上 下
186 / 229
第二部 第三章 異界の客人神

ミシェリー

しおりを挟む

 ──フリッカー大陸貿易港、モザンビーク村

 モザンビーク村は、プレトリアから北東に千百キロ程の位置にある貿易港。大外洋沿いに南北に長い海岸線を持つ。

 この海岸線には景色の美しい人気のビーチが点在し、フリッカー大陸では古くから親しまれてきた場所である。今現在は貿易どころではないので、癒しを求めてフリッカー大陸中から人が訪れる賑やかな村。

 その海岸線を一人、ジェシカが歩いていた。ノヒンの死から一度も髪を切っておらず、胸上まで伸びた艶やかな黒髪がさらさらと風に揺れる。夕日に照らされた顔は儚げで美しく、誰もが見入ってしまうような魅力を漂わせていた。ジェシカは「死の乙女」「黒豹」の名で有名ではあるが、もちろん知らない者もいる。

 そんな中、ビーチに佇むジェシカの様子を見知らぬ男が二人、食い入るように伺っていた。


 おい、めちゃくちゃ美人だぞ──
 ちょっとお前行ってこいよ──
 え? ちょっとあれはレベル高すぎだって──
 いいから行ってこいって──


 そんなやり取りを終えた男が一人、ジェシカに近付く。近くで見たジェシカはより一層美しく、男は思わず息を飲んだ。

「お姉さん? 一人で何してるの? よかったら俺ら……ひぐぅっ!!」

 男が話しかけた次の瞬間には、地面に叩き付けられていた。

「ご、ごめんなひゃいっ!!」

 男の目の前には、身震いするほどに冷たい目をしたジェシカの顔。男の首筋には、鋭く研がれたクナイがあてがわれている。

「殺すぞ」

 なんの感情も感じられない、冷ややかなジェシカの言葉。

「ゆ、許ひてっ! 殺さないでっ!!」

 男が涙ながらに懇願するが、ジェシカがクナイを握る手にギリギリと力を込めていく。首筋の皮が切れて肉に食い込み、血が滲む。そこでジェシカがフッと力を抜き、男を解放した。

「行け。二度と私の前に現れるな」

 その言葉を聞いた男が、ほうほうの体で逃げて行く。

「[やり過ぎだよジェシカ……] 姉さんは黙っていてくれ」

 そう言ってジェシカが海を眺め、「私は関わった者達を不幸にする」と呟く。

「[だからってやり過ぎだよ?] うるさい。 [最近全然寝てもないし……そろそろスイッチしよ?] 黙れ」

 取り付く島もないジェシカの様子。ノヒンが死んでからしばらくの間、ジェシカは誰とも話さず塞ぎ込んでいた。閉じこもった部屋からは「私のせいだ」「私と出会わなければノヒンは」「会いたい」「ノヒン」「寂しいよノヒン」と、同じ言葉ばかりが聞こえてきていた。

 アラガネが現れるようになってからは「ノヒンが救った世界を汚すな!」と、狂ったようにアラガネ討伐に奔走している。

「姉さんはよく平気だな? [平気なわけないでしょ……] ではなぜ明るく私に話しかける。 [それはジェシカが心配だから……] 余計な……余計なお世話だっ! 私に構うなっ!!」

 美しい海岸線にジェシカの叫びが響き、ヨーコがかける言葉を失う。ジェシカは責任を感じていた。あの時、もう少し早く自分が飛んでいれば……と。

 もう少しで手が届きそうだった。あと少し、あとほんの少し早く駆け付けられていたら……

 ノヒンを助けられたかもしれない。

 もっと早く異変に気付いていれば……

 そもそも一緒に戦っていれば……

 いや、……

 と、思ってしまう。

 大人しくラグナスに抱かれ、ラグナスの子を産み……

「そんな……の……やだ……よぉ……うぅ……ノヒ……ン……うぅ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 ジェシカが嗚咽しながら涙を流す。どれだけ泣いても喚いてもノヒンはもう……

 いない。

「あ! いたいた! ジェシカさーん!」

 泣き崩れるジェシカの元に、村の方から眼鏡を掛けた女性が駆け付ける。

「……なにか用か?」

 先程まで泣いていたとは思えない、ジェシカの気丈な態度。

「もう! ジェシカさんはかわいいんだから笑いなよ!」
「余計なお世話だ」

 声をかけてきたのはミシェリーという名の女性。ジェシカと同じくらいの年齢だろうか、オレンジ色のふわふわのくせっ毛に、どこかセリシアに似た可愛らしい顔。鮮やかな花柄のワンピースを着た、よく笑う明るい女性だ。

 このミシェリー、ジェシカにとても懐いている。何度冷たくされても笑顔でジェシカに接し、聞いてもいない話を延々と語る。

 周囲に冷たく接し、時には暴力を振るってでも人を近付けさせないジェシカになぜここまで懐くのか……

 それはアラガネに襲われていたミシェリーをジェシカが助けたからである。ミシェリーは人型のアラガネに襲われていたのだが、その体を陵辱される寸前──

 颯爽と現れたジェシカに助けられた。その日からミシェリーにとっての王子様はジェシカとなった。女性なのに王子様? と思うかもしれないが、ミシェリーはあの日からジェシカに恋をしている。

「今日もジェシカさん外で過ごすの?」
「そのつもりだ」
「えー? たまにはベッドで寝ないとだよ! 私の家ベッド広いから使って! ヨーコさんも何か言ってあげてよ!」
「[ジェシカ……たまにはちゃんと休も?] うるさい」
「あー! ジェシカさん! お姉さんにそんな口の聞き方したらダメだよ!」
「休んでなんていられるか。ノヒンが残した世界を荒す連中は……」

 「皆殺しだ」と、ジェシカが低い声で呟く。

「もう! だからこそちゃんと休まないとだよ! 最近動きにキレがないのはバレてるんだからね!」
「余計なお世話だ」
「ダメ! 余計なお世話する! すーるーのっ! やだ! やだやだ!! 今日は折れない! 逃がさない! いいの!? ずっとまとわりついて話しかけるけどいいの!? ねぇねぇジェシカさーん? 聞いてますかジェシカさーん? ねぇね……ふごっ!!」

 ジェシカが騒ぐミシェリーの口を手で塞ぐ。

「……うるさくてかなわない。少し寝るだけだ」
「え? いいの!? やったー!!」

 冷たく接してはいるが、ジェシカはミシェリーに対して心は開いている。ただ、自分と関わって不幸になって欲しくないという思いから、冷たく接していた。 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~

昼から山猫
ファンタジー
異世界に降り立った元日本の弁護士が、冒険者ギルドの依頼で「クエスト契約書」を作成することに。出発前に役割分担を明文化し、報酬の配分や責任範囲を細かく決めると、パーティ同士の内輪揉めは激減し、クエスト成功率が劇的に上がる。そんな噂が広がり、冒険者は誰もが法律事務所に相談してから旅立つように。魔王討伐の最強パーティにも声をかけられ、彼の“契約書”は世界の運命を左右する重要要素となっていく。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

処理中です...