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第二部 第三章 異界の客人神

余話─天馬と咎─

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 ──ノヒンの葬儀三日前、ノヒンとマヤの死闘中

「くく……まさかあのような方法でジェシカを救うとはな」

 無人となった聖王都ソール。季節外れの花々が咲き誇る王宮の中庭で、ロキが笑う。

「なんのことだ? 私はただノヒンを殺そうとしただけだが……」
「素直ではないのですね。マスターは」
「スレイプニル、君までそんなことを言うのか?」

 ラグナスがやれやれと言った雰囲気で、中庭にあるベンチに腰掛けた。ベンチには無言で座るレイラと、ジェシカの母──

 サマンサの姿。

「まさかサマンサの魔石まで回収しているとはな。秘密主義にも程があるわ」
「当然だろう? ヘルの力を受け継ぐ者を回収しに行ったのだからな」
「くく……か。まだ完全ではないのか?」

 ロキが無言のレイラとサマンサを見、ラグナスに問いかける。

「君から貰ったニヴルヘイムは完全ではないのでね。何度か使用しなければ完全には治せんさ。そのうえヘルヘイム発動はドラウプニルがいくつあっても足りないほどに魔素を消費する。時間がかかるだろうな」

 ヘルヘイムは死者を復活させる奇跡のような力だが、魔素の消費量は凄まじい。魔素を溜めておく腕輪型の神器──ドラウプニルは、そのために作られた神器だ。

 ヘルもドラウプニルをいくつも重ね付けし、ヘルヘイムを発動していた。無機物の分解、再構築であれば少ない魔素消費量なのだが……

 死者蘇生の場合、使

「今は外見だけの再生だが……」

 ラグナスがレイラの頬を優しく撫でる。

「くく……使? 具合はどうだ?」
「下衆な勘繰りはやめろ。はニヴルヘイムであってジェシカではない」
「やはり抱いたという発言は嘘なのだな。くく……」

 不敵に笑うロキに、ラグナスの刺すような視線が向けられる。

「君の軽口に付き合っている暇はないんだ。とりあえず確認したいことがあるんだが……」

 そう言ってオーブ状の次元干渉型神器、NACMOナクモtypeタイプ.Deviceデバイス ユグドラシルをラグナスが取り出す。

 取り出されたユグドラシルを見て、ロキが「ほう」と声を上げた。

の正体を知ったのか? いや……スレイプニルから情報は得られるか」
「残念ながら私は知りませんでしたよ? 私も記憶領域に損傷があったので、マスターは自力で答えに辿り着きました。私がマスターに教えたのは、この世界に伝わる神話大戦時代の大まかな流れだけです。フギンとムニンも重要事項にはロックがかかっていますからね」
「自力でとは素晴らしいな……して、どうやってその答えに辿り着いた?」

 ロキの問いかけに、ラグナスが「簡単なことだったんだ」と答える。

「神話での記述……魔素の有り様……もう少し深く考えていればもっと早くに気付けたのかもしれない」
「答え合わせをしてやろう。端的に話せ」
「……この世界は次元干渉によって分断された世界ではない。
「なぜそう思う?」
。細かい話をすれば多々あるが……まずは魔素だな。神話大戦で猛威を振るったアウルゲルミルは、世界を魔素で満たそうとしていたはずだ。だがこの世界の魔素の性質はどうだ? 人里離れた場所や薄暗がり、夜になると魔素が濃くなるが、それも人のいない場所だけだ。

 「正解だ」とロキが頷く。

「随分簡単に認めるんだな。細かい話は聞かないのか?」
「この世界が球体であることや神話時代の遺物が少ないということだろう? 元の世界があって切り取られたにしては不自然だろうな」

