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第二部 第四章 英雄の帰還─虚ろなる樹─
ヨルムンガンド 4
しおりを挟む「ま、待ってよアル! 今日は僕と遊んでくれるって言ったじゃないか!」
「畑仕事が終わってからって言ったでしょ? 帰ってくるまでソラトと一緒に遊んでて」
そう言いながらアルが玄関の扉を開け、外へと出る。閉めた玄関の向こうからヨルムンガンドの「遊んでよー!」という声が聞こえるが、畑仕事をやめるわけにはいかない。今の自分に出来ることは、大好きなノヒンやヨーコ、ランドと共に作り上げたニャール村を守ること。
「ノヒン兄とランド兄も頑張ってるんだから……よしっ! 私も頑張らないとだね!」
アルが拳を握り、畑へと向かう。
あのヨルムンガンドとソラトとの出会いから三ヶ月ほど経ち、気付けば三人で奇妙な同居生活をするようになっていた。ソラトはこれまで定住せずにふらふらしていたらしいのだが、「君はアキに似て居心地がいい、しばらく住まわせて貰うよ?」と、半ば強引に住み着いた。
もちろんアルは「ちょっとそれは色々と……」と抵抗したのだが、抵抗する度ソラトが頬を抑え、「なんだか頬が痛い気がしますね? 誰に叩かれたのでしょう?」と、アルの罪悪感に漬け込んできた。ヨルムンガンドに関しては「ヨル君」と呼んで、ペットのような扱いとなっている。
だが精神的に弱っていたアルにとって、困惑する状況ではあるのだが、同時に救われてもいた。ランドまでいなくなってしまい、あのまま一人で過ごすことになっていたら……
間違いなく自分はおかしくなってしまっただろうなと思い、アルはソラトとヨルムンガンドに感謝している。
「ランド兄……元気してるかなぁ……」
畑仕事をこなしながら、思わずアルが呟いてしまう。実はアルは、ソラトからランドの現状を詳しく聞いていない。アルがソラトに聞いたのはたった一つ。「ランドは自分の意思で出ていったのか」ということだけ。
それに対するソラトの答えは「ランドは自分の意思で出ていった」というものだった。厳密に言えばロキがランドに干渉し、大戦斧の呪いに蝕まれたせいなのだが、出ていった時点でランドには自我があった。その残った自我で「ヨーコに会いたい」と、自分の意思で出ていったのだ。
厄介なことにソラトは、人の感情というものをあまり理解していない。ここで正しく情報共有出来ていれば、ランドが間違った道に進むことを止められたのかもしれないが……
アルもアルで「ランドが自分の意思で出ていったのだとしたら、自分がとやかく言うことではない」とランドの意思を受け止め、深く突っ込まずに終わらせた。もちろん何も言わずに出ていったことには腹が立つが、ソラトが付け加えて「ランドは目的のために頑張っているみたいですよ?」と、余計な一言をアルに伝えてしまう。
もちろんこの目的とは、ノヒンを殺してヨーコの魔石を奪い、ヨーコと再会するという歪んだ目的だ。だがアルはそれを「ランド兄も前に向かって進んでるんだ」と、前向きに捉えてしまった。
ソラトに悪気がある訳ではないのだが、ソラトは他者を弄ぶということにしか嫌悪感を示さない。ランドの場合であれば、嫌悪感の対象はロキに対してであり、ランドにではない。ここでアルが深く突っ込んでいればロキの名前も出たのだろうし、それに対するソラトの嫌悪感にも気付けただろう。
ここでもう一つ厄介なことは、ソラトは純粋だということだ。いつかのロキとマヤの会話から咎は互いに不可侵という取り決めがあることが伺い知れる。つまりソラトはそれを純粋に守っているのだ。もちろんロキとマヤが対立したことからも、これがただの口約束だということが分かる。
ロキに対しては嫌悪感があるが、不可侵と約束したという事実がソラトの口を噤ませる。
「それにしてもノヒン兄……凄いことに巻き込まれてたんだね……」
アルの独り言が止まらないのだが、おそらくこれは魔石の遺伝によるものだろう。ランドも独り言が多く、よくヨーコに「独り言多くない?」と突っ込まれていた。
「まさかノヒン兄が神話大戦の英雄ヴァンの子孫で……オーディンの子孫のラグナスだっけ……? ……と一緒に世界を変えようと頑張ってるなんて……」
「なんだか遠くに行っちゃったなぁ……」と、アルが寂しそうに天を仰ぐ。この時点ではまだエインヘリャルの儀は行われておらず、ソラトもラグナスの真意を知らない。ソラトはその気になれば全ての事象を観測出来るが、未来を観測することは出来ない。そのうえ興味がなければ観測すらしない。この時点でのラグナスは、ソラトにとって興味のある対象ではなかったのだ。
「私もノヒン兄の役に立ちたいな……」
畑仕事をしながらアルが一枚の紙を取り出す。この紙は神話大戦時代からの大まかな流れをソラトが書いてくれたものだ。アルが「いつかノヒン兄に頼られることがあったら」と、ソラトに頼んで書いてもらった。
「でもまさか魔素が作られたものだったなんて……それにこの世界も……」
言いながらアルが視線を上げる。そこには畑仕事に精を出す、ニャール村の住人達の姿。おそらくソラトが言ったことは本当なのだろう。この世界は過去、オーディンによって作り出された世界。だが……
「この世界に生きる人達は作り物なんかじゃない……しっかり生きてるんだよ……ノヒン兄はそんな人達のために頑張ってるんだよね……」
この世界は作られた世界ではあるが、この世界に生きる者達はそうではない。数千年前、オーディンが世界生成と共に、元の世界である地球から転送した者達の子孫。
「本当……この世界はどうなっちゃうんだろ……」
そうアルが呟き、もう一度メモに視線を向けたところで──
「ひぁっ!」
アルの頬にひんやりとした感触。それと同時、「今日は暑いですからね。水分補給は大事ですよ?」と、ソラトの声が落ちてくる。
見ればソラトはアルを覗き込むように立っており、手に持った水筒をアルの頬に当てていた。
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