上 下
140 / 229
第二部 第一章 誘うは闇の咎

奈落の檻─ヨーコ─

しおりを挟む

「……ごめん……ごめんねジェシカ……」
「何を謝る? 貴様が同化に同意せねば、私はジェシカの魔石を砕いていた。もはや貴様さえいればジェシカはいらないのでな。仮にも貴様は妹を救ったのだぞ?」
「あ、あなたには分からないよ! 自分が自分じゃなくなっちゃうなんて嫌に決まってるじゃない! それに……それに私はノヒンの元恋人だし……」
ではない。貴様とジェシカは同化したのだ。今現在、貴様がノヒンと恋仲ということにもなるだろう?」
「そんなの屁理屈だよ……そ、それより……」

 ヨーコが真剣な顔でロキと向かい合う。

「何をさせるつもり? 同化させるだけが目的じゃないでしょ? なんでこんな面倒なことを……」
「ジェシカにも言ったが、私は欲望の到達点が見たいのだ。私の作り出したNACMOがどこまで行けるのかをな」
「え……? 何を言って……るの? NACMOって魔素……だよね? それをあなた……が……?」
「そうだ。そのことに関しては本体と同期するまで忘れていたがな」
「本体……? よく分からないけど……あなたが黒幕……なの……?」
「この物語に黒幕など存在せん。欲望がアウルゲルミルを産み、オーディンを産み、世界は分断され、また変化を遂げようとしている。まあ私は観測者とでも言えばいいのだろうか? いや、干渉者でもあるか」
「言ってることが分からないよ……」
「分からなくてもいい。貴様は黙ってラグナスの子を孕め。孕んだ子がどんな変化をみせるか……」

 「くくく……」と、ロキが楽しそうに笑う。

「でも……私が……私たちが協力すると思う? 私たちはノヒン以外に抱かれるなんてことはないよ」
「なぜそれほど嫌がる? 一時はラグナスのことを愛していたのだろう? ああ……貴様ではなくジェシカがな」
「同化して分かったけど……ジェシカがラグナスに抱いていた想いは確かに愛情だった。でも今はノヒンのことしか考えてないよ? 愛してるのはノヒンだけ。私だってそう。知ってる? 愛した人に抱かれるのって……とっても幸せなんだよ?」
「貴様らの想いなどどうでもよい。力尽くで股を開かせてもいいのだぞ?」
「最低だね……」
「感情などどうでもいいのでな。……と言いたいところだが、貴様らは感情の爆発でも成長するようだ。そういう場面を何度も見てきた。さて……」

 ロキがなんの感情もこもっていない目で、ヨーコを見る。

「貴様はどうしたいのだ?」
「え?」
「ノヒンに会いたいのか?」
「会える……の? で、でもノヒンにはもう会えない可能性が高いって……」

 ジェシカとヨーコの魂は同化している。現状では完全な記憶の共有まで至ってはいないのだが、ある程度であれば共有出来ている。それもあってヨーコはロキとジェシカの会話を朧気ながらも理解している。

「ああ、あれは嘘だ。『仲間は全員死んだ』『ノヒンにはもう会えない』『ラグナスの子を孕む』という情報があれば、ジェシカが自死を選ぶかもしれぬと思ったのでな。楽に話を進めるために嘘をついた。まさか本当に自死を選ぶとは思わなかったが……貴様の妹は心が弱いのだな?」

 再び「くくく」と、ロキが笑う。

「まあラグナスは元の次元に戻すだろうさ。やつの望みはミズガルズを魔女や魔人の生きやすい世界に変えることなのでな。それがラグナスの願いなのか、はたまたオーディンの願いなのかは知らんが……くく……」

 心底楽しそうなロキの表情。ヨーコにはこの世界の現状がどうなっているのかは全く分からないが……

「会えるなら……会いたい! ノヒンに会いたい! ラグナスなんかじゃなく! ノヒンにたくさん抱かれたい!」
「くく……では協力してやろうか? ラグナスはそろそろ動けるようになるが、逃げるなら今だぞ?」
「え……?」

 「本当に何がしたいの……?」と、ヨーコが困惑の表情を浮かべる。

「さっきと言ってることが違うし、理解できないよ……」
「どちらでも面白いと思ったのでな。それで? どうするのだ?」
「行く……ノヒンに会いに行く!!」
「了解した。ではイルネルベリ辺りまで逃げるがいい。あの辺りまでは安全だ」
「他は安全じゃないの?」
「ソールから離れれば離れるほどラグナスも対処が難しいのだ。おそらく次元崩壊の端の方は酷い有様だろうな」
「酷い有り様?」
「制御出来ない魔素が荒れ狂い、命ある者達の体をズタズタに引き裂いているだろう」
「そんな……」
「貴様らは本当に面白いな。関係の無い他者の死を悲しむ」
「それが普通なんだよ?」
「まあそんなどうでもいいことで問答するつもりはない。だが一つだけ貴様に忠告してやろう。これから貴様には過酷な運命が待っている。まさか私がただで逃がしてやるなどとは思っていないだろう?」
「やっぱりただで逃がすわけじゃないんだね……」
「くく……楽しみだな。貴様が苦しんで出す答えが。では逃がす前に少しジェシカとも話そうか。少し細工もしたいのでな」
「え? 細工……? ちょ、ちょっと待ってロキ! な、何をするつも……」