 ロキのその言葉に、「やはりそういうことか」とラグナスが頷く。

「……このを作ったのは誰だ?」
がユグドラシル本体ではないと気付くとは……流石だな」
「神話で唄われているだろう? このデバイスを使ったのはオーディンだが、十二の咎は神の園にて大樹……ユグドラシルを囲っている。つまりこれはユグドラシルのデバイス周辺装置ということだ。まあ大樹がユグドラシルだというのは勘だがな。それを踏まえて考えると……」
「それも正解だ。デバイスを作ったのは三大咎さんだいこう調律ちょうりつ天翔結音アマトユウネと二代目アラハバキの荒羽場亜樹アラハバアキだ。それにしても……」

 ロキが心の底から楽しそうに「くくく……」と笑う。

「貴様も三大咎さんだいこうの存在を知ったのだろう? も一枚岩ではないのだ」
「この世界……いや、オリジナルを含めて中々にめんどうなことになっているようだな」

 「お互いに頭が痛くなるな?」と言ってロキが笑う。

「して? 今後貴様はどうしたいのだ?」
はユグドラシルのデバイスだったのだろうが……」

 ラグナスがオーブ状のユグドラシルを手のひらの上で遊ばせる。

「……オーディンの世界生成によってユグドラシル本体と同程度の力を持った……と考えていいんだな?」
「くはっ! 素晴らしい! 素晴らしすぎるぞラグナス! 何故だ? 何故そこまでのことに気付いた!?」
「君やマヤが神話大戦からの数千年、こちらに干渉出来なくなっていたことを鑑みてだな。いや……それを考えればこちらのデバイスの方が性能が上……ということか?」
「答えはそれでよいのか?」
「……ということは少し違うのだな。つまり……」

 「もはや別物……ということか?」とラグナスが確信に近い表情で問いかける。

「そういうことだ。はユグドラシルから切り離され、独自の神器へと成った。オーディンの執念とでも言えばいいのか……オーディンの成した世界構築の力が強すぎ、もはや本体からでは干渉出来なくなっていたのだ。オーディンの構築した世界は素晴らしいぞ? ユグドラシル本体だけではなく、マヤや私の次元干渉すら拒絶していた」
「それを私が壊したというわけか。私の願いはだったからな」
「そうだ。貴様がユグドラシルを起動したおかげで拒絶する力が弱まったのだ」
「再度拒絶は?」
「貴様とオーディンでは性質が違う。同レベルの拒絶が出来るかどうかは定かではない」
「そうなると、今後もマヤの干渉はあると考えた方がいい……ということか。残る三大咎さんだいこうは?」
「アマトであれば私が喰った。残る一人は消息不明だ。はある意味ではマヤよりも厄介だが、消息不明な以上考えても無駄だろう」
空虚くうきょなる……厄介そうだな」
「……会ったことがあるような口ぶりだな?」
「ふふ。どうだろうな? ただこちらも相応の準備をしなくてはならないだろう」
「ほう……準備とな? 何をするつもりだ?」

 そうロキに問われたラグナスが立ち上がり、ユグドラシルを握りしめる。

「早急に私はこの世界を一つの国にする。今いる人間を全て半魔や魔女に変えてな。エインヘリャルの儀を経験することで、降魔化の原理はある程度把握した。私の導術であれば……」
「くく……文字通りエインヘリャル……貴様の戦士とするわけだな? だが半魔や魔女を迫害した人間に頼るのか?」
「……レイラを殺した蛆虫どもは排除した。そのレイラも完全ではないが復活した。放っておいても半魔や魔女だけの世界になる。当初の目的は果たしたさ。今後は……まあ見てのお楽しみだ」
「勿体ぶるではないか」
「君ほどじゃあない」
「くく……貴様は本当に食えん男だ。いまだ真意が分からん。それより……」

 「ノヒンはいいのか?」と、ロキが真剣な表情でラグナスに問う。

「これまでの貴様を見ていると、ノヒンを本気で殺そうとしているようには見えないのでな。このままではマヤに喰われるか殺されるぞ?」
「それならそれでいい。した上で、そちらに分岐すると言うのであればそれまでのこと」
「やはり貴様……確率世界の観測をしているな?」
「どうだろうね?」
「くく……」

 「どうやら貴様といればもう少し楽しめそうだな」と、ロキが邪悪な笑顔を見せた──



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