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終章─夢の灯火が照らす未来─
死穢霊─シェーレ─ 3
しおりを挟む「んで? 結局完全な管理は出来なかったってわけか?」
「そうね。レイラを完全に管理するために、私はアウルゲルミル──いえ、ユミルを使ったの」
「ってもアウルゲルミルもおめぇに管理されておめぇってことなんだよな? んでユミルって名前に変えて──」
「ちっ! めんどくせぇっ!」と、ノヒンが頭を掻き毟る。
「ちょっと難しかったかしら? 私と一つになったと言っても、ユミルはユミルで存在しているし思考しているのよ? 私がユミルでユミルが私。私が世界で世界が私。根源である魂──エネルギーは一つとなったけれど、それは一であり全。物質としての肉の体に刻まれたデータは個別に存在し、そうして私はそれら全てを有している。まあつまり、ユミルの体に刻まれた魔術コードを解析して作り替え、私の管理という力を常時展開する神器を作り上げたのよ。ね? ユミル?」
シェーレの問いかけに、どこからともなく「そうなりますね。私はシェーレの力によって神器と成りました。N.T.W.ユミル。NACMO type.Worldが私です」と、男性とも女性ともとれる無機質な声が響く。
「ナクモタイプワールドだぁ? なんでぇそりゃ」
「アース……いえ、こちら側の全てがユミルなの。ラグナスは精神干渉タイプの神器がどこかにあると思っていたようだけれど、アース自体が神器なの。こっちの世界が全てNACMOで構成されているのは知っているでしょ? つまり世界がユミルでユミルが世界ってことよ? 同時にそれは私が世界でもあるってことね。そうしてこちら側では、私の管理の力が常時展開されている。ユミルには集中的にレイラの魂を侵食するように頼んでいたのよ? でもやはりレイラを完全に管理することは出来なかったわ。その代わり、何が起きても抵抗しないレベルくらいまでは管理出来た。そのおかげであなたが生まれたのよね? ただの山賊ごときにレイラは犯さ──」
ズガンッと、話している途中でシェーレが吹き飛ぶ。
「話は聞くって言ったけどよぉ、あんまりイライラさせんじゃねぇよ」
見ればシェーレの首から上が千切れ飛び、噴水のように血を吹き出していた。だが、すぐさま周囲を囲む魔人の一人がシェーレの姿となり、ノヒンの前までゆっくりと歩み寄る。
「今の一撃は気持ちよかったわよ? 死ぬのって気持ちいいんだけれど……」
「急だとびっくりするじゃない」と、シェーレが再びノヒンに絡みつき、耳を優しく噛んで囁く。
「んで? そろそろやるか? それともまだ話してぇことはあんのか? 正直おめぇとは相容れねぇってことは分かったから……よっ!!」
ノヒンが絡みつくシェーレの腹部を思い切り殴りつける。嫌な音を響かせてシェーレの腹部は弾け飛び、だがすぐさま別のシェーレが現れてノヒンに絡む。気付けばシェーレの数は一人また一人と増え、ノヒンの体をまさぐり、耳を噛み、唇を重ねて舌を絡ませる。
「……全然心が動かないのね?」
「最初っからおめぇに対しては『うぜぇ』って感情しかねぇぜ?」
「ふふ。本当に侵食しがいがあるわぁ」
そう言って数を増やしたシェーレは再び一人となり、ふわりと空中に浮かんで楽しそうに笑う。
「とりあえず最後まで話そうかしら? 聞きたい?」
「どっちでもいいぜ? 話すんなら話すでいいけどよぉ、終わった時が合図だ。てめぇを殺す」
ノヒンの刺すような視線に、シェーレが「ぞくぞくするわぁ」と身悶える。
「じゃあ続けるわね? あなた達は私が何故動かなかったのか理解している?」
「そりゃあれだろ? 確率世界の観測だかで未来が不確定だから様子見てたんじゃねぇのか?」
「半分正解ね。私は数多の肉の体に刻まれたデータを一つにし、確率世界の観測が出来るまでに至ったわ。そうして見た未来は朧気で、だけど確信していることがあったの」
