上 下
16 / 41
カイルとユリウス

16.

しおりを挟む
     ◇

 身代わりを引き受けたユーリに用意されたのは、特別待遇の豪奢な部屋だった。
 王城の南側に位置する客室で、バルコニー付きの大きな窓から城下町が一望できる。王城は高い位置に建っているので視界を阻むものはほとんどなくて、港の向こうに広がる海とその向こうに小さくササルの街も見えていた。
 ユーリはカイルも同じ部屋がいいと言ったのだけど、仮にも王子として振る舞うのなら、ラバール家の医術師と常に一緒にいるようなことは避けた方がいいとデレクに言われてしまった。
 式典当日まで後二日。その間ユーリはラバール診療所のユーリではなく、ユハネ王国第一王子のユリウスとして振る舞わなければならない。だけど、ユリウスはお客様の相手や他にもいろいろ仕事があるらしく、ユリウスが活動している間、王子が二人いるなんて事態にならないように、ユーリはこの部屋に閉じこもってなければならなかった。

「なんて憂鬱なんだ……」

 危険に晒されるかもしれない祭当日よりも、祭本番を控えてすでに賑わいを見せている城下町を見下ろしながら、ただただここでじっとしていなければいけない今の方が、ユーリにとってはよほど辛いかもしれない。

――バカだな、身代わりなんて引き受けないで放っておけば良かったのに。

 黒い狐はこんなところにも現れた。
 こいつはいつだってこっそりユーリについてきて、誰もいないところでこうして突然話しかけてくるんだ。
 窓に張り付いて外を眺めていたユーリの足元で、黒々とした毛並みがこちらを見上げていた。

――おまえが断ったって、カイルもユリウスもきっと無理強いしなかった。
「わかってるよ。でも、僕はユリウスを放っておけない。なにより、ユリウスが傷付いたら悲しむのはカイルだ」

 ユーリはそう言いながら、天蓋付きのベッドに腰掛けた。ベッドはびっくりするくらいふわふわで、乗った瞬間体が跳ね上がって危うく転げ落ちるところだった。

――そんなこと言って、お前だけが怪我をするかもしれないんだぞ?
「カイルが助けてくれるよ」
――どーだか。

 黒い狐はトコトコとユーリのあとを追ってきて、床を蹴り上げベッドの上に飛び乗った。ユーリはしっしと払う素振りをしながら、背中をベッドの上に投げ出して大の字になり天蓋を見上げた。

――お前が怪我をしたり、まして死んだりしたら、きっとあの二人は悲しむな。
「……うん」
――だがそれも一時だけだ。

 狐の言葉に、ユーリは寝返りを打ってその黒い毛並みを睨みつけた。

――可哀想なユーリ、良い子だったなユーリ、あの子の分も、俺たちは幸せになろうな……めでたしめでたし。

 黒い狐はくつくつと喉奥を鳴らして笑うと、意味もなくベッドの上をコロコロと転がった。

「それでも……いいよ……カイルとユリウスが幸せなら」
――本気かよ?
「本気だよ」
――あーあ、バカだなユーリ、お前はほんとにバカだ。

 黒い狐は呆れたように、全身を使ってため息を吐いた。

――今だって、お前がこの部屋に閉じめられてる間にな、二人はよろしくやってんだ。
「そんなわけない、ユリウスは式典の準備をしているし、カイルだってもしもの時の為に治療の備えをしてるはずだ」

 黒い狐はまた、ユーリをバカにするかのようにくつくつと喉を鳴らして笑った。

――あー、きっと、お前に隠れて二人は祭に繰り出すんだ。それはそれはロマンチックなひとときを過ごすんだろうよ。例の星粒を食べさせ合ったり……

 ユーリはぐっと唾を飲み込み、傍にあった枕を引っ掴んで黒い狐に投げつけた。狐は吹き飛ばされるでもなく悲鳴を上げるでもなくて、ただただフイといなくなった。
 ユーリは両足を振り子にしてガバリとベッドから起き上がり、鞄の中からユリウスの手紙を取り出した。ユーリが預かって渡せないままだった手紙だ。これを見せて、ユリウスに謝ろう。そして、今からでもカイルに届ければユーリが式典にでている間、二人はこの手紙に書かれているように、一緒に星祭に行けるかもしれない。あの時手紙を渡さなかったことで、引き裂いてしまった二人の中を取り戻せるかもしれないのだ。
 ユーリはユリウスが貸してくれた紺桔梗のローブを羽織って、その胸元に手紙をしまった。
 植物の絵柄が施された背の高い扉に手をかけ、そっと外を覗き込む。護衛と称した見張り役が、扉の両脇に立っている。ユーリは彼らに気が付かれないうちにそっと扉を閉じた。

「ここからは無理だ」

 誰にでもなく呟いたユーリは、今度は大きな窓を開いてバルコニーに出た。海からの潮風が思いのほか強くユーリの髪を揺らした。
 手すりから下を覗き込む。下階のバルコニーが見えた。人影はない。
 ユーリは手すりに手をかけ、ゆっくりと下階に足を伸ばした。腕をうんと伸ばしてぶら下がり、体を振りこのように揺らして、どうにか下階のバルコニーに着地した。
 体を低くしたまま、室内を覗き込む。見覚えのある鞄があった。あれは、カイルの荷物だ。しかし、室内にカイルの気配はない。窓は鍵がかけられておらず、いとも容易く開いた。
 ユーリはそのまま部屋の扉に歩み寄り、またそっと開いて外を覗き込んだ。カイルの部屋には見張り役はついていないようだ。するりと隙間を通るようにユーリはカイルの部屋から廊下へと抜け出した。
 尻尾をローブの中にしまいこみ、フードを目深に被って肩を窄めた。室内では違和感のある装いかもしれないが、幸いなことにこのフロアでは誰ともすれ違わなかった。
 そして見つけた階段を降りていくと、吹き抜けの下にエントランスホールが見えた。部屋に案内された時に通った場所だ。ユーリは壁際に体を擦り付けながら、ホールを見下ろした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・毎日更新。投稿時間を朝と夜にします。どうぞ最後までよろしくお願いします。 ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・第12回BL大賞にエントリーしました。攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

好きだと伝えたい!!

えの
BL
俺には大好きな人がいる!毎日「好き」と告白してるのに、全然相手にしてもらえない!!でも、気にしない。最初からこの恋が実るとは思ってない。せめて別れが来るその日まで…。好きだと伝えたい。

王子様のご帰還です

小都
BL
目が覚めたらそこは、知らない国だった。 平凡に日々を過ごし無事高校3年間を終えた翌日、何もかもが違う場所で目が覚めた。 そして言われる。「おかえりなさい、王子」と・・・。 何も知らない僕に皆が強引に王子と言い、迎えに来た強引な婚約者は・・・男!? 異世界転移 王子×王子・・・? こちらは個人サイトからの再録になります。 十年以上前の作品をそのまま移してますので変だったらすみません。

平民男子と騎士団長の行く末

きわ
BL
 平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。  ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。  好きだという気持ちを隠したまま。  過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。  第十一回BL大賞参加作品です。

処理中です...