあそれはそれでしょうがないので抑制剤を飲み、ヴィーには気づかれないよう仕事を続けるクリス王子である。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる