177 / 229
第二部 第三章 異界の客人神
黒き英雄/白き英雄
しおりを挟む──マヤとの死闘から三日後
街の半分以上が崩壊したイルネルベリでは、大規模な葬儀が執り行われていた。
神は皆さんとともにおられます──
穢れなき心で神を仰ぎ──
彼の者──
黒き英雄の魂が救われるよう……
「ノヒン……」
参列者を遠くから眺めながら、ルイスが呟く。
「馬鹿者め……自分一人の犠牲で全てを救おうとしおって……」
この世の終わりを迎えようとしていたマヤとの死闘は、文字通り命を懸けたノヒンの奮戦により、死者は数百名程度で済んだ。
数百名程度──と表現したのは、実数が分かっていないからである。マヤの天地貪食に空間ごと抉り喰われた者は跡形もなく、調べようがない。
「なあ……ヴァン君……? ノヒンは本当に……」
絞り出すようなルイスの問いかけ。
「ああ……ノヒンは魔石ごと体を砕かれて……」
泣き出しそうなヴァンガルムの声。
「だが……ジェシカの見間違えという……」
「貴様もそんなわけはないと分かっておろう……ノヒンは……」
「死んだのだ」と、ヴァンガルムが涙を流す。
「そう……だよな……」
「まだ信じられんがな……」
「ジェシカはまだ……?」
「ああ……飲まず食わずで泣いておるわ。貴様は……泣かんのだな?」
「いや……泣いたら……認めてしまうことに……なるだ……ろ……だから……だか……ら……」
ルイスはこぼれ落ちそうな涙を、必死にこらえていた。
「我らはもう……立ち上がれんのかもしれんな……。我もこれほど自分が弱いとは思わなかったわ。我の中のアランも泣いておる」
「ノヒンの先祖……だったか……?」
「アランも……自分を犠牲にして多数の命を守り、その命を落とした。ノヒンの気持ちが痛いほど分かるのだろうな……。だが……」
あやつはバカだ──
ルイスとヴァンガルム、二人の声が揃い……
しばらくの沈黙が流れた。
「なあヴァン君? 私達は……これからどうするんだ?」
「ラグナスの出方次第ではあるが……正直な話、もう詰んでおるのだ。エインヘリャルの儀による次元崩壊は収まり、いずれラグナスの望む形の世界になるのだろう。その事実はラグナスを殺したとて変わらん。ノヒンの……ノヒンの復讐劇が幕を下ろしただけのこと……ということだな……」
「幕を下ろしただけのことって……なんで諦めたようなことを言うんだ? ヴァン君はそれでいいのか? 私は……私はラグナスを許すことは出来ない。もちろんノヒンを殺したマヤもだ。マヤは……本体ではなかったんだろ?」
「どうやらそのようだな……」
ノヒンがマヤに握りつぶされ、黒い霧となって霧散した後……
絶叫するジェシカとヨーコに《私は本体じゃないの。残念だけど無駄死にね?》と、マヤがノヒンに伝えた残酷な真実を二人に話し、笑いながら黒い霧となって霧散した。
「それなら……それなら! 私達がノヒンの復讐劇を終わらせてやろう! 私達でマヤとラグナスを!」
「無理だ……」
そう声を絞り出したヴァンガルムが遠くを見つめ、再度「無理なのだ」と呟く。
「なにが……なにが無理なんだ!? なんで諦めてるんだ! やってみなきゃ分からないだろっ!!」
「違う……違うのだルイスよ……。フギンとムニンからデータを読み……マヤに会い……アランと再会し……」
「思い出したのだ……」と、ヴァンガルムが力無く項垂れる。
「ノヒンのいない我らではマヤには絶対に勝てん。もちろんラグナスにもな……」
「そんなの……やってみないと分からないって言ってるだろうがっ!!」
ルイスが感情を剥き出しにして、ヴァンガルムに掴みかかる。その顔は怒りなのか悲しみなのか……
ただ、とめどなく涙は溢れていた。
「感情論ではどうにもならんのだルイスよ……我も……我も好きでこのようなことを言っているわけではないと分かってくれんか? 我も……ノヒンの仇は打ちたいのだ……」
「ヴァン君……」
ルイスが掴みかかっていた手をヴァンガルムから離す。
「絶対に勝てない……のか?」
「どこから話せばよいのか……この世界の成り立ちか……いや、やはりマヤのことからになるか。あやつは……」
「三大咎、貪食の樹、ユグドラシルの化身だ」とヴァンガルムが言ったところで、葬儀会場がざわめく。見れば皆一様に空を指さし、ざわついていた。
ヴァンガルムとルイスも皆が指さす方を見る。そうしてそこには──
輝く白銀の翼に、銀灰色の鎧を身に纏ったラグナスの姿。
ラグナスがロキと共に葬儀会場の上空に浮かび、見下ろしていた。
「聞け! 皆の者よ! 私はこれから差別のない世界を作る!」
鈴の音のように澄んだラグナスの言霊が、威厳を纏って落ちてくる。輝く銀灰色の鎧に、風にたなびく薄い灰色の髪。陽の光に照らされた姿は、まるで神の御使いのようで──
その桜色の艶やかな唇から紡がれる言霊に、全ての者が息を飲んだ。
このラグナスの姿はイルネルベリ上空だけではない。同時刻、このミズガルズに生きる全ての者の頭上にラグナスは現れていた。
「もう間もなく世界は形を変える! 魔素が溢れ! 半魔や魔女でなければ生きていけない世界へと!」
えっ──
嘘だろ──
そんな──
私達はどうすれば──
みんな……魔に堕ちる──
ラグナスの声を聞いた人々が絶望し、不安の声を上げる。
「だが安心しろ! 私の庇護下に入ると言うのならば! 魔素による降魔化を防いでやろう!」
そう言ってラグナスが目の前に手をかざす。手からは黒い霧が滲み、霧の中から一人の少女が現れた。
「この少女は両親を魔獣に喰われた少女だ! 何故このような残酷な運命なのか! それは! この世界が平等ではないからだ! 弱き者は強き者に蹂躙される! 私はその差をなくしたい! 見ろ! この奇跡を!!」
ラグナスが黒い霧で少女を包み込む。すると少女の頭に角が生え、背中には可愛らしい翼も生えた。その姿で少女が嬉しそうに空を飛ぶ。
「このまま何もせずにいれば! ほぼ全ての人間が降魔となるだろう! 選択肢は二つ! このまま黙って降魔になるか! 私の庇護下の元! 半魔や魔女になるかだ! 親しい者が降魔になる姿など誰が望むだろうか!」
き、奇跡だ──
入る──
お、俺もあのお方の庇護下に──
息子が降魔になるなんて考えたくもない──
人々が「私も」「俺も」と、次々と声を上げ始める。
「知っている者もいるとは思うが! 私の名前はラグナス! この世界を統べる……」
「ラグナス・ミズガルズだ!」と、ラグナスがグングニルを掲げる。それと同時、世界中で地鳴りのような歓声が沸き起こった。
これが後の世で語られるミズガルズ王国誕生の瞬間である。
10
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。
飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。
ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。
そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。
しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。
自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。
アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした
田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。
しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。
そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。
そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。
なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。
あらすじを読んでいただきありがとうございます。
併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。
より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!
ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~
三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】
人間を洗脳し、意のままに操るスキル。
非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。
「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」
禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。
商人を操って富を得たり、
領主を操って権力を手にしたり、
貴族の女を操って、次々子を産ませたり。
リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』
王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。
邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!
俺のスキル『性行為』がセクハラ扱いで追放されたけど、実は最強の魔王対策でした
宮富タマジ
ファンタジー
アレンのスキルはたった一つ、『性行為』。職業は『愛の剣士』で、勇者パーティの中で唯一の男性だった。
聖都ラヴィリス王国から新たな魔王討伐任務を受けたパーティは、女勇者イリスを中心に数々の魔物を倒してきたが、突如アレンのスキル名が原因で不穏な空気が漂い始める。
「アレン、あなたのスキル『性行為』について、少し話したいことがあるの」
イリスが深刻な顔で切り出した。イリスはラベンダー色の髪を少し掻き上げ、他の女性メンバーに視線を向ける。彼女たちは皆、少なからず戸惑った表情を浮かべていた。
「……どうしたんだ、イリス?」
アレンのスキル『性行為』は、女性の愛の力を取り込み、戦闘中の力として変えることができるものだった。
だがその名の通り、スキル発動には女性の『愛』、それもかなりの性的な刺激が必要で、アレンのスキルをフルに発揮するためには、女性たちとの特別な愛の共有が必要だった。
そんなアレンが周りから違和感を抱かれることは、本人も薄々感じてはいた。
「あなたのスキル、なんだか、少し不快感を覚えるようになってきたのよ」
女勇者イリスが口にした言葉に、アレンの眉がぴくりと動く。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる