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いいって言ってたよ?
10.
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◇
涼真は自分がとりとめのない冴えない人生を送っていることを自覚していた。それでも僅かに抱えたプライドを守るために、同性愛者だと言うことと、酒が飲めないと言うことを周囲に隠して生きている。
酒については、正確に言うと飲めるには飲めるが極端に弱い。だから昨夜もたった一本の缶ビールで正気を失い、今後の人生を棒に振るかも知れない失態をやらかしてしまった。
そして先ほども自分の烏龍茶と間違えて、島崎のウーロンハイをグラスに数口飲んでしまったことで、涼真の足元は若干おぼつかなくなってしまった。
正気を失うほどではなかったが、僅かな酒で酔った涼真を、島崎はわざわざ自宅マンションまで送ると言い、今は涼真の部屋のあるフロアの外廊下を大の男が二人並んでふらふらと歩いているところだ。
「危ないんで、捕まってください。ほら、こっち」
島崎に腰を抱えられ、自分はまるで子供のようだと涼真は思った。だから自然と口元から「ふふっ」と笑いが溢れてしまう。
「いつもならこの百倍は飲めるんだけどな、今日は調子が悪かったな」
「あーはいはい、そっすか。朝比奈さん、何号室っすか?」
「んーっと、七一二」
「ん、どこだ?」
「一番奥」
「だる」
本当はもう少し普通に歩けたけれど、島崎がなんだか熱心に体を支えてくれるので、涼真は体重の半分以上を島崎に預け、廊下の外に目を向けた。
まだ寝るには早いこの時間の住宅街は窓からいくつも灯りをこぼし、向こうに見える幹線道路には、車のテールランプが行き交っていた。
今朝涼真のベッドで眠っていたマナ……幼馴染の真那斗。
中学を卒業して以降、画面越しやコンサート会場で何度も観ていた。すっかり遠い存在になってしまったその姿が、一瞬でも自分と同じ空間に存在していたことは、今となっては夢だったような気さえしている。
きっと扉を開けると部屋の明かりは消えたままで、テーブルの上には涼真が書いた自分の電話番号を示したメモだけが寂しげに取り残されているのではないだろうか。
「いっそのこと訴えられた方が、まだ関わりが持てるか」
「はい? 何言ってんすか」
ようやく涼真の部屋の前に辿り着き、島崎が「鍵は?」となかなか扉を開けようとしない涼真の衣服を探った。
「ふっ、ちょっと、やめてよ、くすぐったい」
「やめてよじゃなくて、鍵ないと開けられないでしょ」
「いいよ、開けなくて。帰りたくない」
「はぁ? ここまできて? そんなこと言ってると、ウチに連れて帰っちゃいますよ」
「んー、いいよ、いこいこ」
酔いに任せてふざけ半分に涼真がそう言った時だった。
誰もいないはずの涼真の部屋から何故だかガチャリと鍵を開く音がして、その次に扉がゆっくり開かれた。隙間から灯りが溢れ、驚いて涼真は顔を上げる。
「えっ、な、なんで……」
扉を開けたのは真那斗だった。推しの尊顔を目の当たりにして、涼真は言葉を失った。
真那斗は涼真の顔を見下ろし、その次に島崎をみて、涼真の腰に回った島崎の腕をたどった。次の瞬間、涼真は真那斗に肩を掴まれ強引に引き寄せられていた。
「涼真くん、遅かったね? 待ってたんだよ?」
涼真を抱きしめるように腕を回し、真那斗は画面越しによく見る綺麗な笑顔でそう言った。
「あ、い、や、その……ご、めん?」
涼真は反射的に謝った。
この状況に驚き過ぎて、ほろ酔い気分は遥か遠くに吹き飛んでしまったようだ。
バカみたいに見開いた目がやたらと渇く。その視線を島崎に向けると、島崎も眉を持ち上げ口を半開きにした、まさに「驚いた」という表情をしていた。
「涼真くんのお友達ですか?」
「え、いや、俺は……」
「わざわざ送っていただいてありがとうございます」
何かを言いかけた島崎の言葉を、真那斗の強烈なアイドルスマイルが遮った。
「気をつけて帰ってくださいね? では、失礼」
「あっ、ちょっ!」
