上 下
207 / 229
第二部 第四章 英雄の帰還─虚ろなる樹─

ヨルムンガンド 1

しおりを挟む

 アルの目の前、小さな白い蛇が怯えて震えていた。舌をチロチロと出し、目は潤んでいるようにも見える。逃げているのは少年だと思ったが……

 追われて怖がっていることには変わりない。

「大丈夫だよ? 私は怖いことしないからこっちにおいで?」

 そんな怯える白い蛇に向けて、アルが両手を広げる。すると白い蛇はアルの腕の中へと勢いよく飛び込んで来た。

「あはは! く、くすぐったいよ!」

 泥や血で汚れたアルの顔を、白い蛇がチロチロと舐める。

「おやおや……いつからあなたは人間と戯れるようになってしまったのですか?」

 漆黒のローブを身に纏った男の刺すような視線。目力が強い──とはよく言うが、この男が発する視線の力はそんな生易しいものではない。実際に体を貫かれているのでは──と、錯覚を覚えてしまう程の視線の力。

「あなたはなんでこの子白い蛇のことを追いかけていたの……? 人の言葉を話す魔獣は珍しいけど、だからって酷いことをしていいわけじゃない。見たところ悪い魔獣じゃないみたいだし……」
「やれやれ。どうやらあなたは少し誤解しているようだ。先程も言いましたが、酷いこととはなんでしょう? あなたもなにか言ったらどうです? ねぇ……君?」
「え……? ヨルムン……ガンド……?」

 ヨルムンガンド──

 それは神話大戦時代にアウルゲルミルが生み出し、大規模地殻変動によってミズガルズを危機に陥れていた巨大な蛇。一説によればその全長は、大陸一つ分はあったとさえ言い伝えられる存在である。

 男が言い放った言葉が信じられず、アルが白い蛇を見る。白い蛇はぷるぷると震えながら、泣きそうな目でアルを見ていた。

「君……ヨルムンガンド……なの……?」

 確認するようにアルが白い蛇へと問いかける。こんな小さくて可愛らしい蛇がヨルムンガンドだとは到底思えない。

「うん……僕はヨルムンガンドだよ……」
「本当……に……? 君が……? たくさん人を……殺して……?」
「そうだよ……」

 「でも……でもね!」と、ヨルムンガンドが涙をボロボロと零す。

「この世界に飛ばされてから……損傷箇所を修復するために眠りについたんだ。でもその間も夢を見るみたいにずっと考えてて……僕は何のために生まれたんだろう……なんで人間達に酷いことをしてたんだろう……僕も……僕も……君たちみたいに笑って話せる相手が欲しいって! そう考えるようになったんだ! それで……それで……どうすればいいのかって考えて……体を小さく作り変えて……こ、言葉もデータを参照して覚えたんだ! この世界はオーディンが作り出したから公用語は日本語だった。僕はどちらかというと英語データのほうが多かったんだけど……日本語を話せるようになって……それで友達を探そうと出てきて……そしたらソラトに見つかって……」

 そう言ってヨルムンガンドが漆黒のローブの男をチラりと見る。どうやら漆黒のローブの男はソラトという名前のようだ。

「……それでソラトに言われたんだ。『君が悔い改めたところで過去は変わらないですよ? 友達? 君が? 思い出させてあげますよ。君の破壊衝動を』って。それでソラトが追っかけて来て……僕のことを元の大っきいヨルムンガンドに戻すって……」

 バチンッ──

 唐突にアルがソラトの頬をつ。アルの目には怒りが浮かび、体はわなわなと震えている。

「……何をするんですか?」

 頬を打たれたソラトから、身も凍るような視線がアルに向けられる。見つめられるだけで絶命してしまいそうな研ぎ澄まされた視線の槍。その視線にアルは一瞬たじろいだが、それでもキッと顔をソラトに向ける。

 正直この目の前の男、ソラトに食ってかかっては大変なことになるのだろうと、アルは本能で理解した。理解はしたが、それでも許せないことがある。自分も大好きだったノヒンやヨーコのように、間違ったことには立ち向かいたいとアルが勇気を振り絞る。

「……じゃない……」
「何ですか?」
「……やっぱり酷いことしようとしてたんじゃない! 確かにこの子は最低な過去を持つのかもしれない! でも頑張って変わろうとしてる! それにこの子は破壊衝動を持って作り出されたってことなんでしょ!? だったらすごいことだよ! 自分で考えてその道から変わろうとしてる! それをあなたは!!」

 バチンッ──

 再びアルがソラトの頬を打つ。アルは他者に対して暴力を振るうタイプではない。頬を打った手がジンジンと痛み、目からはポロポロと涙が溢れる。

「痛いですねぇ。どうやらあなたにはお仕置が必要なようだ」

 その言葉と共に、ソラトの長い黒髪がざわざわと逆立つ。空気が張り詰め、耳鳴りまでする。

「きゃあっ!!」

 ソラトの体から魔素が爆発するように発生し、アルとヨルムンガンドを吹き飛ばした。さらにソラトの周囲に光り輝く球体オーブが無数に現れて揺らめき、空間を埋めつくしていく。

「くく……お仕置と言いましたが……」

 キュン──

 アルの頬をオーブが一つ掠める。凄まじい速度で目視など出来ず、オーブはそのままアルの背後の巨木を粉々に粉砕した。遅れてアルの頬からは血が滴る。

「……死んでしまったらその時はその時ですね?」

 ソラトの声に反応するように、揺らめく無数のオーブの動きがピタリと止まる。空間を埋め尽くすほどの圧倒的な数へと達したオーブ。先程の凄まじい速度と威力……

 これら全てが放たれたとしたら、地形ごと粉々に粉砕され──

 死ぬ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~

昼から山猫
ファンタジー
異世界に降り立った元日本の弁護士が、冒険者ギルドの依頼で「クエスト契約書」を作成することに。出発前に役割分担を明文化し、報酬の配分や責任範囲を細かく決めると、パーティ同士の内輪揉めは激減し、クエスト成功率が劇的に上がる。そんな噂が広がり、冒険者は誰もが法律事務所に相談してから旅立つように。魔王討伐の最強パーティにも声をかけられ、彼の“契約書”は世界の運命を左右する重要要素となっていく。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

処理中です...