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第二部 第二章 闇の咎─淫獄の魔女─
決戦─覚悟─
しおりを挟むキュィン──
キュキュキュキュキュキュキュキュキュィン──
ノヒンが視界に収め、ロックオンマークが現れた魔法陣が次々と消滅していく。
《なんなのなんなのなんなのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! 邪魔しないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!》
さらに凄まじい数の光の筋がマヤの口元の魔法陣から伸び、先程よりも数を増した魔法陣が次々と現れる。だがそれらも全て相殺し、マヤが狂ったように叫び声を上げる。
「ちっ! キリがねぇ! つーかさっきも言ったけどよ! なんで口元の魔法陣と光の筋は消せねぇんだ!? あそこ消せりゃ一発じゃねぇかよっ!!」
「あの二つに関しては無詠唱特殊魔術! 無詠唱特殊魔術は構築スピードが異常に早い! 消し切る前に再構築されているのだ!」
《もういい! もういいわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! こんなオーディンの箱庭なんて私が全部食べてあげるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!》
そう叫んだマヤの背中からメキメキと巨大な翼が生え、天高く飛び上がる。
《この世の全ては私のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ私のものよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!》
天高く舞い上がったマヤから凄まじい数の光の筋が地上へと伸びる。それはもはやイルネルベリを越え……
リィン──という鈴の音のような音と共に、凄まじい数の魔法陣が次々と光の筋に沿って現れる。事情を知らない者が見れば、涙を流して崇めてしまいそうな荘厳な光景だろう。
「マジかよ! 範囲が広すぎだ! おいわん公! 血燃の負担も軽減できっか!?」
「やるしかないだろう! だが魔術殺しでの魔素の消費が激しい! 枯渇する前になんとしてもマヤを倒すぞ! 行けっ! ノヒンっ!!」
「ちっ! マジでふざけてやがる!」とノヒンが叫び、腰を落として全身にギチギチと力を漲らせる。
「何がこの世の全ては私のものだぁ? みんな必死で生きてんだ! こんな糞みてぇな世界でも必死に足掻いて生きてやがんだ! その想いをよぉ……踏みにじって言い訳がねぇだろ!! 例え俺がここで死のうが燃え尽きようが……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!! っくぞぉっ! 血燃ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
叫ぶと同時、ノヒンから魔素が爆発するように溢れ出す。溢れ出した魔素は燃えるようにゆらゆらと揺らめいて、ノヒンの背後にヒンスやクライン、死んでいった者達の姿が浮かんだ気がした。
「ぐ……ぎぃ……調子ぃぃぃぃぃぃぃ……こいてんじゃねぇぞマヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
ドパンッと凄まじい轟音を響かせ、ノヒンが空を駆ける。もはや戦いは人知を超えた領域に達していた。
リィン──
リリリリリィン──
リリィン──
キュィン──
キュキュキュキュキュィン──
キュキュィン──
魔法陣によって神々しく光り輝く空──
そうして響く、美しい鈴の音──
魔法陣を打ち消す、無機質な音──
それはまるで音楽を奏でているかのような戦い。
その光景を見た人々は、あまりにも美しい光景に呆然と空を見つめる。
崇めるは灰色の巨像か翼の生えた黒き獣か──
激しい攻防の中、マヤは更に高度を上げ、貪食の魔法陣の範囲が広がっていく。
「ぐぅぅぅ……キリがねぇ! どこまで上がり続けるつもりだ! 息が苦しくなってきやがった!!」
「ぐぅ……まずいぞノヒン! 高高度で魔素も酸素も薄くなってきている! 魔素が足りん! 今すぐ引き返せっ!!」
「何言ってやがる! 引き返せるわけねぇだろ! 引き返したらどんだけの被害が出るか分かんねぇ! それにあっちも魔素が足んなくなってきてんならチャンスだろうが!!」
「いや! やつの魔素は無制限だ!」
「はぁ!? 無制限だと!?」
「厳密に言えば無制限ではないのだが……今はそんなことを話している場合ではない! このままでは我らは魔素切れで落下する! この高さからの落下など……魔石が砕けてしまうわ! 貴様はもちろん我も助からんぞ!! 我が飛べるうちに引き返せっ!!」
「なら速攻でマヤをぶっ殺して発生する魔素を吸収すりゃいいだろ!」
「ダメなのだノヒン! マヤの体で生成された魔素は我らと種類が違う! 我らには扱えんのだ!!」
