13 / 41
ユリウス王子
13.
しおりを挟む
◇
「つまり、お前を身代わりにさせたいってのは二の次で、俺をここに呼び寄せたかったわけだな」
王との謁見を終え、今度はデレクに案内されながら、ユーリとカイルは中庭に続く回廊を歩いている。
カイルの言葉に、ユーリは少し口を尖らせながら、不満を表すようにつま先で床をコツンと蹴った。
「僕がおまけなの?」
「そういうことだな」
カイルは安堵したようでもあるが、一方で大命を受けどこか緊張しているようにも見える。先ほどカイルはデレクに、ササルの診療所から医療器具と薬剤とともに一番優秀な助手を呼び寄せるようにと頼んでいた。
回廊は大きな二枚扉を挟んで、外廊下と繋がっていた。さらにそこを進むと中庭に出た。その先に、ガラス張りの温室がみえる。鮮やかな花々が咲くのが透けるその場所を示し、デレクはあちらですと微笑んだ。
「ユリウス!」
温室の入り口を入り、正面にある草花に囲まれた空間に、ユハネ王国第一王子、ユリウス・エルムガルド・ハインは佇んでいた。
ユリウスは公務の合間なのか、随分と畏まった装いだ。灰色の下履きにに合わせた紺桔梗色の上着には金のパイピングや肩章が施されている。
背筋を伸ばしたまま振り返り、鷹揚に微笑んだユリウスに、ユーリは両手を広げて駆け寄った。
「ユーリ! 私の可愛い子狐、元気にしていたか?」
飛びついたユーリの体を受け止め、ユリウスはこれでもかというほど尻尾をもふもふしながら、三角耳をコリコリと撫でた。
「ひゃうっ! ユリウス、くすぐったい!」
ユーリがコロコロ笑いながら身を捩ると、ユリウスは「顔をよく見せてくれ」と言いながら、ユーリの両頬を手のひらで挟んだ。
「うん、相変わらず、美しい顔だ」
惚気るように瞼を細めたユリウスに、後ろでカイルが「同じ顔で何言ってんだ」と呟いている。
久しぶりに会ったユリウスはユーリより少し背が高くて、少し大人びた顔をしていた。
しかし、王や王妃が驚いていたように、ユーリとユリウスの見た目は本当によく似ていて、身内や近しい人ですら、遠目ではわからないかもしれない。
「カイルも久しいな」
「これはこれは、ユリウス王太子殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
カイルはそう言いながら、わざとらしく片手を腹の上におき、ゆっくりと頭を下げた。
「よしてくれよ、私たちだけの時は昔のように気軽に話してくれ」
デレクは温室の扉の外でこちらに背を向けて立っている。ユリウスの脇には二人の護衛騎士が立っていたけれど、彼らは数えなくて良いようだ。
ユリウスの言葉を受けて、カイルがわざとらしく張っていた肩の力を抜き「久しぶりだな、ユリウス」と言うと、二人は手を握り合って挨拶の抱擁を交わした。
「妙な呼び出し方をしてすまなかったな、少し内情が込み入ってしまっていて」
「陛下は濁していらっしゃったが、王宮医術師の手前、素直にラバール家の人間を招待する事ができなかったんだろ?」
「相変わらず、カイルは察しがいいな」
ユリウスはそう言って微笑むと、傍に並べられた白いガーデンテーブルの席を勧めてくれた。
ユーリとカイルが促されるまま腰を下ろすと、ワゴンに乗せた紅茶とお菓子が運ばれてきた。畏まった装いの初老の男が、静かにそれらをテーブルの上に並べていく。
ユーリはお茶とお菓子に胸をときめかせる一方で、二人の会話が引っかかっていた。
「やっぱり、僕はおまけなの?」
そう言って俯くと、隣に座ったユリウスがユーリの膨らんだ頬を突いた。
「おまけなんかじゃないのよ、私も国王陛下もおまえに会いたかったんだ。あぁ、ユーリはむくれていても可愛らしいなぁ」
そう言って溶けそうな笑顔を浮かべるユリウスの様子を見たカイルは、乾いた笑みを浮かべている。
「カイル、ユーリ、あえて包み隠さず話すがいいか」
少しして、唐突にユリウスが声の調子を変えたので、ユーリもカイルも姿勢を正して座り直した。
「ユーリに身代わりになって欲しいという件、引き受けてはもらえないだろうか」
ユリウスのその言葉にカイルの眉がぴくりと揺れ、その口元から「なんだって?」と緊迫した声が漏れた。
「この件については、陛下には私から話すと申し伝えていたんだ、だから陛下からはカイルの滞在についてしか言及はなかっただろう?」
「ああ、陛下は身代わりの件については、俺をここに呼び出すための口実だというようなことをおっしゃっていたと思うが」
ユリウスはカイルの言葉に、無言のままゆっくりと首を横に振った。
「そんなに、緊迫した状況なのか」
「つまり、お前を身代わりにさせたいってのは二の次で、俺をここに呼び寄せたかったわけだな」
王との謁見を終え、今度はデレクに案内されながら、ユーリとカイルは中庭に続く回廊を歩いている。
カイルの言葉に、ユーリは少し口を尖らせながら、不満を表すようにつま先で床をコツンと蹴った。
「僕がおまけなの?」
「そういうことだな」
カイルは安堵したようでもあるが、一方で大命を受けどこか緊張しているようにも見える。先ほどカイルはデレクに、ササルの診療所から医療器具と薬剤とともに一番優秀な助手を呼び寄せるようにと頼んでいた。
回廊は大きな二枚扉を挟んで、外廊下と繋がっていた。さらにそこを進むと中庭に出た。その先に、ガラス張りの温室がみえる。鮮やかな花々が咲くのが透けるその場所を示し、デレクはあちらですと微笑んだ。
「ユリウス!」
温室の入り口を入り、正面にある草花に囲まれた空間に、ユハネ王国第一王子、ユリウス・エルムガルド・ハインは佇んでいた。
ユリウスは公務の合間なのか、随分と畏まった装いだ。灰色の下履きにに合わせた紺桔梗色の上着には金のパイピングや肩章が施されている。
背筋を伸ばしたまま振り返り、鷹揚に微笑んだユリウスに、ユーリは両手を広げて駆け寄った。
「ユーリ! 私の可愛い子狐、元気にしていたか?」
飛びついたユーリの体を受け止め、ユリウスはこれでもかというほど尻尾をもふもふしながら、三角耳をコリコリと撫でた。
「ひゃうっ! ユリウス、くすぐったい!」
ユーリがコロコロ笑いながら身を捩ると、ユリウスは「顔をよく見せてくれ」と言いながら、ユーリの両頬を手のひらで挟んだ。
「うん、相変わらず、美しい顔だ」
惚気るように瞼を細めたユリウスに、後ろでカイルが「同じ顔で何言ってんだ」と呟いている。
久しぶりに会ったユリウスはユーリより少し背が高くて、少し大人びた顔をしていた。
しかし、王や王妃が驚いていたように、ユーリとユリウスの見た目は本当によく似ていて、身内や近しい人ですら、遠目ではわからないかもしれない。
「カイルも久しいな」
