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第二部 第四章 英雄の帰還─虚ろなる樹─
決意 1
しおりを挟む「ちっ……なんでこんな面倒なことになってんだろうな」
ルイスの鍛冶場の外、既に日が傾いて薄暗くなった中で、ノヒンが焚き火に火を焼べながら呟く。
ルイスの鍛冶場の前は広い庭であり、焚き火台を囲むように木製のベンチが設置されている。そのベンチの一つにジェシカを寝かせて毛布をかけ、隣にノヒンが座る。焚き火台を挟んだ対面のベンチにはアルが座り、両手を焚き火の炎に向けて暖めていた。
「ねー。世界の生成とかとんでもないことになってるけど、私はただみんなとゆっくり過ごせたらって思う。ヨーコ姉も無事……ではないけど無事だったし、ランド兄もノヒン兄もいる。もうこれ以上何も望まないから、せめて静かに過ごしたいよ。なんでみんな争うのかなぁ?」
アルの問いかけに「なんでだろうなぁ……」と、ノヒンが呟く。
「まあでもよ。もうすぐ全部終わる。いや……俺が全部終わらせる」
そう言ってノヒンが立ち上がり、拳を握る。そこへ鍛冶場からヴァンガルムが出てきた。
「よぉわん公。終わったのか?」
「ああ。とりあえずソラトとのデータ共有は終わった。やつめ……最後にとんでもないデータを共有してから行きおった」
やれやれといった様子で首を振るヴァンガルムに、「んで?」とノヒンが問いかける。実は先程ソラトは、地球に向かう前にヴァンガルムに重要なデータを共有してから向かった。
「貴様の考えそうなことだったわ。まあだが悪くない。どうやら我も貴様に感化されているようなのでな」
「……ってことは反対しねぇんだな?」
「現状ではそれが最善だと思うのでな」
「悪ぃなわん公。最後まで付き合わせてよ」
「いや、我はヴァンのガルム。最後まで貴様に付き合うさ」
ノヒンとヴァンガルムの会話に、アルが首を捻る。
「ノヒン兄とヴァンちゃんはさっきからなんの話をしてるの?」
アルがそう言ったところで、ヴァンガルムが『アクセプト』と二回呟く。するとヴァンガルムから黒い霧が滲みだし、アルを包み込んで気絶させた。
「これで記憶の消去は済んだ」
「悪ぃな、嫌な役を任せてよ」
「ソラトがアルに干渉するのが嫌だったようでな。だが本当にいいのか? 皆から貴様の記憶を消して」
「いいわけねぇだろ。……っても俺が一人で戦うにはこれしかねぇ。わん公もデータ共有したんなら見たんだろ?」
「ああ。ユグドラシルの確率世界の観測、ほぼ全ての分岐で誰かが死ぬ。いまだ確定していないのは貴様と我だけで戦う分岐だけだ」
「ならよ……」
「これしかねぇじゃねぇか」とノヒンが涙を流し、傍らで眠るジェシカの頭を撫でる。
「みんなの中から俺の記憶が消えちまうのはつれぇけどよ……こうしねぇとジェシカもヨーコも……ルイスもランドもアルも……マリルも……セティーナ、ファム、セリシア……ガイだってよぉ……みんな一緒に戦うって言うだろ……?」
「ノヒン……」
悲壮な表情のノヒンに、ヴァンガルムがかける言葉を失う。
「……はは。だせぇよなぁ……全然覚悟ガンギマってなんかねぇよなぁ……」
言いながらノヒンがジェシカに唇を重ね、ボタボタと涙を流した。離れたくなどない。忘れて欲しくなんてない。だが……
ノヒンが見た確率世界の観測では、ジェシカやヨーコが死ぬ未来もあった。未だ不確定な未来ではあるが、そんな未来に分岐するかもしれない行動などノヒンには出来ない。
そうしてジェシカを起こさないように、しばらく静かに泣いたノヒンが顔を上げる。
「……悪ぃわん公。ジェシカとヨーコの記憶も消してくれ」
「……了解した。『アクセプト』」
こうしてジェシカとヨーコの記憶も消され──
アルとジェシカの体が黒い霧に包まれ、消えた。
「準備が完了した個体からソラトが地球へ転送しておる。おそらく今頃はランドやカタリナ、ガイもソラトによって記憶を消されているはずだ。それが終わればソラトが他のメンバーも記憶を消して地球へ転送する。そうしてその後はこちら──ジアースに住む希望者の地球への転送だが、何しろ人数が多いのでな。時間はかかるだろう」
「ちっ……その間にラグナスとシェーレが動き出さなきゃいいが……」
ノヒンが話している途中、目の前に黒い霧が滲み出す。滲み出す霧は人の形となり──
ラグナスが姿を現した。
「ちっ……おいラグナス。殺されにきたのか?」
ノヒンが刺すような視線を投げかけるが……
いつものように、我を忘れて掴みかかるような雰囲気ではない。
「ロキはどうしたよ。一緒に行動してやがったよな?」
「ロキならば『どう転んでも面白い』と観測する側に回っている。まずは打ち倒さなければならない相手を打ち倒せ……とな」
「ちっ……相変わらず訳わかんねぇ奴だぜ。まあだが、まずはシェーレってことだな」
「どうやら君も理解したようだな」
「うるせぇよ。言っとくがおめぇも殺す対象だ。……っても一番やべぇのはシェーレだってのは理解した。ロキもやべぇが、まずはシェーレをなんとかしなきゃなんねぇ」
「つまり私と共闘すると?」
「ちっ……」
ノヒンが舌打ちし、握った拳からは血が滴る。
「ありがとうノヒン。シェーレを打ち倒した後で、必ず君とは決着をつけると約束する。その為の準備だと思って今は我慢してくれ」
「今だけだ。だがよ、ラグナス。なんでこのタイミングで俺の前に来た。俺が見た未来じゃあはっきりは分かんねぇが、どの分岐もおめぇと会うのはもう少し先だった」
「それは君だよノヒン。君の存在がそうさせた」
「ちっ……どいつもこいつも回りくどいんだよ! はっきり言えや!」
「君の事象崩壊魔術だ。そもそもなぜ、未来の分岐が不確定なのか分かるか?」
「分かんねぇよ」
「では君は分かるか? フェンリル」
ラグナスに水を向けられたヴァンガルムが考え込み、すぐに「おそらく……」と口を開いた。
「……ノヒンの事象崩壊魔術が確定事項ですら崩壊させている……ということか? それによって確率世界の観測も不確定となり……。まあつまり、ノヒンの事象崩壊魔術もまた、変化していると」
「そういうことだ。ユグドラシルの観測は私がエインヘリャルの儀を行い、拒絶の力が弱まるところまでしかはっきり観測出来ていない。その先の観測は朧気で不確定。ノヒン、君は先程『なんでこのタイミングで俺の前に来た』と言ったね? それは君の意思決定で朧気な未来が形を成して行くからだ。君が『一人で戦う』と決意したことで、また未来が形を成した。まあつまり、もはやこの世界は君の動きで未来が確定する」
ノヒンが「ちっ」と舌打ちし、頭をガシガシと掻き毟る。
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