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第二部 第二章 闇の咎─淫獄の魔女─
天馬の騎士
しおりを挟むそれはまるで一枚の荘厳な宗教画のような光景だった──
突如現れたラグナスが流麗なる動作で災禍を払う。
ラグナスの全身を覆う輝く銀灰色の鎧は天の使いのように神々しく、神話に登場する馬鎧を模したような荒々しさもあり──
手には槍を思わせるような細身の剣──グングニルが握られ、一突きで心臓を抉られてしまいそうな心持ちにさせられる。
さらに背中には光り輝く白銀の翼が広げられ──
「ふふ、そんなところを這いずり回って……どうしたんだノヒン?」
鈴の音のような声がノヒンに向けて落ちてくる。距離は離れていて、声を張り上げたわけでもないのに届く。これは二人で戦場を駆け巡っていた時に使用していた導術だ。昔はよく離れた位置からノヒンにくだらない話を届かせていた。そんな時ラグナスは「ふふ」と、柔らかい笑い声を漏らす。
「ラァァァァァァァァァグナァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァスッ!!」
自然と体が動いていた。ノヒンは力強く地面を蹴りつけ、ラグナスの元へと飛び上がる。
「無駄だよノヒン。君ではもう私に届かない。私はオーディンを超えたんだ」
「マスター、撃ち落としても構わないのですか?」
ラグナスとは別の、丁寧な口調の甘い女性の声が響く。
「ああ。好きにするといいよスレイプニル」
どうやら声の主はスレイプニルのようだ。これまでスレイプニルが言葉を発しているのを見たことはない。おそらくヴァンガルムのようにコアが損傷していたのだろうが──
「了解しました。 『アクセプト』」
スレイプニルが導術を発動。ノヒンに向けて凄まじい数の鉄塊の雨が降る。
「スレイプニルも完全起動したのか! だが我らにそんなものは効かん! 『アクセプト!』」
「うぜぇっ! こんなんで俺を止められると思うなっ!!」
ヴァンガルムの導術によって魔素の塊が鉄塊の雨を迎撃。更にノヒンも無詠唱特殊魔術、狂戦士によって鉄塊の雨の半数ほどを防ぎ、残りも黒錆の鉄甲で叩き落としながらラグナスに向かう。
「がっはっ!!」
だがそこへスレイプニルが畳み掛けるように導術を発動。ノヒンの背後から無数の鉄の槍が現れ、防ぎきれなかった槍が突き刺さる。
「ちっ! 相変わらず導術の扱いが上手いではないかスレイプニル! 『アクセプト!』」
「お久しぶりですね? フェンリル。相変わらずあなたの導術は乱暴です。『アクセプト』」
ヴァンガルムとスレイプニルによる激しい導術の攻防。荒々しいヴァンガルムの攻撃の間を縫うようにして、スレイプニルの導術の槍が次々とノヒンを貫く。
「がふ……いいぜぇ……いい痛みだっ!」
だが損傷強化により、ノヒンの体にギチギチと力が漲る。体を貫く槍も構わず、口からびしゃびしゃと血を吐きながら進む。
「おいわん公! 前にラグナス捕まえたグレイプニルとかいう鎖は出せねぇのか!!」
「あれは魔素の消費量が多いのだ! 現状では魔素が枯渇する可能性が高……よ、避けろノヒン! グングニルだっ!!」
ヒィン──
ヒィヒィン──
「がっ! ぐふぅっ! ちっ! うぜぇっ!!」
傷だらけになりながら向かい来るノヒンに向け、ラグナスが連続でグングニルを放つ。が、ノヒンがもはや勘だけでグングニルを躱す。もちろん完全には躱せずに被弾はするが……
「本当に凄いな君は。何度グングニルを躱すつもりだ? だが終いだ。 『アクセプト』」
ディザスタードラゴンが使用していた細い光の筋──レーザーをラグナスが放つ。それと共にグングニルによる絶対死の事象も放ち……