 ヨーコの言葉を最後まで聞かず、ロキが黒い霧を滲ませながらヨーコに触れる。するとヨーコが頭を抱えて苦しみだし、髪がざわざわと黒く染まっていく。そのままロキは黒い霧をヨーコの体の中へと侵入させ、何事かを呟いた。

「ぐうぅ……なん……だ……? 今のは姉さんの……夢?」
「たった今まで貴様の姉のヨーコと話していたのだ。ふむ……」

 ロキがジェシカの顔を覗き込み、黒く染まった髪を触る。

「いい傾向ではあるな。同化した魂で個別の意思。なかなかに面白い」
「なんなんだ……なんなんだ貴様は!!」
「騒ぐな。貴様に伝えることは三つ。まず一つはここから逃がしてやるということだ。イルネルベリ辺りまで逃げろ。二つ目はあと二月ふたつき程で次元崩壊は収まる。さすればノヒンにも会えるだろう。そして三つ目は、貴様の体に神器を仕込んだということだ」
「な、何を言ってるんだ? 神器を仕込んだ? 逃がす……? い、いや……ノヒンに……ノヒンに会えるのか!?」
「そう言っている。貴様はヨーコと比べて記憶の同期が弱いようだな? まあそれもそのうち馴染むだろう」
「わけが……わけが分からない! なんだ! どういうことなんだ! なにがしたいんだ貴様は!!」
「『なにがしたいんだ』しか言えないのか貴様は? まあとりあえず神器についてだけ軽く教えておいてやろう。貴様に使用した神器はだ。必ず貴様は逃げたことを後悔する。必ずだ。貴様のせいで周囲の者が不幸になる」
「どういう……意味だ?」
「くく……いずれ分かるだろう。だが貴様に仕込んだ神器、解除するには自死するか私に頼むかのどちらかだ。解除したければいつでも戻ってきていいのだぞ? まあその時は……無理やり股を開かせるがな。せいぜい悩め。悩み、苦悩し、足掻き、苦しみ……その全てを観測させてもらう。……っとそろそろ時間のようだ」

 ロキがそう言ったところで、部屋の中に黒い霧が集まり始める。

「どうやらラグナスが少し動けるようになったようだ」
「ラグナスがここに来るのか!?」
「いや、まだ来ることは出来ん。ユグドラシルから離れるわけにはいかんのでな。虚像を紡いで会話する程度であろう。とりあえず……」

 言いながらロキがジェシカの装備を取り出す。ロングソードにシャムシール、クナイにナックルダスター、特製のグリーブなど。

「魔素で少し鍛えておいた。かなり強度は上がっているはずだ。それを持って逃げるがいい」
「くそ……まったく理解も納得も出来ないが……私を逃がしたことを後悔するなよ! ノヒンがいれば……ノヒンにさえ会えれば!」
「くく……弱くなったものだな? 貴様は一人では何も出来ないのか? それに例えノヒンに会えたとて、万全な状態へと成ったラグナスには勝てんだろうさ。それほどにラグナスは強い」
「ああ私は弱い! そんなものはとっくに思い知った! だが……だがそんな『弱い存在』を私やノヒンは救いたい! 私では無理だが……ノヒンであればラグナスだろうと打ち倒すだろうさ!」
「くく……ではラグナスにそう伝えておこう。それより……もう時間のようだぞ?」

 そう言ってロキが顎でくいくいと部屋の隅を見るように促す。部屋の隅には黒い霧が渦巻き、徐々に人の……ラグナスの形を成していく。

「ラグナスには私から適当に説明しておく。早く行け」
「くぅ……感謝はせんぞ!」

 ジェシカがロキを睨みつけ、部屋の外へと出ていった。それから間もなくして、部屋の中にラグナスが姿を現す。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~

昼から山猫
ファンタジー
異世界に降り立った元日本の弁護士が、冒険者ギルドの依頼で「クエスト契約書」を作成することに。出発前に役割分担を明文化し、報酬の配分や責任範囲を細かく決めると、パーティ同士の内輪揉めは激減し、クエスト成功率が劇的に上がる。そんな噂が広がり、冒険者は誰もが法律事務所に相談してから旅立つように。魔王討伐の最強パーティにも声をかけられ、彼の“契約書”は世界の運命を左右する重要要素となっていく。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

処理中です...