真那斗は島崎を部屋の外に残したまま、ピシャリと扉を閉めてしまった。
涼真は自分がとりとめのない冴えない人生を送っていることを自覚していた。それでも僅かに抱えたプライドを守るために、同性愛者だと言うことと、酒が飲めないと言うことを周囲に隠して生きている。
酒については、正確に言うと飲めるには飲めるが極端に弱い。だから昨夜もたった一本の缶ビールで正気を失い、今後の人生を棒に振るかも知れない失態をやらかしてしまった。
そして先ほども自分の烏龍茶と間違えて、島崎のウーロンハイをグラスに数口飲んでしまったことで、涼真の足元は若干おぼつかなくなってしまった。
正気を失うほどではなかったが、僅かな酒で酔った涼真を、島崎はわざわざ自宅マンションまで送ると言い、今は涼真の部屋のあるフロアの外廊下を大の男が二人並んでふらふらと歩いているところだ。
「危ないんで、捕まってください。ほら、こっち」
島崎に腰を抱えられ、自分はまるで子供のようだと涼真は思った。だから自然と口元から「ふふっ」と笑いが溢れてしまう。
「いつもならこの百倍は飲めるんだけどな、今日は調子が悪かったな」
「あーはいはい、そっすか。朝比奈さん、何号室っすか?」
「んーっと、七一二」
「ん、どこだ?」
「一番奥」
「だる」
本当はもう少し普通に歩けたけれど、島崎がなんだか熱心に体を支えてくれるので、涼真は体重の半分以上を島崎に預け、廊下の外に目を向けた。
まだ寝るには早いこの時間の住宅街は窓からいくつも灯りをこぼし、向こうに見える幹線道路には、車のテールランプが行き交っていた。
今朝涼真のベッドで眠っていたマナ……幼馴染の真那斗。
中学を卒業して以降、画面越しやコンサート会場で何度も観ていた。すっかり遠い存在になってしまったその姿が、一瞬でも自分と同じ空間に存在していたことは、今となっては夢だったような気さえしている。
きっと扉を開けると部屋の明かりは消えたままで、テーブルの上には涼真が書いた自分の電話番号を示したメモだけが寂しげに取り残されているのではないだろうか。
「いっそのこと訴えられた方が、まだ関わりが持てるか」
「はい? 何言ってんすか」
ようやく涼真の部屋の前に辿り着き、島崎が「鍵は?」となかなか扉を開けようとしない涼真の衣服を探った。
「ふっ、ちょっと、やめてよ、くすぐったい」
「やめてよじゃなくて、鍵ないと開けられないでしょ」
「いいよ、開けなくて。帰りたくない」
「はぁ? ここまできて? そんなこと言ってると、ウチに連れて帰っちゃいますよ」
「んー、いいよ、いこいこ」
酔いに任せてふざけ半分に涼真がそう言った時だった。
誰もいないはずの涼真の部屋から何故だかガチャリと鍵を開く音がして、その次に扉がゆっくり開かれた。隙間から灯りが溢れ、驚いて涼真は顔を上げる。
「えっ、な、なんで……」
扉を開けたのは真那斗だった。推しの尊顔を目の当たりにして、涼真は言葉を失った。
真那斗は涼真の顔を見下ろし、その次に島崎をみて、涼真の腰に回った島崎の腕をたどった。次の瞬間、涼真は真那斗に肩を掴まれ強引に引き寄せられていた。
「涼真くん、遅かったね? 待ってたんだよ?」
涼真を抱きしめるように腕を回し、真那斗は画面越しによく見る綺麗な笑顔でそう言った。
「あ、い、や、その……ご、めん?」
涼真は反射的に謝った。
この状況に驚き過ぎて、ほろ酔い気分は遥か遠くに吹き飛んでしまったようだ。
バカみたいに見開いた目がやたらと渇く。その視線を島崎に向けると、島崎も眉を持ち上げ口を半開きにした、まさに「驚いた」という表情をしていた。
「涼真くんのお友達ですか?」
「え、いや、俺は……」
「わざわざ送っていただいてありがとうございます」
何かを言いかけた島崎の言葉を、真那斗の強烈なアイドルスマイルが遮った。
「気をつけて帰ってくださいね? では、失礼」
「あっ、ちょっ!」
真那斗は島崎を部屋の外に残したまま、ピシャリと扉を閉めてしまった。
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