上 下
181 / 229
第二部 第三章 異界の客人神

ユミル

しおりを挟む

「スレイプニルが知らないと何故分かる? いや……スレイプニル自体も干渉されていると考えた方がいいようだな。いったいいつからだ?」
「アウルゲルミルが眠りにつき、スレイプニルやフェンリル、ニヴルヘイムが休眠している間よ。データアクセス権は。それと安心して? 専用兵装は少し記憶領域に干渉しただけだから」
「まるで数千年生きているような口ぶりだな」
「少し違うわね。データを継承しているだけよ?」
「言ってよかったのか?」
「どうせあなたなら気付くでしょうし、面倒なやり取りを省いただけ。だってあなた……」

 「とっても優秀だから」と、シェーレが笑う

「それで? あなたが施した神器とはどの程度のものなんだ?」
。争うって無駄じゃない?」
「そういえばそちらは争いがほとんどない世界だったな」

 シェーレに渡されたデータ端末によれば、アメリカ大陸ではアウルゲルミルが眠りについてから、争いというものがなくなった──となっている。

「合理的でしょ? 結果なんて決まっているのだから。確率世界の観測……とでも言えば分かるかしら?」
「なるほど、すでにあなたもその段階に至っているんですね」
「そうね。でも結局は複数分岐の確率でしかないわ。だからこそレイラだけには強力な措置を取らせて貰っているの。レイラはヴァンの因子が濃く発現した個体。逆らわれでもしたら厄介だったのよね。表向きはレイラがここ日本を管理していたのだけれど……」
「それならばレイラがいないほうがいいのではないか?」
「私……独占欲が強いの。それに手のかかる子ほど可愛いって言うでしょ? 返すなら今よ? 一度死んでしまったとなると……はず。サマンサもニヴルヘイムの影響がなくなったことで本来の力を取り戻しているでしょうし……」

 「こちらに戻す方が得策よ」と、シェーレの冷たい視線がラグナスに向けられる。

「問題が山積しているな。まあだが……」

 「レイラとサマンサを渡すつもりはない」と、ラグナスが柔らかく微笑む。静かな、それでいて激しい二人の腹の探り合い。

「ああそれと、こちらに言葉を合わせて貰ってすまないな」
「なんのことかしら?」
「こちらでは神器のことをN.T.Dエヌティーディー(NACMOナクモtypeタイプ.Deviceデバイス)やN.T.Iエヌティーアイ(NACMOナクモtypeタイプ.Instalインストlationレーション)などと呼ぶのだろう?」
「ちゃんと嫌味は通じていたようね? 本当に優秀で感心してしまうわ」
「こちらもあなたの底意地の悪さに感心しているところだ。出来ればもう少しあなたと戯れていたいところだが、遊んでいる暇はないのでね。ミズガルズ王国との協定に関しての答えを聞かせてもらおう」
「あら? 聞かなくても分かってるくせに。それともあなたが観測した分岐先では手を取り合っていたのかしら? ふふ、まあでも……」

 「……答えはノーよ」と、シェーレが微笑む。

「私達はジアースに統合されたけれど、自由にやらせてもらうわ。そっちはそっちで好きにやってちょうだい」
「一応だが、理由を聞いても?」
「こちらはすでに争いのなくなった世界。巻き込まないで欲しいだけよ? アウルゲルミルが復活したとして、こちらに影響はないわ。
「まるでのようだな? だが争いがなくなったと言っても、ここ最近出現するようになったアラガネに対してはどうする? そちらはという選択肢を取れないような措置をしているのだろう? いや……」

 「……違うか」と、ラグナスが考え込む。その姿を満足そうにシェーレが眺め、まるで獲物を狙うかのように舌なめずりをした。

のだな? つまりレイラに施した強力な措置とは、程の強力なものということか」
「そういうことよ。それに……」

 「私がいればからの贈り物程度は問題ないわ」と、シェーレが笑う。

「とりあえず、私もあなたの邪魔をしないと約束するわ」
「やれやれ。交渉は決裂ということだな」
「不服かしら? 不服なのだとしたら……今……やる?」

 そう言うとシェーレの髪がざわざわと蠢く。空気も一段と張り詰め、やはりただの魔女だとは思えない圧倒的な重圧。

「ふふ。争わないのではなかったか?」
「あなたが殺気を向けるからよ?」
「……とりあえずはやるつもりはない。私の目的にも、もはやアウルゲルミルなどどうでもいいのでな」
「それはよかったわ。でも……邪魔だけはしないでちょうだいね?」

 そう言ってシェーレが手を差し出したので、ラグナスが握り返す。

「もう手遅れだろう?」
「あなたが拒んだのよ? まあ……」

 「しばらくは様子を見させて貰うわ」と、シェーレがラグナスの耳元で囁く。

と接触したのでしょう?」
「ああ。彼がどうするかで局面は変わる。無数にある分岐は彼のせいでもあるのでね」
同士……苦労が絶えないわね?」
「では私は失礼させて貰うよ。『アクセプト転移』」

 ラグナスが一礼して導術を発動。黒い霧がざわざわと溢れ出し、そのまま霧散して姿が消えた。

「考えの読めない男だったわね」

 部屋に残ったシェーレがソファに腰掛け、呟く。その呟きに反応するように「放っておいてよかったのですか?」と、シェーレの脳内に男性とも女性ともとれる無機質な声が直接響いた。

「ガランドウが接触したとなると、見極めなければならないわ。ラグナスが言っていた通り、彼の動きで全てが変わる。厄介な相手だと思わない?」
(そうですね)
「紅茶貰ってもいいかしら?」

 シェーレがそう言うと、目の前のテーブルの上に黒い霧が滲み、華やかな香りの紅茶が現れた。

「ん……とっても美味しいわ。これはベルガモットかしら?」
(少々苛立っていたようでしたので、リラックス効果のあるものを、と。とりあえずの措置を講じようと思いますが、よろしいですか?)
に任せるわ」
(了解しました。ではミズガルズ王国からの干渉を極力排除するため、アメリカ大陸を浮上させます)

 ユミルと呼ばれた声の主がそう言うと、微かに部屋が揺れる。

「ちょっとユミル? もう少しうまくやってくれない?」

 「紅茶をこぼしちゃったじゃない」と、シェーレが服を脱ぎ、肌が露わになる。露わになった肌には古ミズガルズ語だろうか、呪文のような文字がうっすらと浮かんでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

 女を肉便器にするのに飽きた男、若返って生意気な女達を落とす悦びを求める【R18】

m t
ファンタジー
どんなに良い女でも肉便器にするとオナホと変わらない。 その真実に気付いた俺は若返って、生意気な女達を食い散らす事にする

処理中です...