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第二部 第二章 闇の咎─淫獄の魔女─
咎と咎
しおりを挟む雷鳴轟く空の覇者──
地上を這いずる烏合の愚者共に、侮蔑の視線を送るかのように──
ロキが上空からノヒンを見下ろしていた。
「ちっ……あのやろう……」
ノヒンが損傷部位を再生し、ロキを睨みつける。だがロキはそんなノヒンの視線には構わず、ゆっくりとマヤの元へと向かう。その間、ディザスタードラゴンは何故か空中で静止し、頭上の極大レーザー発車までの時間も止まっていた。
「これはチャンスだノヒン! 何故かは知らんがディザスタードラゴンが動きを止めておる!」
「ああ。気に食わねぇーが……今はあいつらに構ってるヒマはねぇ! 行くぞわん公!」
「ノヒィーーーーーーーーーーーーーンッ!」
ノヒンがディザスタードラゴンへ向けて飛び上がろうとしたところに、ジェシカが慌てた様子で戻ってくる。
「無駄だノヒン! 何故かは分からんが、ディザスタードラゴンに近付けなくなった! 何か見えない壁のようなものがある! [近付こうとしても進めないの!]」
「近付けねぇだと? ちっ……んじゃあ試しに……」
ノヒンが予めセットしておいた剛力の弓をディザスタードラゴンに向かって放つ。だが放たれた矢はディザスタードラゴンの少し手前、何か見えない壁のようなものに弾かれた。
「これはもしや……『アクセプト!』」
ヴァンガルムが導術を発動。黒い霧がディザスタードラゴンに絡み付く。
「……ふむ……なるほど……」
「なんか分かったのかよわん公?」
「ああ。ロキが無詠唱特殊魔術を使ったのだ。絶対不可侵の領域を発生させ、指定対象を五分程完全に守るというものだ。領域内は時間すら止まる。確か名称は……」
「時の支配者だ」と、ロキの声が響き渡る。
「くく……五分間は何があっても動かん。とりあえず貴様らは少し休んでいろ。なに、こちらの会話は聞こえるようにしてやった。退屈はせんだろう」
「時の支配者はアマト家のものだったはず! それをなぜ貴様が!!」
「喰ったのだ。そろそろ私がなんの半魔か思い出さんか? フェンリルよ」
ロキにそう言われ、ヴァンガルムが自身の記憶、更には遠隔同期でフギンとムニンのデータを探るが、それらしいデータを得ることは出来なかった。
「何となくの予想はついているだろう? まあとりあえずは貴様も休んでいろ」
そう言ってロキがマヤと対峙する。
「ふふ……カミヤの姿なんか借りちゃってぇ……アラハバの老いぼれがなんのつもりなのかしらぁ?」
「少々貴様はやり過ぎだマヤ。これではオーディンが創り出した箱庭が壊れてしまう」
「えぇ? 別にいいんじゃない? 私は気持ちよければなんでもいいわぁ。あなたも私の中に出すぅ?」
「ちっ……貴様は相変わらずの色狂いだな」
「だってぇ……気持ちいいでしょ? お互いの体の中に無遠慮に侵入してぇ……んん……それより……邪魔しないでくれるかしら? 私はマリルちゃんと気持ちいいことするんだからぁ」
「やれやれ……貴様とは会話にならん。だが一つだけ言っておく。私の宿願を邪魔すると言うのなら、貴様も喰うぞ?」
「ああ怖ぁい! 咎同士の約束を破るつもりぃ? 絶対不可侵って約束したわよねぇ?」
「貴様が先に破ったのだろう」
「あなたも破ったわよね? 例え他の咎が何をされようと不可侵。そうよね?」
「詭弁だな」
「でもぉ……優しいのね? まさかあなたが守るために喰う……なんてね?」
「咎は貴重なのでな。守ったわけではない。それと……」
「貴様の醜い行為を見るのが苦痛だったのでな」とロキが言い放ち、頭部がバキバキと音を立ててディザスタードラゴンのようになる。背中からは真紅の羽が生え──
いったいロキは、何体の魔獣の力をその身に宿しているのだろうか。
「あら? あなたも参戦するの?」
「この箱庭を壊されるのは気に食わないのでな。とりあえずはあの破壊するしか脳のないガラクタは処分させてもらう」
「どうぞご自由に? でもぉ……かなり強化した個体よ? あなたでも苦戦……するんじゃないかしら?」
「やれやれ。それは骨が折れそうだ」
そう言ってマヤとの話を終えたロキが、ノヒンの元へとやって来る。
「というわけだノヒンよ。とりあえずはあのガラクタ掃除は手伝お……がはっ!」
語りかけるロキの顔を、ノヒンが思い切り殴りつける。
「貴様……状況が分かっ……ぐぅっ!!」
さらにロキの鳩尾を殴りつけて力任せに押し倒し、首筋に黒錆の長剣をギリギリと押し付ける。その顔は怒りに震え、噛み締めた口元からは血が滴る。
「……勘違いすんじゃねぇよ。てめぇも殺す対象だ。だが……あれは俺らだけじゃ間に合いそうにねぇ」
そう言ってノヒンが黒錆の長剣をロキから離し……
ロキに向かって「手伝ってくれ」と頭を下げた。
「くく……貴様が頭を下げるとはな」
「前の俺だったら今すぐてめぇをぶっ殺してただろうさ。だけどよ、今は守りてぇ奴らが増えちまってな。俺のわがままだけで突っ走るわけにはいかねぇんだ」
そう言ってノヒンが拳をギリギリと握り、握った拳からも血が滴る。共闘を受け入れはしたが……
それはノヒンにとって苦しい選択だった。ロキはラグナスに協力し、エインヘリャルの儀を行った相手。許せるはずもなく、今すぐにでも殺したい相手。だが……
「けどよ、これが終わったら次はてめぇだ。絶対にてめぇは……」
「殺す」と、ノヒンがロキを睨みつける。
「くく……いい怒りではないか。ではまあ……やるとしようか? あのガラクタは残り三体。貴様は血燃《バーンブラッド》だったか? を使って一体を必ず仕留めろ。少し休ませたおかげで使用可能だろう?」
「ちっ……命令してんじゃねぇよ」
「ジェシカは先程と同じように飛び回ってヘイトを集めろ。奴らは馬鹿なのでな。近い者、攻撃を仕掛ける者、激しく動く者を優先的に狙う」
「貴様に命令されるのは癪だが……了解した」
「私は私で一体は確実に仕留める」
「残り一体はどうすんだぁ? 俺の血燃《バーンブラッド》は持つか分かんねぇぜ?」
「そもそも貴様が事象崩壊魔術を使えればこれほど苦戦はしないのだがな? まあ残り一体は……」
ロキが不敵に「くくく……」と笑う。
「残り一体に関してはまあ大丈夫だ。任せろ」
「はぁ? んな適当な作戦……」
「いいのか? そろそろ動くぞ?」
そう言ってロキが顎を使って上空を見るように促す。
「「「ル゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛」」」
ノヒンが上空を見ると、三体のディザスタードラゴンの耳を劈くような叫び。
「ちっ! ぐだぐだ話してねぇでやるしかねぇ! ジェシカ! ヨーコ! 頼む!!」
「了解した! [任せてよね!]」
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