上 下
176 / 229
第二部 第二章 闇の咎─淫獄の魔女─

最後に見た泣き顔/最後に見せた笑顔

しおりを挟む

 ヴァンガルムが地上へと向けて落下。距離が離れ、グレイプニルによるマヤの拘束が解かれる。

《あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! なんなの!? なんなのよあなた!? 黙ってマリルちゃんを差し出せばよかっただけでしょ!? 死ぬのが怖くないの!? なんで!? なんでなんでなんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!》


 リリリリリリリリリリリリィン──


 マヤが狂ったように貪食の魔法陣を展開するが、時すでに遅し。もはやノヒンは眼前へと迫っていた。

「死ぬのが怖くねぇだぁ? めちゃくちゃ怖ぇに決まってんだろうが!! だけどよ、俺の大切な奴らが死んじまう方がもっともっとよぉ……怖ぇんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ガズンッ──

 マヤの心臓──魔石の位置に、ノヒンの拳が炸裂。パァンッ! という音と共に、殴りつけたノヒンの右腕が弾け飛ぶ。これは殴りつけた反動によるものではない。

「ははっ! ちゃんと発動してくれたみてぇだなぁ!? 俺の事象崩壊なんちゃらは完璧じゃねぇからよっ! 自分の体も崩壊すんだ!!」
《あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!!》

 マヤが両手で顔を覆い、凄まじい慟哭を響かせる。

 魔石があったであろう位置には巨大な穴が穿たれ、その巨大な灰色の体にはビキビキとヒビが入る。

 体の至る所がサラサラと黒い霧となって霧散していき、人智を超えた戦いは今──

 終わりを迎えようとしていた。

《よくもよくもよくもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 許さない許さない許さないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!》
「……ちっ……マジでうるせぇやつだな」

 ノヒンが崩壊していくマヤに片腕でしがみつき、なんとか落下せずに耐えてはいるが……

「ぐぶぅ……かはっ……は……こりゃもう無理だな……」

 口からは血がビシャビシャと溢れ、傷が再生する気配もない。ヴァンガルムが言ったように、崩壊するマヤから溢れる魔素は吸収できないようだ。

 気が遠くなるような全身の痛みで目が霞む。魔石のヒビもビキビキと広がり、もはや落下しようがしまいが、自分は確実に死ぬのだろうとノヒンが悟る。

 そのうちマヤにしがみつく腕からも力が抜け……

 ふっ──と、ノヒンの腕がマヤから離れた。

「はは……死にたくねぇなぁ……」
《ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!! 何を勝手に終わらせようとしているのよ! ダメ! ダメよダメよそんなのダメよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!》
「がっはっ!!」

 落下するノヒンを崩壊途中のマヤの巨大な腕が掴む。

「ちっ……なに……すんだよ……」
《気が済まないの気が済まないの気が済まないのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 勝手に死ぬなんて許さない!! 私が……私がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!》

 メシメシ──

 バギンッ──

「ぐぶぅあっ! ……がはっ……ひゅ……ひゅう……」

 ノヒンの全身に耐え難い激痛が走る。マヤがノヒンを握る手に力を込めたことにより、ノヒンの全身の骨は折れ、砕け……

 折れた骨の一部が肺に刺さり、圧迫されていることも相まって、呼吸すらままならない。

「ひゅ……ひゅう……マジでおめぇ……最悪の糞野郎……だな……」
《うるさいうるさいうるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!! お前が! お前がお前がお前がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ぁあはっ! あははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!》

 《なんてね? 狂った演技上手だったかしら?》と、それこそマヤが狂ったように笑う。

「ちっ……演技……じゃなくてよぉ……元から狂ってん……だろぉが」
《あら? 褒めてくれるのね?》
「あれ……か? 最後に余裕ぶってよぉ……マウントでもとりてぇ……のか……?」
《ふふ……違うわよぉ。言ってなかったけど私ぃ……》

 《本体じゃないの》と言って、再びマヤが狂ったように笑う。

《残念だ・け・どぉ……あなた無駄死によ? 私の本体はアースガルズにいるからぁ》
「ちっ……マジか……よ……」
《ねぇねぇ? 今どんな気分? どんな気分なの? あは……あははははははははははははははははっ!! 分体は消えるけどぉ……とぉぉぉぉぉぉぉぉぉっても楽しかったわぁ! だってぇ……私ぃ……何回かイッちゃったものぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! あはははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!》
「ふざっ……けんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! てめぇはっ! てめぇは……ごぶぅ……ぅ……うぅ……」
《あら? もう限界かしら?》
「ちっ……だっせぇことぉ……言うけどよぉ……てめぇは絶てぇ殺す……生まれ変わってでも殺してやる……よ……マヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
《とぉっても素敵なこと言ってくれるのね? じゃあ私は……生まれ変わってあなたが会いに来てくれたらぁ……》

 《たくさんセックスしてあげるわね?》と、マヤが笑う。マヤはそのままノヒンを握る腕に力を込め──

ノヒィィィィィィィいやぁぁぁぁぁぁぁィィィィィィィィィィぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁィィィィィィィィィィぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁィィィィィンッ!!ぁぁぁぁぁぁっ!!

 死にゆくノヒンの耳に、ジェシカとヨーコの声。

 魔素が枯渇し、落下してきたヴァンガルムから現状を聞いてここまで来たようだが……

「はは……マジか……最後に顔ぉ……見れてよかった……」

 ノヒンが苦痛も忘れ、ふっと笑う。

「な……に……泣いてんだよ……ジェシ……カ……ヨーコォ……笑っちゃ……くんねぇ……か……な……」

 あと少し……

 あと少しでジェシカがノヒンに触れられるというところで……

 バキャンッ──

 無情にもノヒンは握りつぶされ、黒い霧となって霧散した。



 ──第二部第二章 闇の咎─淫獄の魔女─(了)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...