「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ノヒンの体に数え切れない数の穴が穿たれ、地上へ向けて落下していく。なんとか頭や魔石は守りはしたが──
「やはり君は凄まじい動体視力と運動神経だ。 いや、戦闘勘とでも言えばいいのか……『アクセプト』 『アクセプト』」
ラグナスがノヒンに対して十倍の重力負荷をかけ、更にノヒンの周囲から魔素を分散させる。この魔素の分散はラグナスにしか使えない導術。だが分散させる座標指定が必要なため、動き回る相手には意味がない。
ノヒンは今まさに動けない程の重症を負い、十倍の重力によって地面に貼り付けられている。つまりそれは……
魔素の分散によって超速再生が上手く発動しないということだ。もはや手も足も出ない状態となったノヒンに向け、ラグナスがグングニルを構えた。
「やめろラグナス!! [やめて! 殺さないで!!]」
落下するノヒンへ向けてグングニルを放とうとしたところで、ラグナスの目の前にジェシカが立ちはだかる。
「どいてくれないかジェシカ?」
「どくものか!! なんなんだお前は!? お前は本当にあの……」
「正しく真っ直ぐで……私が愛したラグナスなのか……?」と、ジェシカがボロボロ泣きながら声を絞り出す。
「なあラグナス……本当にレイナス団のみんなを……?」
「君もオーディン教会の血溜まりをロキに見せられたのだろう? あれは必要な犠牲だったんだ」
「犠牲に……犠牲に必要もクソもあるか! 犠牲は犠牲だ!! 他にやり方があっただろうが! 私は……私は! 本気でお前の語る理想に惚れ込ん……んぐっ!!」
ラグナスが力任せにジェシカを抱き寄せ、強引に唇を重ねる。
「ぷはっ! な、何をする!! んぐっ……」
ジェシカが無理やり顔を離すが、そんなことには構わずラグナスが唇を重ねる。そのままジェシカの服の中に手を侵入させ……
「……つぅ……」
と、突然ラグナスがジェシカから顔を離したのだが、口からは血が滴っていた。ジェシカがラグナスの唇を噛んだのだ。
「次は舌を嚙み切……あぁっ!!」
だがなおもラグナスはジェシカを力任せに抱き寄せ、その体を貪る。
「や、やめろ……やめてくれラグナス……こんなことお前はしないはずだ……んん……」
「もうやめたんだ。欲しいものは力尽くでも奪う。君の代わりをロキから貰い……抱いたんだが虚しかったよ。やはり君じゃないと私はダメなんだ。私の中のオーディンが力尽くでも君を奪えと……」
「『アクセプト!!』」
ジェシカが導術を発動。ズガンッ! と凄まじい音がして、ラグナスとジェシカが吹き飛ぶ。
だがラグナスは吹き飛びはしたが無傷。対してジェシカはボロボロになって落下し、それをラグナスが追いかけて抱きとめる。
「ぐぅ……ふざ……けるな! ふざけるんじゃないぞラグナス!!」
ボロボロのジェシカが叫ぶ。
「何が『私の中のオーディン』だ!! お前はラグナス! ラグナスであってオーディンではない!! 責任を……責任を押し付けるなっ! もはや貴様は私の敵だっ! 私と貴様の道は二度と交わることはないと悟った!! 貴様は……貴様は!! 私とノヒンが必ず倒すっ!!」
ジェシカの心からの叫び。
「言いたいことはそれだけか? なら……」
なんの感情も感じられないラグナスの言葉。ラグナスが表情も変えず、ボロボロのジェシカの服を破り捨てる。
「ちょうど身動きの出来ないノヒンがこちらを睨んでいるな。このまま君を抱かせて貰うとするよ」
「ふざ……ふざけるな! やめろ! やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
ラグナスがノヒンに見せつけるようにジェシカを後ろから抱きしめ……挑発するようにジェシカの体をまさぐる。
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