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第二部 第二章 闇の咎─淫獄の魔女─
黒き獣
しおりを挟むノヒンの視線の先、為す術なくジェシカが弄ばれる。
ブツンッ──
明確にノヒンの中で何かが切れる音がした。十倍の重力負荷の中、バキバキと骨が砕けながらもノヒンが立ち上がる。身体中に穿たれた穴からは血が吹き出し、想像を絶する激痛が走る。
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!! ぶっ殺す……殺す……殺す殺す殺す……ぅ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!! 殺して! 殺してやるよラグナァァァァァァァァァァァァァァァァァスッ!!」
魔素が分散されたせいで超速再生は追いつかず、動くことはおろか立ち上がることも不可能なはずだが……
ノヒンが凄まじい叫びを上げる。
「こ、これはもはや気力のみで動いているのか……? うぐぅっ! な、なんだ!? 我の体がっ!」
ヴァンガルムが驚きの声を上げると同時、バキバキと音を立て……
ヴァンガルムの体がノヒンに取り込まれていく。
「ぐぅっ! まさかこれは魂喰いか!!」
「くく……懐かしいなフェンリルよ」
ゆっくりとノヒンに喰われていくヴァンガルムの耳に、ロキの声が響く。
「貴様がヴァンガルムと名乗り始めたきっかけ……まるであの時のような怒りだな」
「ぐうぅ……貴様はあの場にいなかったはず……」
「見ていたに決まっているだろう。焔先亜嵐と焔先亜蓮……コードネーム【ヴァン】がどちらになるかは、アースガルズにとって重要な意味合いがあったのでな」
文献では三英雄は作られた個体と生まれた個体に分けられる。
ヴァンはオーディンやヘルとは違い、半魔から変異して誕生した特殊な魔人。文献には残っていないが……
ヴァンは怒りによって、半魔であった時の特殊魔術を使う。
「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!」
ヴァンガルムが完全に喰われ、ノヒンが凄まじい叫び声を上げる。それと同時……
ノヒンの形がバキバキと巨大な何かに変わっていく。
それは黒き片翼の獣──
獰猛な狼のようであり──
無機質な機械のようでもあり──
酷く禍々しく歪な、黒狼と機械が混じりあったかのような姿へと成る──
その黒き獣の真っ赤な瞳が、ブンッと怪しく光る。
「くく……久しぶりに見るがなんと禍々しいことか。まさかラグナスはこれを狙ったのではないだろうな? となればもしや確率世界の観測を……。まあ……なんにしても面白い展開ではないか……くくく……」
ロキが楽しそうに笑っているところに、「ちょっとロキ?」とマヤの声が響く。
「あなたが邪魔をするのは許したけれど……オーディンの末裔まで来るなんて聞いてないわよ?」
「まあそう言うなマヤよ。せっかくいいものが見れたのだ。元凶となった貴様も懐かしいだろう?」
「えぇ? 私のせいじゃないわよぉ。ちょっとイタズラしただけよ?」
「くく……まあ知っているのは私と貴様。あとは……」
「ガランドウか」と、ロキが懐かしそうに呟く。
「ほらほらそこまでよロキ? お腹ペコペコの獣ちゃんがオーディンの末裔を睨んでいるわぁ」
「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!」
黒き獣がラグナスに向け、猛然と突進する。
「マスター? ヴァンの血族をわざと怒らせたのでしょうか? 『アクセプト』」
「ふふ……どうだろうね? ただ……私もヴァンの血族。一貫性がなくてすまないな。 『アクセプト』」
スレイプニルとラグナスが向かい来る黒き獣に導術を発動するが……
黒き獣──ノヒンの目前で、キュィンという音と共に鉄の塊や光線が消失。
「やはり無駄のようだね。あれは全てを喰らう」
先程ノヒンが十倍の重力負荷の檻を脱出したのもこの特性である。
「今回はひとまずここまでだ」
そう言ってラグナスがジェシカをそっと離し、しっかりと目を見据える。
「すまないなジェシカ。だがこれで君は解放される。また……会いたいものだな」
「なん……だ? なんだラグナス! 解放だと!? どういうことだ!!」
「邪魔をしたなソウジュの魔女よ。行くぞロキ」
ラグナスがマヤにそう告げると、ロキと共に黒い霧となって霧散した。
「待て! 待ってくれラグナス!!」
ジェシカが消えたラグナスに手を伸ばした瞬間──
バグンッと、背後から迫る黒き獣に喰われた──
「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!」
「さすがにちょっと五月蝿いわね? まあでも……もう少し眺めていようかしら? ね? マリルちゃん?」
「やめてよ……触らないで……」
「嫌がる顔もとっても可愛いわね? ゾクゾクするわぁ」
マヤがマリルの耳元で囁き、楽しそうに笑う。
「……あれは……ノヒンさんはどう……なったの?」
「あれは特殊魔術、魂喰い。なんでも食べちゃう食いしん坊よ? あの姿はわんちゃんを食べた姿ね。でも安心して? ちゃんと自我があれば喰らい尽くすことはないわ。まあ……自我があればだけど」
「よく分からないけど……自我がないとどうなっちゃうの?」
「全部食べちゃうんじゃない? 文字通り全部。この世の全てを喰らい尽くすまで止まらなくなる……かもね?」
「喰らい尽くす……?」
「そうよ? 私がマリルちゃんを食べちゃうみたいに……ね?」
言いながらマヤは空中に浮かぶソファにマリルを押し倒し──
深く唇を重ねた。
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