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第二部 第四章 英雄の帰還─虚ろなる樹─

ヨルムンガンド 3

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「え? じゃああなたはヨルムンガンドを助けてあげようとして……?」
「まあそうなりますかね? ですが『助ける』ということとは少し違います。ヨルムンガンドも運命に弄ばれている。私は他者を弄ぶ者が嫌いなだけです」

 ソラトは相変わらずの刺すような冷たい視線だが……

 中身は全くの別物で、どこかノヒンに似たものをアルは感じていた。

「優しいんだね?」
「私が? 優しい? くく……何を馬鹿なことを。私は徹頭徹尾自分のためだけに動いています。他者を鑑みたことなど一度もない」
「ふふ。ひねくれてもいるんだね? それと……」

 「もう少し笑った方がいいかな」と、アルがソラトの頬を優しくつねる。するとソラトが驚いた表情を見せ……

「『もう少し笑った方がいい』と言われたのはこれで二度目ですね。なんだか胸がざわざわしますよ」
「前にも誰かに言われたことがあるの?」
「ええ。もはや数千年も前……ですがね。アキ……荒羽場亜樹アラハバアキに言われたんですよ。そういえばアキも元はドライアドの半魔でした」
「数千年前? 荒羽場亜樹アラハバアキ? なんのこと?」
「ああ、あなたはノヒンの関係者なのに何も知らないようですね。と言っても、当のノヒンも何も知らないようですが」

 ソラトから思いがけずノヒンの名前がでる。まさかここでノヒンの名前が出るとは思っていなかったアルが、「え!?」と驚いた表情で固まった。

「驚いた表情をしていますが、どうしましたか?」

 ソラトにそう問いかけられ、アルがハッと我に返る。

「な……なんでノヒン兄のこと知ってるの!?」
「何故と言われても、ノヒンはヴァンの血族ですからね。あれは面白い個体ですよ。それと、あなたのことも知っていますよ? ドライアドの半魔──アル? でしたよね?」

 ここに至ってアルが思考を巡らせる。先程までは必死だったために、色々と深く考えずに行動していた。だがよくよく考えれば、とんでもない状況だということに気付く。目の前には神話大戦時代に猛威を振るったヨルムンガンドと、そのヨルムンガンドを手玉に取るソラトという男。

 さらにソラトはノヒンのことや自分のことを知っている。もちろんアルはソラトに見覚えもなければ、名前を聞いたこともない。いったい目の前のソラトという男は──と、アルは言い知れぬ不安に襲われる。

「そんなに怯えないでくださいよ。なんだか私が悪いことをしているみたいではないですか」
「だ、だって……目の前にヨルムンガンドがいて……それよりももっと強いあなたがいて……一方的にこっちのことも知ってるみたいだし……」
「私はソラトです。伽藍堂空人ガランドウソラト。まあとりあえず立ち話もなんですし、戻ります?」
「戻る? どこに?」
「決まってるじゃないですか。あなたの家ですよ?」
「え!? 私の家にくるの!?」

 予想外の言葉にアルが驚く。いったい目の前の男──ソラトは何を考えているのだろうか。アルがその真意を測りかねる。

「おやおや? 嫌なんですか? おかしいですねぇ……私は何も悪いことはしていなかったはずなのですが……ああ! あなたに打たれた頬が痛い! これは困りましたねぇ……どこかで休まなければ倒れてしまうかもしれませんねぇ」

 言いながらソラトが、相変わらずの刺すような視線でアルをジッと見る。おそらく冗談を言っているのだろうが、その冷たい視線のせいかまったくそうは見えない。

「それを言われると……。でもあなたも私のこと脅したよ?」
「脅したのはあなたが私を打ったからではなかったですか? それに言いましたよね? お仕置だと。そうなるとどちらが悪いのでしょうかねぇ。ああ痛い……もしかしてですが、腫れていませんか? あなたに打たれた私の頬……腫れていませんか?」

 畳み掛けるようなソラトの嫌味に、アルが「うぅ……」と頭を抱えてしまう。

「まあタダでとは言いません。知りたいですよね? 何故私がノヒンやあなたのことを知っているのか……そもそもはなんなのか……をね。それとランドの行方に関してもお手伝い出来るかもしれませんよ?」
「え!? ランド兄がどこに行ったか知ってるの!?」
「今は知りません。ですが探すことは可能でしょうね。というか今後『えっ!?』と驚くのは禁止にしますね? なんだかこう……胸がざわざわしますので」

 そう言って胸を抑えたソラトの表情が、少し和らいだ気がした。

「胸がざわざわ? なんで?」
「なんででしょうか? しいて言うならば……あなたがアキに似ているからでしょうか? ああ、見た目ではないですよ? 言動や驚いた表情が……なんと言えばいいのか……」

 ソラトが話している途中で、アルが「ふふ」と柔らかい笑顔で笑う。

「それは恋だね。ソラトは恋してるんだよ」
「恋? 私が? 何を馬鹿な……」
「あなた……ソラトって、全然自分のことが分かってないみたいだね?」
「まあ……困ったことに私は空っぽの存在。まだ恋や愛……様々な感情を理解してはいません。理解しようとは思っているのですが……合理性が見い出せずに困っているところです」
「じゃあ……それも含めて色々と話そっか。ヨル君もまだ気絶してるみたいだし、とりあえず私の家で情報交換しよ」
「ヨル君? ヨルムンガンドのことですか?」
「だってヨルムンガンドって長くない? 嫌がるかな?」
「さあどうでしょう? まあですが、変わろうとしているヨルムンガンドにとっては嬉しいことかもしれません」
「じゃあヨル君で!」

 そう言ってアルがソラトの手を取り、自宅へと向かう。

 これが長らく蚊帳の外だったアルが、神話大戦の宿因へと巻き込まれていく始まりである。


 

 
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