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第二部 第二章 闇の咎─淫獄の魔女─

最後に見た泣き顔/最後に見せた笑顔

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 ヴァンガルムが地上へと向けて落下。距離が離れ、グレイプニルによるマヤの拘束が解かれる。

《あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! なんなの!? なんなのよあなた!? 黙ってマリルちゃんを差し出せばよかっただけでしょ!? 死ぬのが怖くないの!? なんで!? なんでなんでなんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!》


 リリリリリリリリリリリリィン──


 マヤが狂ったように貪食の魔法陣を展開するが、時すでに遅し。もはやノヒンは眼前へと迫っていた。

「死ぬのが怖くねぇだぁ? めちゃくちゃ怖ぇに決まってんだろうが!! だけどよ、俺の大切な奴らが死んじまう方がもっともっとよぉ……怖ぇんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ガズンッ──

 マヤの心臓──魔石の位置に、ノヒンの拳が炸裂。パァンッ! という音と共に、殴りつけたノヒンの右腕が弾け飛ぶ。これは殴りつけた反動によるものではない。

「ははっ! ちゃんと発動してくれたみてぇだなぁ!? 俺の事象崩壊なんちゃらは完璧じゃねぇからよっ! 自分の体も崩壊すんだ!!」
《あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!!》

 マヤが両手で顔を覆い、凄まじい慟哭を響かせる。

 魔石があったであろう位置には巨大な穴が穿たれ、その巨大な灰色の体にはビキビキとヒビが入る。

 体の至る所がサラサラと黒い霧となって霧散していき、人智を超えた戦いは今──

 終わりを迎えようとしていた。

《よくもよくもよくもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 許さない許さない許さないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!》
「……ちっ……マジでうるせぇやつだな」

 ノヒンが崩壊していくマヤに片腕でしがみつき、なんとか落下せずに耐えてはいるが……

「ぐぶぅ……かはっ……は……こりゃもう無理だな……」

 口からは血がビシャビシャと溢れ、傷が再生する気配もない。ヴァンガルムが言ったように、崩壊するマヤから溢れる魔素は吸収できないようだ。

 気が遠くなるような全身の痛みで目が霞む。魔石のヒビもビキビキと広がり、もはや落下しようがしまいが、自分は確実に死ぬのだろうとノヒンが悟る。

 そのうちマヤにしがみつく腕からも力が抜け……

 ふっ──と、ノヒンの腕がマヤから離れた。

「はは……死にたくねぇなぁ……」
《ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!! 何を勝手に終わらせようとしているのよ! ダメ! ダメよダメよそんなのダメよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!》
「がっはっ!!」

 落下するノヒンを崩壊途中のマヤの巨大な腕が掴む。

「ちっ……なに……すんだよ……」
《気が済まないの気が済まないの気が済まないのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 勝手に死ぬなんて許さない!! 私が……私がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!》

 メシメシ──

 バギンッ──

「ぐぶぅあっ! ……がはっ……ひゅ……ひゅう……」

 ノヒンの全身に耐え難い激痛が走る。マヤがノヒンを握る手に力を込めたことにより、ノヒンの全身の骨は折れ、砕け……

 折れた骨の一部が肺に刺さり、圧迫されていることも相まって、呼吸すらままならない。

「ひゅ……ひゅう……マジでおめぇ……最悪の糞野郎……だな……」
《うるさいうるさいうるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!! お前が! お前がお前がお前がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ぁあはっ! あははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!》

 《なんてね? 狂った演技上手だったかしら?》と、それこそマヤが狂ったように笑う。

「ちっ……演技……じゃなくてよぉ……元から狂ってん……だろぉが」
《あら? 褒めてくれるのね?》
「あれ……か? 最後に余裕ぶってよぉ……マウントでもとりてぇ……のか……?」
《ふふ……違うわよぉ。言ってなかったけど私ぃ……》

 《本体じゃないの》と言って、再びマヤが狂ったように笑う。

《残念だ・け・どぉ……あなた無駄死によ? 私の本体はアースガルズにいるからぁ》
「ちっ……マジか……よ……」
《ねぇねぇ? 今どんな気分? どんな気分なの? あは……あははははははははははははははははっ!! 分体は消えるけどぉ……とぉぉぉぉぉぉぉぉぉっても楽しかったわぁ! だってぇ……私ぃ……何回かイッちゃったものぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! あはははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!》
「ふざっ……けんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! てめぇはっ! てめぇは……ごぶぅ……ぅ……うぅ……」
《あら? もう限界かしら?》
「ちっ……だっせぇことぉ……言うけどよぉ……てめぇは絶てぇ殺す……生まれ変わってでも殺してやる……よ……マヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
《とぉっても素敵なこと言ってくれるのね? じゃあ私は……生まれ変わってあなたが会いに来てくれたらぁ……》

 《たくさんセックスしてあげるわね?》と、マヤが笑う。マヤはそのままノヒンを握る腕に力を込め──

ノヒィィィィィィィいやぁぁぁぁぁぁぁィィィィィィィィィィぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁィィィィィィィィィィぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁィィィィィンッ!!ぁぁぁぁぁぁっ!!

 死にゆくノヒンの耳に、ジェシカとヨーコの声。

 魔素が枯渇し、落下してきたヴァンガルムから現状を聞いてここまで来たようだが……

「はは……マジか……最後に顔ぉ……見れてよかった……」

 ノヒンが苦痛も忘れ、ふっと笑う。

「な……に……泣いてんだよ……ジェシ……カ……ヨーコォ……笑っちゃ……くんねぇ……か……な……」

 あと少し……

 あと少しでジェシカがノヒンに触れられるというところで……

 バキャンッ──

 無情にもノヒンは握りつぶされ、黒い霧となって霧散した。



 ──第二部第二章 闇の咎─淫獄の魔女─(了)
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