133 / 229
第二部 第一章 誘うは闇の咎
魔導戦艦 1
しおりを挟む──パランとの死闘から一週間後
ザァ……ザザァ──
波が緩やかに、それでいて力強く単調な音を繰り返している。ミャーオミャーオとウミネコも鳴き、頬を撫でる潮風が心地よい。陽も暖かく、目を閉じれば眠ってしまいそうな穏やかな時間。
「お、おいノヒン! 何を悠長に横になってるんだ! 君は見張りだろ! またおっきい魔獣が来たらどうするんだ!」
「ちっ、うるせぇのが来ちまったな」
「あー! また舌打ちした! って……マ、マリル!? な、なんでノヒンの腕枕で寝て……」
「騒ぐなよわん公。ちょうど今眠ったとこだ。しばらく血を飲んでなかったからよ、飲んだら寝ちまった」
ここは船の上。
ヴァンガルムが甲板で横になっていたノヒンを見咎めて近付くと、マリルがノヒンの腕枕ですやすやと眠っていた。
「ずるい! ずるいよノヒン! 僕だってマリルといちゃいちゃしたいんだ! マリルは渡さないぞ!」
「はぁ? なに盛ってやがんだぁ? つーか起きちまうから騒ぐなって言ってんだろ? こいつも色々とあったんだ。寝れる時に寝かせてやんねぇとよ」
「くぅ……マリルに対して激甘過ぎるだろ! そ、それに君にはジェシカがいるじゃないか! いったい君は何人の女の人と関係を持つつもりなんだ!」
「ちっ……うるせぇな。マリルはそんなんじゃねぇ。俺が……俺が守れなかったヨーコと重なんだ。髪色もそっくりだしよ。俺がもっと早くヨーコに出会ってたらよぉ……辛い思いはさせなかったんだがな……。っても俺と出会ったせいでヨーコはよ……」
そう言ってノヒンがマリルの頭を撫でる。
「や、やめろやめろ! くそ……何とかしてノヒンの毒牙からマリルを守らなければ……。行くぞ! ヴァンガルム! 出る!」
「……んん……うるさいなぁヴァンちゃんは……」
ヴァンガルムが駆け出したところで、マリルが目を覚ます。
「お、おはようマリル」
「もう……せっかくノヒンさんが腕枕してくれてたのに!」
マリルがもぞもぞと起き上がり、ヴァンガルムを恨めしそうな目で睨む。
「じゃ、じゃあ僕のもふもふ枕なんかは……」
「えー? ヴァンちゃんちっちゃいから、おっきくならないと枕にならないよー」
「そ、そんなことはない! ち、小さくたってもふもふだぞ! ほら! ほらほら!」
ヴァンガルムが伏せの体勢で尻尾をふりふり、自身の愛玩性をフルに使ってマリルを誘う。
「えー? じゃあ……ちょっとだけ」
言いながらマリルがヴァンガルムを枕にするが……
「ぐ、ぐふぅ……お、重い……重いけど僕はマリルを受け止めるんだ……大丈夫……大丈夫だヴァンガルム……僕はやる時はやる犬なんだ……」
「ヴァンちゃん……背骨がゴリゴリする……。やっぱりノヒンさんの腕がいいなぁ」
「くく……おいおいわん公? 今自分で犬って言わなかったかぁ?」
「ぐふぅ……」
しばしの穏やかな時間。
今現在、ノヒン達が乗船している船【魔導戦艦ファムノヒン】はイルネルベリを目指していた。
魔導戦艦ファムノヒンとは──
二百人程が乗船可能な魔素を利用した戦艦である。カグツチ家主導の元で造船され、最新鋭の技術を詰め込んでいる。
詠唱することで魔素を込め、魔術を発射する魔術三連砲が前部に一つ。後部には追尾式魔術砲が八つ。戦艦の両側面には、合計で四十二門の魔術砲が設置されている。
魔術砲は通常の砲弾を撃つことも可能であり、現時点でミズガルズに存在する船の中では最高火力を誇るハイブリッド戦艦だ。
推進力の面でも優れており、大気中の魔素を取り込むことが可能な駆動機関を有している。また、駆動機関の動力部分に魔女や半魔が魔素を供給することも出来る設計であり、補助機能としての帆や蒸気機関も有する。
実はNACMO端末上にあるデータから、このような戦艦を造船することは昔から可能ではあった。可能だったのだが、要らぬ争いを好まないカグツチ家がデータを使用していなかったのだ。
イルネルベリがソールに併合された二年前から、次元崩壊が起きるまでの間にモザンビーク港と船の造船は進められていた。そのうえで責任者であるファムが今後のことを見据えてセリシアに頼み、NACMO端末の情報を使用していた。
次元崩壊によって造船作業などはストップしていたが、ようやくの完成に至る。この造船でNACMO端末の情報を使用したことによって、様々と状況は変わった。フリッカー大陸の鍛冶師や職人が、神器に近い機構を持つものを作り出せるようになっていたのだ。
職人達はしばらくの間は魔導戦艦の造船に集中していたのだが、今現在はルイスと協力し、より完璧な神器を作れるように勉強中である。つまりルイスは……
またしてもノヒンについて来ることは叶わなかった。
完成した魔導戦艦の形は流線型の美しいフォルムであり、船体の色は黒と赤で彩られた豪華な装飾。この船体の黒い色なのだが、実はこれも魔素である。動力部にある魔石に魔素を供給することで発動するシールドのようなもの。
シールドが発動していない場合の船体の色は銀と赤であり、追加で魔素を供給することで強度を格段に上げることが可能。
魔素に関しては、ミズガルズに魔素が増えたことで枯渇する心配はほとんどない。魔素が増えたことによる人間や生物への影響は心配だが、それに関しては魔素災害に見舞われる、もしくは魔素溜りへと入ってしまうなどでなければ、それほど問題はないようだ。
降魔や魔獣になってしまう条件は「短時間で許容量を越える魔素が体内へと侵入した時」である。
「なんだか楽しそうですね? 皆さん?」
三人が、いや、主にヴァンガルムが騒いでいると、船室からセリシアが出てくる。
「よおセリシア。航海は順調か?」
「はい。魔素を使った推進機関はやはり速いですね。これであれば明日の夜にはイルネルベリのウティコリン港に到着出来ると思います」
「ようやくだな……ようやくジェシカに……」
ノヒンが船首へと歩き、イルネルベリ方面を見つめる。その背中がとても悲しそうで、セリシアが後ろからノヒンを抱きしめた。
ジェシカが無事なことは分かったが、「神器によって呪われた」とラグナスは言っていた。心配にならないわけがない。
「……ああ……ってもジェシカだけじゃねぇな。セティーナも無事なはずだ。魔素が乱れてるせいでフギンとムニンじゃちゃんと見れねぇみてぇだけどよ。セティーナが簡単に死ぬわけねぇからな。だからそんな顔すんなよセリシア」
「ノヒンさん……」
振り向いたノヒンとセリシアの顔が近い。
20
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?
悠
ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。
それは——男子は女子より立場が弱い
学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。
拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。
「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」
協力者の鹿波だけは知っている。
大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。
勝利200%ラブコメ!?
既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる