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第二部 第三章 異界の客人神

黒き英雄/白き英雄

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 ──マヤとの死闘から三日後

 街の半分以上が崩壊したイルネルベリでは、大規模な葬儀が執り行われていた。


 神は皆さんとともにおられます──
 穢れなき心で神を仰ぎ──
 彼の者──
 黒き英雄の魂が救われるよう……


「ノヒン……」

 参列者を遠くから眺めながら、ルイスが呟く。

「馬鹿者め……自分一人の犠牲で全てを救おうとしおって……」

 この世の終わりを迎えようとしていたマヤとの死闘は、文字通り命を懸けたノヒンの奮戦により、死者は数百名程度で済んだ。

 数百名程度──と表現したのは、実数が分かっていないからである。マヤの天地レルムディ貪食ヴァウアーに空間ごと抉り喰われた者は跡形もなく、調べようがない。

「なあ……ヴァン君……? ノヒンは本当に……」

 絞り出すようなルイスの問いかけ。

「ああ……ノヒンは魔石ごと体を砕かれて……」

 泣き出しそうなヴァンガルムの声。

「だが……ジェシカの見間違えという……」
「貴様もそんなわけはないと分かっておろう……ノヒンは……」

 「死んだのだ」と、ヴァンガルムが涙を流す。

「そう……だよな……」
「まだ信じられんがな……」
「ジェシカはまだ……?」
「ああ……飲まず食わずで泣いておるわ。貴様は……泣かんのだな?」
「いや……泣いたら……認めてしまうことに……なるだ……ろ……だから……だか……ら……」

 ルイスはこぼれ落ちそうな涙を、必死にこらえていた。

「我らはもう……立ち上がれんのかもしれんな……。我もこれほど自分が弱いとは思わなかったわ。我の中のアランも泣いておる」
「ノヒンの先祖……だったか……?」
「アランも……自分を犠牲にして多数の命を守り、その命を落とした。ノヒンの気持ちが痛いほど分かるのだろうな……。だが……」


 あやつはバカだ──あいつはバカだ──


 ルイスとヴァンガルム、二人の声が揃い……

 しばらくの沈黙が流れた。

「なあヴァン君? 私達は……これからどうするんだ?」
「ラグナスの出方次第ではあるが……正直な話、もう詰んでおるのだ。エインヘリャルの儀による次元崩壊は収まり、いずれラグナスの望む形の世界になるのだろう。その事実はラグナスを殺したとて変わらん。ノヒンの……ノヒンの復讐劇が幕を下ろしただけのこと……ということだな……」
「幕を下ろしただけのことって……なんで諦めたようなことを言うんだ? ヴァン君はそれでいいのか? 私は……私はラグナスを許すことは出来ない。もちろんノヒンを殺したマヤもだ。マヤは……本体ではなかったんだろ?」
「どうやらそのようだな……」

 ノヒンがマヤに握りつぶされ、黒い霧となって霧散した後……

 絶叫するジェシカとヨーコに《私は本体じゃないの。残念だけど無駄死にね?》と、マヤがノヒンに伝えた残酷な真実を二人に話し、笑いながら黒い霧となって霧散した。

「それなら……それなら! 私達がノヒンの復讐劇を終わらせてやろう! 私達でマヤとラグナスを!」
「無理だ……」

 そう声を絞り出したヴァンガルムが遠くを見つめ、再度「無理なのだ」と呟く。

「なにが……なにが無理なんだ!? なんで諦めてるんだ! やってみなきゃ分からないだろっ!!」
「違う……違うのだルイスよ……。フギンとムニンからデータを読み……マヤに会い……アランと再会し……」

 「思い出したのだ……」と、ヴァンガルムが力無く項垂れる。

「ノヒンのいない我らではマヤには絶対に勝てん。もちろんラグナスにもな……」
「そんなの……やってみないと分からないって言ってるだろうがっ!!」

 ルイスが感情を剥き出しにして、ヴァンガルムに掴みかかる。その顔は怒りなのか悲しみなのか……

 ただ、とめどなく涙は溢れていた。

「感情論ではどうにもならんのだルイスよ……我も……我も好きでこのようなことを言っているわけではないと分かってくれんか? 我も……ノヒンの仇は打ちたいのだ……」
「ヴァン君……」

 ルイスが掴みかかっていた手をヴァンガルムから離す。

「絶対に勝てない……のか?」
「どこから話せばよいのか……この世界の成り立ちか……いや、やはりマヤのことからになるか。あやつは……」

 「三大咎さんだいこう貪食どんしょく、ユグドラシルの化身だ」とヴァンガルムが言ったところで、葬儀会場がざわめく。見れば皆一様に空を指さし、ざわついていた。

 ヴァンガルムとルイスもみなが指さす方を見る。そうしてそこには── 

 輝く白銀の翼に、銀灰色ぎんかいしょくの鎧を身に纏ったラグナスの姿。

 ラグナスがロキと共に葬儀会場の上空に浮かび、見下ろしていた。

「聞け! 皆の者よ! 私はこれから差別のない世界を作る!」

 鈴の音のように澄んだラグナスの言霊が、威厳を纏って落ちてくる。輝く銀灰色ぎんかいしょくの鎧に、風にたなびく薄い灰色の髪。陽の光に照らされた姿は、まるで神の御使いのようで──

 その桜色の艶やかな唇から紡がれる言霊に、全ての者が息を飲んだ。

 このラグナスの姿はイルネルベリ上空だけではない。同時刻、このミズガルズに生きる全ての者の頭上にラグナスは現れていた。

「もう間もなく世界は形を変える! 魔素が溢れ! 半魔や魔女でなければ生きていけない世界へと!」


 えっ──
 嘘だろ──
 そんな──
 私達はどうすれば──
 みんな……魔に堕ちる──


 ラグナスの声を聞いた人々が絶望し、不安の声を上げる。

「だが安心しろ! 私の庇護下に入ると言うのならば! 魔素による降魔化を防いでやろう!」

 そう言ってラグナスが目の前に手をかざす。手からは黒い霧が滲み、霧の中から一人の少女が現れた。

「この少女は両親を魔獣に喰われた少女だ! 何故このような残酷な運命なのか! それは! この世界が平等ではないからだ! 弱き者は強き者に蹂躙される! 私はその差をなくしたい! 見ろ! この奇跡を!!」

 ラグナスが黒い霧で少女を包み込む。すると少女の頭に角が生え、背中には可愛らしい翼も生えた。その姿で少女が嬉しそうに空を飛ぶ。

「このまま何もせずにいれば! ほぼ全ての人間が降魔となるだろう! 選択肢は二つ! このまま黙って降魔になるか! 私の庇護下の元! 半魔や魔女になるかだ! 親しい者が降魔になる姿など誰が望むだろうか!」


 き、奇跡だ──
 入る──
 お、俺もあのお方の庇護下に──
 息子が降魔になるなんて考えたくもない──


 人々が「私も」「俺も」と、次々と声を上げ始める。

「知っている者もいるとは思うが! 私の名前はラグナス! この世界を統べる……」

 「ラグナス・ミズガルズだ!」と、ラグナスがグングニルを掲げる。それと同時、世界中で地鳴りのような歓声が沸き起こった。

 これが後の世で語られるミズガルズ王国誕生の瞬間である。


 
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