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第二部 第四章 英雄の帰還─虚ろなる樹─
ヴァンガルムとソラト 1
しおりを挟む「困りましたね。だいぶ簡略化したつもりだったんですが……」
「でも何となくの流れは分かった……かな。ありがとうソラト」
そう言ってアルが笑うと、一瞬だがソラトの視線が柔らかくなった気がした。
「データ共有をした方が早いのですが……やはりするつもりはないのですか?」
「うん……データ共有の理屈は理解出来たけど、楽はしたくないんだ。面倒くさいこと言ってごめんね?」
「いえいえ。私はそんなアルが好きですよ? 勉強熱心なところはアキに似ていますからね」
「またアキさんの話?」
「おや? 私は『また』と言われほどアキの話をしましたか?」
「いつもしてるよ? 会いたくならないの?」
「会いたいとは思いますが、現状では地球がどうなっているのか確認出来ないですしね。そもそも数千年経っていますから、不老ではないアキはもういないでしょう」
「でももし子孫を残してたら、そこから人格を抽出? 出来るんだよね?」
ソラトの話によれば、不老の存在は荒羽場魯樹や三大咎のみということである。他の魔女や魔人、半魔などは長寿ではあるが、活動限界は最大でも二百年。子孫を残した場合は魔石データが引き継がれ、親の人格データなども保存される。
本来であれば荒羽場魯樹や三大咎以外も不老の存在になるはずだった。だがユグドラシルが進化を促すために多様性も必要だと判断し、生物の選択淘汰のために現在の形となっているとのことだ。
「まあそうなのですが、アキが誰かと結ばれたと考えると……なんだかもやもやしますね」
「本当にアキさんのこと好きなんだね。まあ色々と問題はあるだろうけど、会えるとい──」
アルがそこまで言ったところで、地面が大きく揺れる。大気も振動し、空が金色に輝く。見ればニャール村から遙か南東、聖王国ソールの方角に光り輝く黄金の樹が現れていた。
ニャール村から聖王国ソールまではおよそ二千キロある。だがそれほど離れているにも関わらず、黄金の樹ははっきりと見えるほどに巨大だった。そうして黄金の樹が天高く枝葉を伸ばし、瞬く間に枝葉が世界中の空を覆う。その様子を見たソラトが「あれはNACMOtype.Deviceユグドラシル……」と呟く。
「え? それってオーディンが使った神器?」
「そうです。あれを起動するには魔素が足りないはずですが……」
「だ、大丈夫なの?」
アルが不安そうに空を眺めていると、空がビキビキと裂け、再び大地が揺れる。裂けた空の亀裂からは魔素が大量に溢れ出し、景色を黒く染めていく。
「ね、ねぇソラト! どうなっちゃうの!?」
「これは完全にラグナスを舐めていましたね。どうやら過去生成された世界が一つになろうとしているようです。少しソール方面を観測してみま──」
ソラトはそこまで言うと、「これはまずい!!」と叫び、体から爆発するように黒い霧を発生させてニャール村を包み込んだ。
「何者かがユグドラシルを損傷させたようですね。そのせいで次元が崩壊しようとしている」
「どういうこと!?」
「おそらくユグドラシルを損傷させたのはノヒンです。空の亀裂からフェンリルが来たことも観測しました。なんにせよこの状態はまずい」
「まずいって!? どうなっちゃうの!?」
「規模がどれほどになるかは分かりませんが、次元崩壊に巻き込まれたエリアは消滅する可能性が高い……ですね」
「何とかならないの!?」
「規模が大き過ぎてさすがの私でも……」
そう言ってソラトがアルを見ると、アルが不安げな表情でソラトを見つめている。
「まあ……やりようはあります。ユグドラシルを起動出来たのだとすれば、ラグナスの力は初代オーディンと同程度だと思われます。私が力を貸せばなんとか……」
「なんとか出来るならお願いソラト!」
「ですがそうなると荒羽場魯樹と関わることに……」
ラグナスには荒羽場魯樹が協力している。咎は互いに不可侵という取り決めを、ソラトはこれまで守ってきた。
「え!? 荒羽場魯樹がラグナスに協力してるの!? って違う違う! 今はそんなこと言ってる場合じゃない! お願いソラト! なんとか出来るならなんとかして!」
「……分かりました。なんとか荒羽場魯樹にはバレないように動いてみます。ですが……おそらく私はしばらく戻っては来られない。その間、ニャール村とヨルムンガンドのことは頼みましたよ? 念の為にニャール村は私の事象干渉の力で守ってはみますがね」
「収まったら戻って来れるんだよね? 嫌だよ? ソラトまでいなくなったら……」
そう言ってアルが泣きそうな顔でソラトを見る。するとソラトがアルに近付き──
優しく唇を重ねた。
「ふあっ!!」
「すみません。なんだかアルを見ていたらしたくなったもので。嫌でしたか?」
「い、嫌じゃないけど……」
「まあ、アルはノヒンが好きですからね? とりあえずこの場は任せました。私は必ず戻ってきますから──」
そう言うとソラトの体は黒い霧となって霧散した。
そこからの流れはヴァンガルムやノヒンが知る通りだ。違うことといえば、ソラトがラグナスに協力していた──ということである。ソラトがラグナスに協力して次崩壊を安定させ、そのことが荒羽場魯樹に露見することなく進む。
そうして一年後、次元崩壊が収まったことで創樹真夜がミズガルズに干渉を始め、それによってノヒンが殺されることになるのだが……
ソラトが事象に干渉し、その命を救っていた。
その間のアルやヨルムンガンドの行動はというと、マヤを嫌悪しているソラトが事実を伏せ、アルを関わらせないようにしていた──ということである。
---
──場面は戻り、現在のルイス鍛冶場
「そういうことだったのか。次元崩壊をラグナスのみで安定させていると思っていたが……。そのうえノヒンを救ってくれていたとはな」
ヴァンガルムがそう呟いたところで、鍛冶場内に黒い霧と共に一人の男が現れる。透けるような白い肌に、刺すように冷たい切れ長の目。髪は女性かと見紛うほどに長く、艶のある黒髪。漆黒のローブを身に纏い、まるで物語の中の魔術師のような──
「久しぶりだな、ガランドウよ。まさか貴様が協力していたとは思いもしなかった」
「ラグナスに頼まれたんですよ。『ノヒンを頼む』とね」
その言葉を聞いたノヒンが「ちっ……マジで意味分かんねぇぜ」と呟き、ジェシカを抱きかかえて鍛冶場の外へ出ていった。それを追うようにしてアルも外へ出る。
「にわかには信じられんが……ラグナスが貴様に頼んだのか?」
「そうですよ? 『私にはやることがある。今後あなたがノヒンの側についてくれ。もはやノヒンは私を許しはしないだろうが……』とね」
「まったく意味が分からん。ラグナスは何がしたいのだ?」
「彼は誰も差別されることのない新世界を目指しています。幼い時分に負の感情を爆発させ、その精神をオーディンに蝕まれていましたが……今は『ラグナス』として完成されています。大義のために犠牲は必要だという考えは変わらないようですが、今の彼は不必要な犠牲を嫌う」
「今さらだな。その話はノヒンにもしたのか?」
「ええ。ですがそれでもノヒンはラグナスを『殺す』と言っていますね。許すことは出来ないと」
「まあそうだろうな。だが先程のあやつの態度……、思うところはあるのだろう。それで? アルとのデータ共有ではその後のデータはなかったが……」
「おや? 共有出来なかったのですか?」
そう言ってソラトが黒い霧を滲ませ、ヴァンガルムを包み込む。
「……ああ、どうやら地球へ渡る際に私のNACMOがアルに影響したようですね。そのせいで正しく共有されなかったようです。どうせなら私のデータを共有しましょう──」
再度ソラトが黒い霧を滲ませ、ヴァンガルムを包み込んでデータ共有を行う。
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