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王都イデリア

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     ◇

 内海一つ挟んだだけというのに、王都イデリアはササルの街とは全く違う香りがした。
 魚と潮と、輸入品の強い香辛料の香りに紛れて、行き交う人の香水や葉巻のような煙の匂い、そしてさらに向こうから甘くて芳ばしい香りが漂ってくる。
 星祭を数日後に控えた王都は、一層の賑わいを見せているようだ。
 ササルの沖合で一度検問を受けた大きな客船が到着したばかりのようで、船からは各地の貴族らしき多くの着飾った人々や、その付き人らが大きな荷物を馬車に積み込んでいるところだった。
 船の着いた桟橋から、石畳の陸地に降り立ち顔を上げると、すぐ正面に訪問者の歓迎を示すかのような大きな噴水広場がある。
 その円形の広場の外周には風船売りやら、飴売りやらが簡易的なワゴンを並べていて、子供たちが楽しげにはしゃいで駆け回り、白い鳩がそれに驚き青い空に飛び立った。
 ユーリはその鳩の翼を追ってさらに顔を上げていく。
 広場の向こうは目抜通りだ。両側に清潔な白壁の家が並んだその幅の広い道の先には、白と青で統一された美しく壮大な王城があった。
 その壮観な眺めに、ユーリが口をあんぐり開けたままただただ立ち尽くしていると、不意に背中に何かがぶつかった。
 どうやら輸入品を運んでいた台車にぶつかってしまったらしい。積み上げられていた麻袋が幾つか地面に崩れ落ちた。

「ごめんなさい!」

 ユーリは慌てて崩れた荷物に駆け寄った。
 袋の口が開き、中から透明の小さな袋に小分けにされた星粒が白い石畳の上に散らばっている。

「えっ、すごい、これ金色だ! こんな色もあるんだ!」

 シェズにもらった星粒もとても綺麗だったけれど、今転がり落ちた袋の中にはそれ以上に華やかに輝く黄金の粒があった。大きさもシェズに貰ったものよりも一回り大きいようだ。

「申し訳ない! 大丈夫ですか!」

 向こうでデレクと一緒になにやら手続きをしていたカイルがユーリの様子に気がつき、駆け寄ってきた。
 台車を引いていた男はひどくぶっきらぼうだ。ユーリやカイルの謝罪に表情を変えないまま、ただ息を吐くように何か小さく呟き、大丈夫だと示すように軽く会釈だけをかえして黙々と散らばった荷物を拾い上げていく。ユーリもカイルもそれを手伝った。
 台車に荷物を戻し終えたあと、カイルはもう一度男に謝罪を繰り返したが、男は首を振っただけでほとんど逃げるように台車を引いて去って行った。
 もしかしたら異国の民だったのかもしれない。だからユーリらが何を言っているのかわからずに、きっと怖くて逃げたのだ。

「離れるなと言っただろうが、怪我はないな? ほら、ちゃんとフードをかぶれよ」

 カイルは言いたいことを全部いっぺんに言いながら、ユーリの脱げかけたフードを引っ張り下ろした。

「ササルじゃユリウス王子の顔を知ってる者はほとんどいないが、ここは王都だ。騒ぎになりかねないから、街では顔を晒すなよ」

 その言葉にユーリが「はぁい」と頷いたのを確認すると、カイルはまるで子供にするみたいにユーリの手を引き、何やらまだ天幕の下で手続きの書類に目を落としているデレクの元へと向かった。

「ねえねえ、カイル、さっきの見た? 金色の星粒があったよ! しかもシェズがくれたのより大きかった!」
「あ? 金色? へえ、そんなのもあるのか」

 興味があるのかないのか、カイルはそんな調子でユーリの言葉に相槌を返した。

「ほぉ! 金色の星粒ですか! それはきっと、王城への献上品ですなっ」

 いつの間にか手続きを終えたらしきデレクの巨体が、カイルの背後からぬるりと飛び出し、ユーリもカイルも驚いて肩をびくりと震わせた。

「けんじょーひん?」

 ユーリが問うと、デレクは「はい」と頷いた。

「黄金色は王家を表す高貴なお色、おそらくその金色の星粒は、祭の夜に王族だけに振る舞われる特別な品ですぞ!」
「へぇ! いいなぁ!」

 ユーリは心底羨ましくて、体を左右に揺さぶった。大きな金色の、特別な星粒。一体どんな味がするんだろうか。

「ユリウス殿下に頼んでみろよ、もしかしたら御相伴にあずかれるかもしれないぞ?」

 カイルの提案に、ユーリは「わぁ」とはしゃいで身を翻した。その反動でフードが取れかけて、カイルが慌てて引っ張り下ろす。「いい子にしてないと俺が食うからな」だなんてカイルが言うものだから、ユーリはぴたりと手足を揃えて直立した。

「星粒ってあとは何色があるの?」

 ユーリが興味津々デレクにそう問いかけると、デレクは「何色でもありますぞ」と、目尻を下げてそう答えた。

「金色は特別ですが、それ以外なら何色のものでも市場に出回っておりますな! 毎回新色が出ております。虹色なんてのも見たことがあります」
「虹色! そんなのもあるの!」

 興奮してまたうっかり飛び跳ねそうになった体を、ユーリはぐっと地面に押し付けながら胸元を抑えた。

「はい、あります。なんでもあります……ああ、しかし、一色だけ、作られることがない色がありますな」
「え? そうなの?」
「黒色だろ」

 デレクが得意げに答えようと息を吸い込んだその瞬間、カイルが先に答えを言った。

「……はい、そうです、黒色はございません」

 自分で答えを言えず、少し残念そうな様子でデレクが言った。

「どうして、黒はないの?」
「不吉な色とされてるからな。平常時なら気にされないが、祭や祝い事には黒は御法度だ」

 催事の時は衣服や食事にも黒い色は使われないのだと、デレクがカイルの言葉に付け足した。

「さてさて、馬車の用意が整いましたぞ! さっそく王城に向かいましょう!」

 話に区切りをつけるかのように、デレクが大仰な身振りで、向こうの馬車を指し示した。
 ユーリとカイルは用意された馬車に並んで乗り込んだ。その豪奢な作りと広さに二人して驚き感嘆したが、最後にデレクがヨイショと乗り込んできて、ぐらりと大きく車体が揺れてからは、ユーリもカイルも肩を窄めて押し黙った。
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