「何を確信してやがったんだ?」
「私が全てを支配する未来よ? まだ理解出来ない? 何か違和感を覚えない?」
シェーレが自身の唇に指を当て、妖艶に問いかける。
「ちっ……話ぃ聞くとは言ったが、めんどくせぇ問答するならここで終わりだ。いくぞわん公! 『アクセプト!!』」
ヴァンガルム装着のための文言である『アクセプト』とノヒンが唱えるが……
何も変化が起きず、代わりにヴァンガルムが口を開く。
「まあ待てノヒン。こちらは少しでも時間が稼げればそれでいい。話してくれるというのであれば、ひとまずは話を聞こうではないか」
「おいおいどうしたよわん公。さっきとまったく同じこと言ってやが──」
そこまで言ったノヒンがハッとした表情になり、シェーレを見る。そういえばここに来てからヴァンガルムの口数が少ない。いつもであれば、もう少し憎まれ口を叩いてもよさそうなものだが──
そんなノヒンをシェーレは満足そうに眺め、「いらっしゃい……ヴァンガルム?」と、両手を広げた。それと同時、ヴァンガルムがシェーレの元まで飛び上がる。
「ちっ……どういうことだよこりゃ。おいわん公! なんの冗談だぁ?」
ヴァンガルムはノヒンの問いかけには答えずに、気持ちよさそうにシェーレに撫でられている。
「無駄よ? 私が動かなかった理由……まだ分からない? 私を正しく理解していなかった時点で、あなた達は詰んでいたのよ?」
「ちっ……ぐだぐだうるせぇよ! 何をしやがったんだぁ!?」
「『管理』よ? ヴァンガルムの魂に侵食して管理したの。言ったでしょ? 殺した人達の魂──エネルギーを侵食して管理し、私はどんどんエネルギーを大きくしていったって。魂の総量は決まっている。アースだけでは足りなかったの。そうしてアースがミズガルズと一つとなり、魂の総量が増えた。だから私は動かなかったのよ? ミズガルズでは未だ愚かに殺し合いをしていた。黙っていても侵食しやすい魂で溢れていた。もちろん私が出向いて直接侵食してもよかったのよ? ユグドラシル由来の魂でなければ、生者でも侵食出来るようにはなっていたし……」
「でも」と、ノヒンの耳元でシェーレの声がする。気付けばヴァンガルムと共に、シェーレがノヒンの真横に立っていた。
「念には念を入れた方がいいでしょ? あなた達は私を正しく理解していない。私が動きさえしなければ、私が様子を伺って動けないと思ってくれる。だからゆっくりと紅茶でも飲みながら……死んだ者達の魂を侵食して魂の総量を増やしていたのよ? おかげで専用兵装の魂であれば侵食出来るまでになったわ。これならあなたやラグナス以外も侵食出来そうね?」
「ちっ! ふざけたことしてんじゃねぇよっ!!」
ノヒンが真横のシェーレ目掛けて拳を突き出すが、空を切る。既にシェーレはノヒンから離れた空中にいて、ヴァンガルムを優しく撫でていた。
「ふふ。私からの話は以上よ? そろそろやる?」
「はん! 言われなくともてめぇは殺す! 待ってろやわん公! 今助けてやる!!」
「あら? まだちゃんと理解していないのね? 魂を管理されたヴァンガルムはあなたの敵よ? こうすれば分かるかしら?」
そう言うとシェーレが身に纏っていた衣服をするすると脱いでいく。その陶器のように肌理の整った白い肌を惜しげも無く晒し、そうして露わになった肌には古ミズガルズ語だろうか、呪文のような文字がうっすらと浮かんでいた。
「私は侵食した相手の肉の体に刻まれたデータを自分のものとすることが出来るのよ? つまりヴァンガルムの装着登録者データを私の体に流用することも出来る。こんな感じでね? 『アクセプト』」
シェーレが専用兵装装着の文言である『アクセプト』と唱え、目の前には『/convert armor Scheele』と白く輝く文字が現れた。
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