「ちっ! なんだよそのめんどくせぇ設定は! ならよぉ……やれることは一つしかねぇ!!」
ノヒンがガチンと歯を食いしばる。ギチギチと全身に力を漲らせ──
「楽しかったぜ? ヴァンガルム」と、笑顔で呟いた。
「な、何をするつもりだ貴様!」
「……はんっ! んなもん決まってんだろぉが!! 命が喰われるだぁ? 俺の命でこの世界に生きる普通のやつらを救えるってんならよぉ……安いもんじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ノヒンが叫ぶと同時──
体から無数の鎖が現れ、マヤを縛り上げる。全ての事象を拘束するヴァンガルムの専用武装──
グレイプニルだ。
《あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 動けない! 動けない動けないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!! なんなの!? なんで!? なんで邪魔するのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!》
マヤが凄まじい叫び声を上げ、魔法陣の発生が止まる。
「ぐぅ……かはっ……こりゃすげぇ負荷だな。魔石がバキバキいってらぁ……」
ノヒンの魔石が悲鳴を上げ、口からはビシャビシャと血を吐く。
「バ、バカなのか貴様は! なぜ我の魔素を使って発動せん! い、いや……我の魔素を使ったとて魔素切れで我らは落下するだけなのだが……」
「はは……なんでおめぇの魔素使わねぇかって? そんなんこうするからに決まってんだろ……『アクセプト』」
ノヒンが黒狼の鎧を解除し、ヴァンガルムが巨大な狼の状態へとなる。落下しないようにノヒンがヴァンガルムを掴み、そのまま背中までよじ登った。
「な、なんだ!? 貴様は何をしておるのだ!?」
「おめぇは今なら戻れんだ……ぐぶぅ……かはっ……はぁ……」
ノヒンの口から溢れる血が止まらない。
「ちっ! そういうことか! 馬鹿なマネはよすんだノヒン!! もはや我にはまっすぐ地上へと戻る分の魔素しかない! 落下する貴様を拾ってやる余力などないぞ!!」
「あぁん? 拾ってくれなんて頼んで……かはっ……ねぇよ。どっちも死ぬなんてよぉ……意味ねぇ……だろ? ……おめぇは生きろ」
「や、やめろ! 行くなノヒン!! 今戻れば体勢を立て直すことも可……」
「さっきも言っただろ?」
ヴァンガルムの言葉を遮って、ノヒンが淡々と話す。
「引き返したらその間にとんでもねぇ犠牲が出る。拘束してる今のうちに倒しちまわねぇとよ」
「ダメだ! 行かせん! 行かせんぞノヒン!!」
「導術使ったら魔素切れで二人とも死ぬだろ? おめぇにはもう俺を止められねぇよ」
「ぐぅ……」
ノヒンの言った通り、ヴァンガルムには安全に地上へ落下する程度の魔素しか残されていなかった。もはやフギンとムニンへの遠隔同期も難しい。
「な、ならばせめて二人でマヤを倒すぞ! 運がよければジェシカやルイスが落下に気付いて助かるかもしれん!」
「ダメだ。その方法じゃあ確実じゃねぇ。俺一人でマヤを倒しゃあおめぇは確実に助かんだ。おめぇには死んで欲しくねぇからよ。それに諦めたわけじゃねぇぜ? おめぇが地上に戻って間に合えば……誰か呼べんだろ? だからよ、俺の覚悟ぉ……無駄にしねぇでくれ」
そう言ったノヒンの顔が優しく微笑み、ヴァンガルムはそれ以上何も言えなくなってしまった。
「……マヤを拘束してる鎖はよぉ、おめぇがこっから離れたら解除されんのか?」
「一定距離以上離れれば自動で……解除される……」
「つーことは一発で仕留めねぇとってわけか。……んじゃまぁ……また会えたらいいな?」
ノヒンがヴァンガルムの背中の上でギチギチと全身に力を漲らせ、自身の魔石の位置に手を当てる。
「ぐぅ……行くなノヒン……やめろ……やめるんだ……なにか……なにか手はあるはず……」
ヴァンガルムが自身の無力さに苛まれながら、声を絞り出す。
「これが最後だ。最後くらい発動してくれよ? ……っくぞ!!」
ノヒンがズガンッとヴァンガルムを蹴りつけ、凄まじい勢いでマヤへと向かって飛び上がる。その姿は正に黒き流星。
だが黒狼の鎧を解除したノヒンは空を飛んでいるわけではない。筋力にものを言わせたただの跳躍。例えマヤを倒したところで、あとは落下するだけ。
蹴り付けられたヴァンガルムも地上へと向けて落下し……
「ノヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!」
叫んだ。
ただただ叫んだ。
ノヒンの元へと戻る魔素は既にない。あとは残る魔素を使って降下するだけ……
「マジで発動してくれよ! ここまで来たら生き残ろうなんて思わねぇからよ! 頼むから俺の力ぁ……出し切ってくれっ!!」
ノヒンの潰れて見えない左目が熱くなる。一度魔石が砕け、修復してから発動出来なくなっていた事象崩壊魔術。
今こそ全ての力を振り絞り──
発動する時。
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