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終章─夢の灯火が照らす未来─
孤独な戦士 1
しおりを挟むヴァンガルムの体が黒い霧となり、シェーレの艶めかしく晒された肢体を包み込む。そうして黒い霧は形を変え、美しくも禍々しい宵闇のようなドレスへと変化。
「ちっ、趣味の悪ぃ変化させやがって」
ヴァンガルムが変化したドレスは、シェーレの美しい肌を惜しげも無く晒していた。胸元はざっくりと開かれ、ロングスカートは腰までスリットが入っている。
「あら? お気に召さなかったかしら? これからパーティーなのだから……ね?」
シェーレがそう発声したと同時、ノヒンが後方へと吹き飛ぶ。
まったく見えなかった。瞬きの間もなくシェーレがノヒンの懐へと潜り込み、殴りつけたのだ。ノヒンはギリギリでバックステップしたが間に合わず、メシメシと嫌な音を立てて肋骨がへし折れ、地面を転がる。
そこへ『アクセプト』とヴァンガルムの声が響き──
空を──
大地を──
その全てを貫き穿つかのような、千を超える禍々しき漆黒の槍がノヒンに向けて放たれる。
「ちっ……マジでそっち側になりやがったのかよ!」
ガチンッとノヒンが歯を食いしばる。ギチギチと全身に力を漲らせ、バキバキと折れた肋骨が補強される。
相変わらず痛みで頭はどうかしてしまいそうになるが、それをも力に変え──
「うるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
斬鉄──
ルイスが鍛えた長大な黒錆色の刃を鉄甲に装着し、襲い来る千を超える漆黒の槍を叩き落とす。
さらに無詠唱特殊魔術、狂戦士によっても漆黒の槍を叩き落とし──
ズガンッと地面を蹴りつけ、シェーレに向かって突撃。叩き落とし損ねた漆黒の槍がノヒンの体を貫くが──
その痛みすら力に変えてシェーレへと向かう。
だが──
「あら? これは焔先亜嵐のデータね? ふふ」
シェーレが怪しく笑うと、ノヒンの左側頭部に凄まじい衝撃が走る。何者かに側頭部を殴り付けられたのだ。何が起きたのかも分からずにノヒンは吹き飛んで地面を転がり、脳が揺れ、耐え難い激痛と吐き気に襲われる。
そうしてふらふらと立ち上がったノヒンの視線の先──
ノヒンに似た、だが真っ赤に燃えるような髪の男が立っていた。
そう、焔先亜嵐だ。シェーレはヴァンガルムの管理を完了させた。つまりそれはヴァンガルムと同化していた焔先亜嵐の管理を完了させたことにもなる。
「ちっ、マジかよ。おめぇもそっち側かぁ?」
ノヒンが頭を掻き毟りながらアランを睨む。
「はぁ? こっちからすりゃあ、おめぇがそっち側か? って感じだぜ? おめぇもこっち来いよ。シェーレに任せときゃあ争いもなんもねぇ世界に出来るぜ? それによぉ、こっちはみんな繋がってんだ。フェンリルだってそう言ってるぜ? なあフェンリル?」
アランがそう水を向けると、アランが漆黒の鎧に包まれる。そうして漆黒の鎧の胸当て部分にヴァンガルムの顔が浮かび、口を開いた。
「ノヒンよ。無駄な足掻きはやめて貴様もこっちに来い。我と一つになろうではないか。シェーレが目指す世界は素晴らしいぞ。皆が一つとなり、そうして個々として全となる。争いもなく、恒久的な平和が訪れるのだ。なあ我よ?」
ヴァンガルムのその言葉に、離れて眺めていたシェーレがノヒンの目の前まで迫る。シェーレもヴァンガルムが変化した兵装であるドレスを纏っているのだが──
そのシェーレのドレスがざわざわと形を変え、胸元にヴァンガルムの顔が浮かんで口を開く。
「そうだぞノヒン? 皆が我で我が皆なのだ。そうして我はシェーレであり、世界。もう貴様は詰んでおる。大人しくこちらに来るのだノヒンよ」
「貴様も争いのない世界を望んでいるのだろう? まずは貴様もシェーレと一つとなり、そうして地球もユグドラシルも一つとしようではないか」
「その世界でジェシカやヨーコと子を成し、静かに、平和に生きよう」
「争いもなく、幸せな世界だぞノヒン? シェーレの世界では皆が幸せになれる。貴様が目指したハッピーエンドではないのか?」
