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第二部 第三章 異界の客人神
ミシェリー
しおりを挟む──フリッカー大陸貿易港、モザンビーク村
モザンビーク村は、プレトリアから北東に千百キロ程の位置にある貿易港。大外洋沿いに南北に長い海岸線を持つ。
この海岸線には景色の美しい人気のビーチが点在し、フリッカー大陸では古くから親しまれてきた場所である。今現在は貿易どころではないので、癒しを求めてフリッカー大陸中から人が訪れる賑やかな村。
その海岸線を一人、ジェシカが歩いていた。ノヒンの死から一度も髪を切っておらず、胸上まで伸びた艶やかな黒髪がさらさらと風に揺れる。夕日に照らされた顔は儚げで美しく、誰もが見入ってしまうような魅力を漂わせていた。ジェシカは「死の乙女」「黒豹」の名で有名ではあるが、もちろん知らない者もいる。
そんな中、ビーチに佇むジェシカの様子を見知らぬ男が二人、食い入るように伺っていた。
おい、めちゃくちゃ美人だぞ──
ちょっとお前行ってこいよ──
え? ちょっとあれはレベル高すぎだって──
いいから行ってこいって──
そんなやり取りを終えた男が一人、ジェシカに近付く。近くで見たジェシカはより一層美しく、男は思わず息を飲んだ。
「お姉さん? 一人で何してるの? よかったら俺ら……ひぐぅっ!!」
男が話しかけた次の瞬間には、地面に叩き付けられていた。
「ご、ごめんなひゃいっ!!」
男の目の前には、身震いするほどに冷たい目をしたジェシカの顔。男の首筋には、鋭く研がれたクナイがあてがわれている。
「殺すぞ」
なんの感情も感じられない、冷ややかなジェシカの言葉。
「ゆ、許ひてっ! 殺さないでっ!!」
男が涙ながらに懇願するが、ジェシカがクナイを握る手にギリギリと力を込めていく。首筋の皮が切れて肉に食い込み、血が滲む。そこでジェシカがフッと力を抜き、男を解放した。
「行け。二度と私の前に現れるな」
その言葉を聞いた男が、ほうほうの体で逃げて行く。
「[やり過ぎだよジェシカ……] 姉さんは黙っていてくれ」
そう言ってジェシカが海を眺め、「私は関わった者達を不幸にする」と呟く。
「[だからってやり過ぎだよ?] うるさい。 [最近全然寝てもないし……そろそろスイッチしよ?] 黙れ」
取り付く島もないジェシカの様子。ノヒンが死んでからしばらくの間、ジェシカは誰とも話さず塞ぎ込んでいた。閉じこもった部屋からは「私のせいだ」「私と出会わなければノヒンは」「会いたい」「ノヒン」「寂しいよノヒン」と、同じ言葉ばかりが聞こえてきていた。
アラガネが現れるようになってからは「ノヒンが救った世界を汚すな!」と、狂ったようにアラガネ討伐に奔走している。
「姉さんはよく平気だな? [平気なわけないでしょ……] ではなぜ明るく私に話しかける。 [それはジェシカが心配だから……] 余計な……余計なお世話だっ! 私に構うなっ!!」
美しい海岸線にジェシカの叫びが響き、ヨーコがかける言葉を失う。ジェシカは責任を感じていた。あの時、もう少し早く自分が飛んでいれば……と。
もう少しで手が届きそうだった。あと少し、あとほんの少し早く駆け付けられていたら……
ノヒンを助けられたかもしれない。
もっと早く異変に気付いていれば……
そもそも一緒に戦っていれば……
いや、自分がノヒンと愛し合わなければ……
と、思ってしまう。
大人しくラグナスに抱かれ、ラグナスの子を産み……
「そんな……の……やだ……よぉ……うぅ……ノヒ……ン……うぅ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
ジェシカが嗚咽しながら涙を流す。どれだけ泣いても喚いてもノヒンはもう……
いない。
「あ! いたいた! ジェシカさーん!」
泣き崩れるジェシカの元に、村の方から眼鏡を掛けた女性が駆け付ける。
「……なにか用か?」
先程まで泣いていたとは思えない、ジェシカの気丈な態度。
「もう! ジェシカさんはかわいいんだから笑いなよ!」
「余計なお世話だ」
声をかけてきたのはミシェリーという名の女性。ジェシカと同じくらいの年齢だろうか、オレンジ色のふわふわのくせっ毛に、どこかセリシアに似た可愛らしい顔。鮮やかな花柄のワンピースを着た、よく笑う明るい女性だ。
このミシェリー、ジェシカにとても懐いている。何度冷たくされても笑顔でジェシカに接し、聞いてもいない話を延々と語る。
周囲に冷たく接し、時には暴力を振るってでも人を近付けさせないジェシカになぜここまで懐くのか……
それはアラガネに襲われていたミシェリーをジェシカが助けたからである。ミシェリーは人型のアラガネに襲われていたのだが、その体を陵辱される寸前──
颯爽と現れたジェシカに助けられた。その日からミシェリーにとっての王子様はジェシカとなった。女性なのに王子様? と思うかもしれないが、ミシェリーはあの日からジェシカに恋をしている。
「今日もジェシカさん外で過ごすの?」
「そのつもりだ」
「えー? たまにはベッドで寝ないとだよ! 私の家ベッド広いから使って! ヨーコさんも何か言ってあげてよ!」
「[ジェシカ……たまにはちゃんと休も?] うるさい」
「あー! ジェシカさん! お姉さんにそんな口の聞き方したらダメだよ!」
「休んでなんていられるか。ノヒンが残した世界を荒す連中は……」
「皆殺しだ」と、ジェシカが低い声で呟く。
「もう! だからこそちゃんと休まないとだよ! 最近動きにキレがないのはバレてるんだからね!」
「余計なお世話だ」
「ダメ! 余計なお世話する! すーるーのっ! やだ! やだやだ!! 今日は折れない! 逃がさない! いいの!? ずっとまとわりついて話しかけるけどいいの!? ねぇねぇジェシカさーん? 聞いてますかジェシカさーん? ねぇね……ふごっ!!」
ジェシカが騒ぐミシェリーの口を手で塞ぐ。
「……うるさくてかなわない。少し寝るだけだ」
「え? いいの!? やったー!!」
冷たく接してはいるが、ジェシカはミシェリーに対して心は開いている。ただ、自分と関わって不幸になって欲しくないという思いから、冷たく接していた。
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