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第二部 第三章 異界の客人神

短縮魔術

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 ──モザンビーク村、ミシェリーの家

 ミシェリーの家は海沿いにある質素な木造の家で、裏手には馬小屋と井戸。お世辞にも綺麗な外観とは言い難い家だ。だが一歩中に入ってみれば、鮮やかなモスグリーンの絨毯に、ふわりと風になびく白いレースのカーテン。室内は綺麗に片付けられ、生けられた花からは優しく甘い香りが漂う。

「ではお言葉に甘えて少し眠らせてもらう…… [私も……眠く……]」

 ジェシカがミシェリーの家に入るなり、ふらふらとベッドへ倒れ込んだ。

「もう! 寝る前にご飯とシャワー! ……って……もう寝てる?」

 倒れ込んですぐに聞こえてきた、すーすーというジェシカの寝息。よほど疲れていたのだろうか、深い眠りに落ちている。

 ミシェリーが知る限り、ここ最近のジェシカは日に。それも座るか壁に寄り掛かるかして……だ。

 では何故それをミシェリーが知っているのか。

 それはミシェリーが無属性魔術の魔女だからである。無属性魔術は闇属性魔術の下位互換と云われ、出来ることが多い。と言っても威力は低く、代を重ねた魔女であるミシェリーは小規模魔術しか使えない。

 その中で遠方を視認する無属性魔術『遠見ディスタントビジョン』によって、ジェシカを観察していた。もちろんそのことはジェシカに言っておらず、バレたら怒られるだろうなと思いながらもやめられずにいた。

「ふふ。ジェシカさんの寝顔……子供みたいでかわいい。確か……主導権がある方が寝るともう片方も寝ちゃうんだっけ? ヨーコさんも寝たかな?」

 ミシェリーが丸まって眠るジェシカの頬を指でつんつんと触る。ジェシカとヨーコは体の主導権を持っている方が眠った場合、もう片方も眠りに落ちる。おそらく同じ脳を使っているからだろうが、個別に起きているということはない。

「ちょっとくらい……いいよね?」

 眠るジェシカにミシェリーが唇を重ねる。そのまま後ろから抱きしめると、ジェシカの口から寝言だろうか、「会いたいよ……」と泣きそうな声が漏れる。

「ノヒンさんのことかな? ふぁっ!」

 唐突にジェシカが体の向きを変え、二人は正面から抱き合う形となった。そのままジェシカが「ノヒン……」と呟きながら、涙を流す。

「ジェシカさんかわいそう……私に何かしてあげられないかな……?」

 そう言ってミシェリーが考え込み、しばらくして「そうだ……」と呟く。

「魔術なら癒してあげられるかも……。でも私の魔術で効くかなぁ?」

 ミシェリーの体からざわざわと黒い霧が滲む。

「まずはとりあえず……『揺らぐ狭間の意識……入眠フォーリングスリープ』」

 ミシェリーが詠唱なしで魔術を発動。黒い霧がジェシカの体に纏わりつくが……

「ああ……ダメだ……やっぱり弾かれちゃう。そ、そうなると仕方ない……よね? 『揺らぐ狭間の意識……』んん……」

 『入眠フォーリングスリープ』と、ミシェリーがジェシカに唇を重ねて魔術を発動。ジェシカの体内に黒い霧が侵入する。

「効いた……みたいだね。これでゆっくり休めるだろうけど……あとはあとは……んしょんしょ……」

 何を思ったのかミシェリーがジェシカの服を脱がせ、自身も服を脱いで裸になる。
 
「これならジェシカさんにも届くよね……? 『まとい癒すことわりの力……再生リカバリードレス』」

 再度ミシェリーが詠唱なしで魔術を発動。これは魔素の膜を自身に纏わせ、自身と触れた相手の自己治癒能力を高める魔術。ただミシェリーの魔術は弱いので、服を着た状態では相手に届かせること出来ず、肌を触れ合わせてようやく効果を発揮する。力が強い魔女であれば、触れずに一定距離内に効果を及ぼすことも可能だ。

「ジェシカさんあったかい……ふぁっ!」

 寝ぼけているのだろうか、ジェシカが「ノヒン……」と呟きながらミシェリーの首筋にキスをした。そのままジェシカの唇がミシェリーの唇に移動し、指が体を這う。ジェシカの体からはざわざわと魔素が漏れだし、ミシェリーの体内へと侵入。ミシェリーは自身の魔石が熱くなる感覚を覚え、身悶える。

「ん……んん……ダメ……だよ……ジェシカ……さ……ん」

 ミシェリーが寝ぼけるジェシカに身を任せ、ベッドの軋む音とシーツが擦れる音。そして……

 ミシェリーの嬌声が部屋に響く。


---


 ──数刻後

「うぅ……足がガクガクするよ……」

 ミシェリーがベッドから起き上がり、ジェシカに毛布をかける。

「さっきの魔石が熱くなる感じはなんだったのかな……」

 ジェシカの魔素が自分の中へと侵入し、体の中を掻き回す感覚。そうして魔石が熱くなり……

 ミシェリーが「ふふっ」と笑い、「でも気持ちよかったよ」と、ジェシカの頬に軽くキスをした。

「ジェシカさんもぐっすり眠れてるみたいでよかった……」

 丸まって眠るジェシカの背中を優しく擦りながら、ミシェリーが呟く。自分の弱い魔術でもジェシカの役に立てたことが嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。

「でもやっぱり私の魔術は弱いよね。せっかくルイスさんが短縮魔術開発したのに……これじゃ戦いだと役に立てないよね」

 短縮魔術──

 それはここ最近でルイスが完成させたものだ。予め体に詠唱の文言を刻み、それに魔素を通すことでで魔術を発動することが出来る技術体系。これはセリシアやセティーナの縦縞の痣バーコードを研究することで得た、に近しい力であり、ルイスが広く普及させようとしている。

 セリシアやミシェリーが詠唱なしで魔術を発動させたのはこの技術だ。現段階では中規模魔術までだが、そのうち大規模魔術も発動可能にしたいとルイスは考えている。(※大規模魔術は詠唱の文言が長大であり、難しい)
 
「今の私に出来るのは索敵くらいか。とりあえず……『果てまで見通すことわり……遠見ディスタントビジョン』」

 ミシェリーの体から黒い霧が発生し、霧が部屋の外へと出ていく。それと同時、ミシェリーの脳内に外の映像が浮かぶ。

「やっぱり映像荒いなぁ……距離的にはかなり遠くまで見れるようになったけど……」
 
 ミシェリーの『遠見ディスタントビジョン』でカバー出来る範囲はおよ六十キロ。これでも最初は二十キロ程までしか見ることが出来ず、かなり上達した。遠くなればなるほど映像は荒くなるが、それもこれもジェシカの役に立ちたくて必死に練習した成果である。

 本来魔術とは練習したとしても上達するということはほとんどない。稀に想いの力によるものだろうか、ミシェリーのように上達する者もいるが……

 それほどミシェリーはジェシカの役に立ちたいと思っていた。戦えないのであれば、せめて他の部分で役に立とうと。

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