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第二部 第二章 闇の咎─淫獄の魔女─
闇を払うは黒狼の 4
しおりを挟む「貴様……なぜ鎧化を解除した!」
巨大な狼となったヴァンガルムが叫ぶと、振動で木々が揺れる。
「んなことも分かんねぇのかよっ!!」
「ぐぶぉっ!!」
ノヒン渾身の拳がヴァンガルムの脇腹にめり込み、ヴァンガルムが木々をなぎ倒しながら凄まじい勢いで吹き飛ぶ。
「ちっ! 貴様ぁっ!!」
吹き飛ぶヴァンガルムが空中で翻って着地。そこへノヒンがゆっくりと歩み寄る。
「ちっ……一応聞いてやろう。なんのつもりだ?」
「謝れよ」
「謝れだと? 何をだ?」
「ちっ……これだからわん公はよ。ジェシカとヨーコに謝れよ。死ななきゃいいだぁ? ふざけんじゃねぇぞっ!! てめぇにゃ分かんねぇかもしんねぇがよ! 人間はよぉ! 陵辱されて心が死ぬやつもいんだ!! そんなのは戦場でさんざん見てきた!! 『性的な搾取はされるだろうが』とか簡単に言ってんじゃねぇよ!!」
「あぁ……そうか。貴様はそういうやつだったな……」
「いいから謝れや。俺と一緒にやってくってんなら、もう少しこっちの立場に立て。分かんねぇし謝らねぇってんならよ……」
ノヒンが怒りを露わにしてヴァンガルムに詰め寄る。殺気が漏れだし、このまま殺すのではないかという雰囲気だ。
「ありがとうノヒン。もういいぞ? そんなに怒ってくれて嬉しいが……大丈夫だ。陵辱と言ってもマヤは女性だから…… [色々されたけど、男の人にされてないだけマシだよ?]」
「男とか女とか関係ねぇ。心を傷付けられたってのが重要だ」
さらにノヒンがヴァンガルムへと近付く。
「おめぇがこの話ぃ……分かんねぇってんならここまでだ。心の痛みが分かんねぇなんてよ、おめぇも糞共と変わらねぇ。でもよ、すぐにとは言わねぇが、分かって欲しいんだ。だってよ……」
「仲間だろ」と、ノヒンが頭をガシガシと掻く。
「そう……だな」
ヴァンガルムはそう言うと、ジェシカの方に視線を向ける。
「すまなかったなジェシカ、ヨーコ。我ももう少し人の心というものを学ぼう」
「ヴァン君……」
「その呼び方……ちっ……どうやらいらん情報まで共有してしまったようだな」
ヴァンガルムがやれやれと言った雰囲気で頭を振る。
「んで? 焦んなっても、なにか策はあんのかよわん公?」
「それを言おうとして貴様が暴れたのではないか。まあいい。まずはイルネルベリの民たちを何とかせねばなるまい」
「そんなんマヤをぶっ殺せばいいだろ」
「貴様は本当に単純だな。ではジェシカに問おう。イルネルベリの民たちをそのままにして、我らがマヤの元へと辿り着いたとしたら……やつはどうすると思う?」
水を向けられたジェシカが考え込む。
「人質……ということだな?」
「そうだ。だからこそ我は焦るなと言ったのだがな。貴様が弱き者共を救いたいと思っていることを考えてのことだったのだが……なぁノヒン? なにか言うことはないか?」
「ちっ……そう考えてたんなら早く言えよ」
「貴様が突然殴りかかってきたのではなかったか?」
「悪かったよ」
「聞こえんなぁ?」
「……相変わらず性格が悪ぃな。悪かったよ」
「くくく……では作戦を伝えようではないか」
ヴァンガルムが考えた作戦は単純なものだ。イルネルベリへと突撃し、導術を使用してなるべく多くの人達を魔術から解放するというものだ。導術が使えるジェシカにも魔術解除のやり方をデータ共有すれば、作業効率は倍になる。
セリシアやファム、マリルやセティーナに関しては、場合によっては闇属性魔術によって匿われているかもしれない。だがそれに関してもヴァンガルムには考えがあるようだ。
「セリシア達のことは我に任せてはくれんか?」
「あぁん? 考えがあるってんなら教えろや」