「ルイスやマリル、セティーナ、セリシア、ファム、アルも貴様と交わることの出来る世界だ」
「シェーレが管理した世界で永遠の時を揺蕩おうではないか」
シェーレのドレスとアランの鎧に現れたヴァンガルムが、さも当然のことのようにノヒンに向けて語る。気付けばノヒンの周囲には、ヴァンガルムを身に纏った無数のアランやシェーレで溢れている。そうして再びシェーレが口を開いた。
「だから詰んでるって言ったでしょ? あなた達が私を正しく理解していない時点で終わっていたの。無駄な抵抗はやめて私と……私達と一つになりましょ? 私は一であると同時に、これまで侵食して管理した七億もの魂でもあるの。理解出来る? あなたは今一人で、こちらは七億。一対七億よ? 七億であり一。全ての個体が私でありアラン。あなたには勝てる未来なんて訪れないのよ? それに……あなたが私に勝つってことは、私ではなくて全てを殺すことになるのよ? 分かる? 全てを救いたかったあなたが全てを殺すの。そんな未来が望みなの? あなたはそれでいいの? 私に身を委ねたら……」
「みんなで幸せになれるわよ?」と、シェーレがノヒンに唇を重ねて甘く囁く。見ればシェーレの姿はジェシカやヨーコへと次々と変わり、そうして甘やかな口付けを落とす。
「今はヴァンガルムに残るデータを参照しただけだから姿だけなのだけれど……、あなたが私と一つとなり、地球もユグドラシルも一つとなれば、永劫の幸せをこの二人と過ごせるわよ? 死ぬこともなく……争うこともなく……永遠に愛し合うの。そっちの方がよくないかしら? それともあなたはそんな未来を捨て、全てを殺すの? 共に戦ったヴァンガルムとアランを殺すの? 私がこれまでに管理した魂を……殺すの?」
シェーレの口から紡がれる言葉を聞き、ノヒンの心が折れそうになる。これまで自分を曲げずに走り続けてきたノヒンだが、シェーレの言葉が心の深い部分にズブズブと入り込んで来るような感覚。確かにシェーレは敵だ。だが敵であると共に、無数の罪なき魂を内包しているということになる。正解が分からない。頭の整理が追いつかず、言葉が出てこない。そんなノヒンをシェーレは満足そうに眺め、さらに言葉を続ける。
「もしかしてまだ……ラグナスが助けに来るとでも思っている?」
シェーレのその言葉に、ノヒンが「どういうことだ?」と反応する。
「いいものを見せてあげるわ」
そう言ってシェーレがパチンと指を鳴らす。するとノヒンの目の前に映像が浮かび上がった。
そこには肌も顕なジェシカとラグナスが向かい合う姿。そうして二人はゆっくりと近付き、ジェシカがラグナスの肌に触れ──
映像はそこで途切れた。
「……今のはなんだ? ジェシカがんな事するわけねぇだろ?」
「今のジェシカはあなたとの記憶がないんでしょ? そうなると……記憶に整合性を持たせるために、あなたと出会ってからの様々な記憶も朧気なんじゃないかしら? つまり……ラグナスが行った行為も朧気となっている可能性が高いわよね? そうなると……ジェシカに残る感情はなんだと思う? あなたが出会う前にジェシカが愛していたのは誰かしら?」
シェーレの言葉がさらにズブズブとノヒンの中へと入り込む。考えたくもないことが頭の中を駆け巡る。
「今の映像は確率世界の観測よ? あなたがみんなの記憶を消したことで起こりうる未来の一つ。つまりラグナスも同じような未来を観測しているはずよ?」
「……何が言いてぇんだ?」
「簡単なことよ。つまり……ラグナスはそれを知ってあなただけを私の元に向かわせたんじゃないかしら? ジェシカと愛し合うためにね? そこから派生する世界も見せてあげるわ」
再びノヒンの目の前に映像が浮かび上がる。そこにはラグナスに抱かれ、満たされた表情を浮かべるジェシカの姿。さらに映像は次々と浮かび上がりラグナスとジェシカの甘やかで穏やかな未来が映し出されていく。
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