【完結】推しを囲ってみた話

teo

文字の大きさ
上 下
10 / 41
いいって言ってたよ?

10.

しおりを挟む




 涼真は自分がとりとめのない冴えない人生を送っていることを自覚していた。それでも僅かに抱えたプライドを守るために、同性愛者だと言うことと、酒が飲めないと言うことを周囲に隠して生きている。
 酒については、正確に言うと飲めるには飲めるが極端に弱い。だから昨夜もたった一本の缶ビールで正気を失い、今後の人生を棒に振るかも知れない失態をやらかしてしまった。
 そして先ほども自分の烏龍茶と間違えて、島崎のウーロンハイをグラスに数口飲んでしまったことで、涼真の足元は若干おぼつかなくなってしまった。  
 正気を失うほどではなかったが、僅かな酒で酔った涼真を、島崎はわざわざ自宅マンションまで送ると言い、今は涼真の部屋のあるフロアの外廊下を大の男が二人並んでふらふらと歩いているところだ。

「危ないんで、捕まってください。ほら、こっち」

 島崎に腰を抱えられ、自分はまるで子供のようだと涼真は思った。だから自然と口元から「ふふっ」と笑いが溢れてしまう。

「いつもならこの百倍は飲めるんだけどな、今日は調子が悪かったな」
「あーはいはい、そっすか。朝比奈さん、何号室っすか?」
「んーっと、七一二」
「ん、どこだ?」
「一番奥」
「だる」

 本当はもう少し普通に歩けたけれど、島崎がなんだか熱心に体を支えてくれるので、涼真は体重の半分以上を島崎に預け、廊下の外に目を向けた。
 まだ寝るには早いこの時間の住宅街は窓からいくつも灯りをこぼし、向こうに見える幹線道路には、車のテールランプが行き交っていた。
 今朝涼真のベッドで眠っていたマナ……幼馴染の真那斗。
 中学を卒業して以降、画面越しやコンサート会場で何度も観ていた。すっかり遠い存在になってしまったその姿が、一瞬でも自分と同じ空間に存在していたことは、今となっては夢だったような気さえしている。
 きっと扉を開けると部屋の明かりは消えたままで、テーブルの上には涼真が書いた自分の電話番号を示したメモだけが寂しげに取り残されているのではないだろうか。

「いっそのこと訴えられた方が、まだ関わりが持てるか」
「はい? 何言ってんすか」

 ようやく涼真の部屋の前に辿り着き、島崎が「鍵は?」となかなか扉を開けようとしない涼真の衣服を探った。

「ふっ、ちょっと、やめてよ、くすぐったい」
「やめてよじゃなくて、鍵ないと開けられないでしょ」
「いいよ、開けなくて。帰りたくない」
「はぁ? ここまできて? そんなこと言ってると、ウチに連れて帰っちゃいますよ」
「んー、いいよ、いこいこ」

 酔いに任せてふざけ半分に涼真がそう言った時だった。
 誰もいないはずの涼真の部屋から何故だかガチャリと鍵を開く音がして、その次に扉がゆっくり開かれた。隙間から灯りが溢れ、驚いて涼真は顔を上げる。

「えっ、な、なんで……」

 扉を開けたのは真那斗だった。推しの尊顔を目の当たりにして、涼真は言葉を失った。
 真那斗は涼真の顔を見下ろし、その次に島崎をみて、涼真の腰に回った島崎の腕をたどった。次の瞬間、涼真は真那斗に肩を掴まれ強引に引き寄せられていた。

「涼真くん、遅かったね? 待ってたんだよ?」

 涼真を抱きしめるように腕を回し、真那斗は画面越しによく見る綺麗な笑顔でそう言った。

「あ、い、や、その……ご、めん?」

 涼真は反射的に謝った。
 この状況に驚き過ぎて、ほろ酔い気分は遥か遠くに吹き飛んでしまったようだ。
 バカみたいに見開いた目がやたらと渇く。その視線を島崎に向けると、島崎も眉を持ち上げ口を半開きにした、まさに「驚いた」という表情をしていた。
 
「涼真くんのお友達ですか?」
「え、いや、俺は……」
「わざわざ送っていただいてありがとうございます」

 何かを言いかけた島崎の言葉を、真那斗の強烈なアイドルスマイルが遮った。

「気をつけて帰ってくださいね? では、失礼」
「あっ、ちょっ!」

 真那斗は島崎を部屋の外に残したまま、ピシャリと扉を閉めてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

処理中です...