「貴様に話したら無駄な動きをしそうだからな。とりあえずは我を信じてくれ」
「ちっ……信じていいんだな?」
「くく……前までの貴様なら無理やりにでも聞き出しただろうな? それに安心しろ。マヤは魔女や半魔を直接的に殺したことはほとんどない。なぜなら……」
実は魔女や半魔などはある理由から、美しい者が多い。マヤは美しいと思った者を失うことを嫌い、出来れば一生性奴にしたいと考えている。例え奪い返されようと、また奪い返せばいいと考える狂った思考の持ち主だ。そのうえ記録上では、マヤは魔女や半魔を直接的に殺したことがほとんどない。
「そりゃ本当なのか?」
「ああ。フギンとムニンのデータによればそうだ。とりあえず遠隔同期でフギンとムニンのデータを読み込んではいるが、いかんせん劣化版なのでな。他にも何か分かればすぐに伝える。現状、まずはイルネルベリ住民の解放を優先しようではないか」
「了解。ジェシカとヨーコも頼んだぜ?」
ノヒンの言葉に「私に出来るのか?」と、ジェシカが不安そうな顔をする。
「そもそも動きながらの導術発動にはまだ慣れていないんだ」
「それならば簡単に解決出来る。体の主導権をヨーコに渡して死の女神を発動。貴様はただ導術を発動すればよい。主導権がない側は口を動かさない状態でも発声出来る。つまりどれだけヨーコが暴れ回ろうと、貴様は落ち着いて魔術解除をイメージし、『アクセプト』と唱えればいいだけ。貴様らが同化していて好都……いやすまん」
ヴァンガルムがノヒンに睨まれ、「同化していて好都合」という言葉を引っ込める。
「……っし! んじゃあ俺は住民を怪我させねぇ程度に暴れりゃあいいんだな?」
「あまり殺気は漏らすなよ? 貴様の殺気のせいでいちいち逃げられても面倒だからな」
「状況が分かった状態でイルネルベリの奴らに殺気は向けねぇよ。それよりジェシカ。言いそびれてたんだけどよ……」
「な、なんだ?」
「替えの服……ねぇのか?」
「う、うわっ!!」
ジェシカが裸の上にマントを羽織っているだけの格好だということを思い出し、しゃがみこむ。
「うぅ……すっかり忘れていた……」
「ちっ……どうすっかな。正直ジェシカの裸を見られんのは気に食わねぇ」
「[それなら私に任せて!] ……姉さん? [私のニヴルヘイムなら服の再構築が出来るよ! データなら色々残ってる!]」
そう言ってヨーコがニヴルヘイムの専用武装ヘルヘイムを発動。ジェシカの体が黒い霧に包まれ……
「お、おい姉さん! なんだこれは!? 成都のチャイナドレスじゃないか!」
成都とはトマンズと聖王都ソールのちょうど中間辺りにある都市。チャイナドレスという特徴的な民族衣装が受け継がれている場所だ。ジェシカは何故かそのチャイナドレスと呼ばれる姿で……
「し、しかもなぜ姉さん寄りの体型になってるんだ!? [ふふん! ノヒンが大好きだった服だよ! チャイナドレスはおっぱい大きい方が見栄えがいいでしょ? だから!] か、勝手なことをするな! そ、それにノヒンは私の胸だって好きだ! なあノヒン!? [ええ? ノヒンは大きい方が好きだよね?]」
ジェシカとヨーコが子供のように張り合い、ノヒンがやれやれといった感じで頭をガシガシと掻く。
「ちっ……仲が良いのはいいこったが頭が痛くなってくるぜ。準備が出来たんなら行くぞ?」
「誤魔化すなノヒン! [あー! 逃げた!]」
「誤魔化してねぇって。俺は胸の大きさがどうこうじゃなく、ジェシカとヨーコが好きだ。例えどんな見てくれだろうと愛してるぜ?」
「ぐぅぅ……」
ジェシカが胸を抑え、悶絶する。
「つーかわん公。ちょっと気になったんだけどよ……」
「なんだ?」
「そういや魔獣はどこだ?」
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