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第二部 第三章 異界の客人神
英雄の帰還
しおりを挟む何が起きたのか理解出来ず、ヴァンガルムが巨大な人型の消し飛んだ腕の辺りを呆然と見る。巨大な人型は体から蒸気のようなものを吹き出し、動きを止めていた。おそらく今の攻撃で溜めたエネルギーが放出されてしまったのだろうが……
そんなことは問題ではない。ヴァンガルムの耳に届いたあの声──
遠すぎてはっきりとは聞こえなかったが──
そんな呆然としているヴァンガルムに向け、何かが飛んで向かってくる。のだが、ヴァンガルムの目が涙で潤み、視界がぼやけてしまう。口からは「う……ぁぁ……」と声にならない声が漏れ──
「なぁに情けねぇ顔してんだよわん公」
ヴァンガルムの目の前に、あの男が降り立つ。
一人で全てを背負い──
少しでも多くの人を助けようと藻掻き──
マヤによって惨殺された──
「うぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁノヒ……ノヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ! 会いた……会いたかったぞノヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ! うぅ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
まさかヴァンガルム自身も、これほど自分が嗚咽するとは思ってもいなかった。ただ今は嬉しくて嬉しくて……
漏れ出る声と涙を止められない。
「ちっ……うるせぇったらねぇぜ。ちょっと泣き過ぎじゃねぇか?」
「う、うるさい! 我もこれほど泣くとは思わんかったわ! それより! それよりなぜだ!? なぜ貴様は生きておる!?」
「んなこたぁ後だ後。今はそれどころじゃねぇだろ?」
言いながらノヒンが血を流して倒れるジェシカの元まで行き、優しく頭を撫でる。
「来るのが遅くなっちまったな。こんなにボロボロになってよぉ……はは……髪ぃ……伸びたんだなジェシカ……」
ノヒンがジェシカを抱き起こし、伸びた髪を愛おしそうに触る。
「みんなもよぉ……こんなボロボロんなって……」
「許せねぇ……」と、ノヒンがジェシカを優しく寝かせ、ボロボロになった皆を見る。
「……こやつらなら大丈夫だ。貴様がいなくなってから、損傷回復速度を高める術を獲得したのでな」
「んな方法があんのか?」
「貴様の超速再生だ。超速再生の魔術コードをジェシカが分析し、それをヘルヘイムによって他者の魔石へと……と聞いておるのかノヒン?」
「ん? ああ聞いてるぜ? なんかパワーアップしたんだろ?」
「ちっ……」
「貴様は本当に……」と、ヴァンガルムが嬉しそうに微笑む。
「とりあえずあのデカブツをぶっ飛ばすとして……ここにこいつらを寝かしてんのはあれだな。アル! 聞こえっかアル!!」
ノヒンの叫びと共に空間が歪み、中からランドの妹──アルが、薄緑色の長い髪を靡かせながら姿を現す。服は失われし東方の国──日本に伝わる巫女装束のようなもので、とても美しい。
「そんなに叫ばなくても聞こえてるよノヒン兄。それとこんにちは。えぇと……ヴァン……ちゃん?」
アルが柔らかい笑みを浮かべながら、ヴァンガルムを見る。
「ノヒンの記憶で見たことはあるが……貴様はアル……か? それにしては体が……」
ヴァンガルムのデータの中のアルは、幼い少女の姿だ。だが目の前のアルは長い年月で成長し、とても女性らしい美しい姿へと変化していた。
「そっか。たぶんヴァンちゃんの中にあるデータだと、私は子供のまんまだもんね? 改めてよろしくね。ヴァンちゃん?」
「ちっ……いつの間にか可愛らしい名で定着してしまったようだな」
そう言ってヴァンガルムが、やれやれといった様子で首を振る。
「つーかソラトの野郎はどこだ?」
「ソラトならランド兄のところだけど……たぶんこっちも見てるんじゃないかな? ノヒン兄の声を聞いて私を転送してくれたみたいだし……」
ノヒンとアルの口から「ソラト」と聞こえ、ヴァンガルムが驚きの表情でノヒンを見る。
「ソラトだと!? ガランドウのことか!?」
ガランドウとは三大咎の一人であり、長らく行方知れずだった男。
「ん? ああ。色々あってちょっと協力してくれてんだ」
「ガ、ガランドウが協力だと!? そんなバカな話……」
「んな興奮すんなよ。とにかく積もる話しは後だ。アル、みんなを安全な場所まで運べるか?」
ノヒンがヴァンガルムが話すのを遮り、アルに指示を出す。
「うん。任せて。ヴァンちゃんはどうする? 私と一緒に避難する?」
「我はノヒンの専用兵装。共に戦わせてもらう」
そう言いながらヴァンガルムが動こうとするが、足がもつれる。
「あぁん? おめぇ……どっか調子悪ぃだろ? 動きがおかしいぜ?」
「少し魔石を損傷してな。だがまだ戦える」
「ちっ……おいアル! わん公も連れてってくれ!」
「うん。あんまり無理しないでね? ノヒン兄」
そう言ってアルが胸の前で手を組む。すると髪が蔦のように変化し、負傷したジェシカ達やヴァンガルムに絡みつく。離れた場所にいたセティーナの元にも蔦が伸び、アルの元へと連れてきた。さらに色とりどりの花や草木が絡み合いながら現れて形を変え、花や草木で構成された巨人へと変わる。
「は、離せ! 離さんか! 我も……我もノヒンと共に戦う!!」
「ダメだよヴァンちゃん? 魔石が完全に壊れたら治せない。ちゃんとノヒン兄が戦ってるところが見える場所に行くから」
「ぐうぅ……だが……だが……」
「ノヒン兄なら大丈夫だから……ね?」
そのままアルは巨人の掌の上に乗り、蔦を使って負傷した皆とヴァンガルムを巨人へと括りつける。
「任せたぜアル?」
「うん。とりあえず少し離れた場所にいるから……何かあったら言ってね?」
アルがそう言うと巨人がゆっくりと歩き出し、見晴らしのいい高台の上へと移動した。
「っし!」
ノヒンがアルが離れたのを確認し、ガチンと拳を合わせて気合を入れる。鉄甲や黒錆色の剣はマヤに握り潰されて破壊されたはずだが、ノヒンの体にしっかりと装着されていた。
「んじゃまぁさくっと終わらせるぜヘビ公」
「だから僕はヘビ公じゃない! ヨル君って呼んでって言ってるでしょ!」
ノヒンの問いかけに反応するように、一匹の白い蛇がノヒンの服の中から這い出し、少年のような声で話す。
「ははっ! 今回頑張ったら考えてやってもいいぜ?」
「別にいいもん! アルが呼んでくれるからいいもん!」
「素直じゃねぇなぁ? ……っし! じゃあ行くぞヘビ公! 『アクセプト!』」
ノヒンが叫ぶと同時、目の前に『/convert armor Nohin』と白く輝く文字が現れ、白い蛇──ヨル君が黒い霧となってノヒンの体を包み込む。そのまま黒い霧はガチガチと形を変え、純白の鎧となってノヒンを包み込んだ。
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