「これはこれは、ユリウス王太子殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
カイルはそう言いながら、わざとらしく片手を腹の上におき、ゆっくりと頭を下げた。
「よしてくれよ、私たちだけの時は昔のように気軽に話してくれ」
デレクは温室の扉の外でこちらに背を向けて立っている。ユリウスの脇には二人の護衛騎士が立っていたけれど、彼らは数えなくて良いようだ。
ユリウスの言葉を受けて、カイルがわざとらしく張っていた肩の力を抜き「久しぶりだな、ユリウス」と言うと、二人は手を握り合って挨拶の抱擁を交わした。
「妙な呼び出し方をしてすまなかったな、少し内情が込み入ってしまっていて」
「陛下は濁していらっしゃったが、王宮医術師の手前、素直にラバール家の人間を招待する事ができなかったんだろ?」
「相変わらず、カイルは察しがいいな」
ユリウスはそう言って微笑むと、傍に並べられた白いガーデンテーブルの席を勧めてくれた。
ユーリとカイルが促されるまま腰を下ろすと、ワゴンに乗せた紅茶とお菓子が運ばれてきた。畏まった装いの初老の男が、静かにそれらをテーブルの上に並べていく。
ユーリはお茶とお菓子に胸をときめかせる一方で、二人の会話が引っかかっていた。
「やっぱり、僕はおまけなの?」
そう言って俯くと、隣に座ったユリウスがユーリの膨らんだ頬を突いた。
「おまけなんかじゃないのよ、私も国王陛下もおまえに会いたかったんだ。あぁ、ユーリはむくれていても可愛らしいなぁ」
そう言って溶けそうな笑顔を浮かべるユリウスの様子を見たカイルは、乾いた笑みを浮かべている。
「カイル、ユーリ、あえて包み隠さず話すがいいか」
少しして、唐突にユリウスが声の調子を変えたので、ユーリもカイルも姿勢を正して座り直した。
「ユーリに身代わりになって欲しいという件、引き受けてはもらえないだろうか」
ユリウスのその言葉にカイルの眉がぴくりと揺れ、その口元から「なんだって?」と緊迫した声が漏れた。
「この件については、陛下には私から話すと申し伝えていたんだ、だから陛下からはカイルの滞在についてしか言及はなかっただろう?」
「ああ、陛下は身代わりの件については、俺をここに呼び出すための口実だというようなことをおっしゃっていたと思うが」
ユリウスはカイルの言葉に、無言のままゆっくりと首を横に振った。
「そんなに、緊迫した状況なのか」
19
お気に入りに追加
160
あなたにおすすめの小説
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!
松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。
15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。
その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。
そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。
だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。
そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。
「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。
前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。
だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!?
「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」
初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!?
銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。
僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたアルフォン伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
アルフォンのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
好きだと伝えたい!!
えの
BL
俺には大好きな人がいる!毎日「好き」と告白してるのに、全然相手にしてもらえない!!でも、気にしない。最初からこの恋が実るとは思ってない。せめて別れが来るその日まで…。好きだと伝えたい。
王子様のご帰還です
小都
BL
目が覚めたらそこは、知らない国だった。
平凡に日々を過ごし無事高校3年間を終えた翌日、何もかもが違う場所で目が覚めた。
そして言われる。「おかえりなさい、王子」と・・・。
何も知らない僕に皆が強引に王子と言い、迎えに来た強引な婚約者は・・・男!?
異世界転移 王子×王子・・・?
こちらは個人サイトからの再録になります。
十年以上前の作品をそのまま移してますので変だったらすみません。
平民男子と騎士団長の行く末
きわ
BL
平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。
ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。
好きだという気持ちを隠したまま。
過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。
第十一回BL大賞参加作品です。
姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました
拓海のり
BL
芳原暖斗(はると)は学校の文化祭の都合で姉の結婚式に遅れた。会場に行ってみると姉も両親もいなくて相手の男が身代わりになれと言う。とても断れる雰囲気ではなくて結婚式を挙げた暖斗だったがそのまま男の家に引き摺られて──。
昔書いたお話です。殆んど直していません。やくざ、カップル続々がダメな方はブラウザバックお願いします。やおいファンタジーなので細かい事はお許しください。よろしくお願いします。
タイトルを変えてみました。
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる