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第二部 第一章 誘うは闇の咎

魔導戦艦 1

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 ──パランとの死闘から一週間後

 ザァ……ザザァ──

 波が緩やかに、それでいて力強く単調な音を繰り返している。ミャーオミャーオとウミネコも鳴き、頬を撫でる潮風が心地よい。陽も暖かく、目を閉じれば眠ってしまいそうな穏やかな時間。

「お、おいノヒン! 何を悠長に横になってるんだ! 君は見張りだろ! またおっきい魔獣が来たらどうするんだ!」
「ちっ、うるせぇのが来ちまったな」
「あー! また舌打ちした! って……マ、マリル!? な、なんでノヒンの腕枕で寝て……」
「騒ぐなよわん公。ちょうど今眠ったとこだ。しばらく血を飲んでなかったからよ、飲んだら寝ちまった」

 ここは船の上。

 ヴァンガルムが甲板で横になっていたノヒンを見咎めて近付くと、マリルがノヒンの腕枕ですやすやと眠っていた。

「ずるい! ずるいよノヒン! 僕だってマリルといちゃいちゃしたいんだ! マリルは渡さないぞ!」
「はぁ? なに盛ってやがんだぁ? つーか起きちまうから騒ぐなって言ってんだろ? こいつも色々とあったんだ。寝れる時に寝かせてやんねぇとよ」
「くぅ……マリルに対して激甘過ぎるだろ! そ、それに君にはジェシカがいるじゃないか! いったい君は何人の女の人と関係を持つつもりなんだ!」
「ちっ……うるせぇな。マリルはそんなんじゃねぇ。俺が……俺が守れなかったヨーコと重なんだ。髪色もそっくりだしよ。俺がもっと早くヨーコに出会ってたらよぉ……辛い思いはさせなかったんだがな……。っても俺と出会ったせいでヨーコはよ……」

 そう言ってノヒンがマリルの頭を撫でる。

「や、やめろやめろ! くそ……何とかしてノヒンの毒牙からマリルを守らなければ……。行くぞ! ヴァンガルム! 出る!」
「……んん……うるさいなぁヴァンちゃんは……」

 ヴァンガルムが駆け出したところで、マリルが目を覚ます。

「お、おはようマリル」
「もう……せっかくノヒンさんが腕枕してくれてたのに!」

 マリルがもぞもぞと起き上がり、ヴァンガルムを恨めしそうな目で睨む。

「じゃ、じゃあ僕のもふもふ枕なんかは……」
「えー? ヴァンちゃんちっちゃいから、おっきくならないと枕にならないよー」
「そ、そんなことはない! ち、小さくたってもふもふだぞ! ほら! ほらほら!」

 ヴァンガルムが伏せの体勢で尻尾をふりふり、自身の愛玩性をフルに使ってマリルを誘う。

「えー? じゃあ……ちょっとだけ」

 言いながらマリルがヴァンガルムを枕にするが……

「ぐ、ぐふぅ……お、重い……重いけど僕はマリルを受け止めるんだ……大丈夫……大丈夫だヴァンガルム……僕はやる時はやる犬なんだ……」
「ヴァンちゃん……背骨がゴリゴリする……。やっぱりノヒンさんの腕がいいなぁ」
「くく……おいおいわん公? 今自分で犬って言わなかったかぁ?」
「ぐふぅ……」

 しばしの穏やかな時間。

 今現在、ノヒン達が乗船している船【魔導戦艦ファムノヒン】はイルネルベリを目指していた。

 魔導戦艦ファムノヒンとは──


 二百人程が乗船可能な魔素を利用した戦艦である。カグツチ家主導の元で造船され、最新鋭の技術を詰め込んでいる。

 詠唱することで魔素を込め、魔術を発射する魔術三連砲が前部に一つ。後部には追尾式魔術砲が八つ。戦艦の両側面には、合計で四十二門の魔術砲が設置されている。

 魔術砲は通常の砲弾を撃つことも可能であり、現時点でミズガルズに存在する船の中では最高火力を誇るハイブリッド戦艦だ。

 推進力の面でも優れており、大気中の魔素を取り込むことが可能な駆動機関を有している。また、駆動機関の動力部分に魔女や半魔が魔素を供給することも出来る設計であり、補助機能としての帆や蒸気機関も有する。

 実はNACMO端末上にあるデータから、このような戦艦を造船することは昔から可能ではあった。可能だったのだが、要らぬ争いを好まないカグツチ家がデータを使用していなかったのだ。

 イルネルベリがソールに併合された二年前から、次元崩壊が起きるまでの間にモザンビーク港と船の造船は進められていた。そのうえで責任者であるファムが今後のことを見据えてセリシアに頼み、NACMO端末の情報を使用していた。

 次元崩壊によって造船作業などはストップしていたが、ようやくの完成に至る。この造船でNACMO端末の情報を使用したことによって、様々と状況は変わった。フリッカー大陸の鍛冶師や職人が、神器に近い機構を持つものを作り出せるようになっていたのだ。

 職人達はしばらくの間は魔導戦艦の造船に集中していたのだが、今現在はルイスと協力し、より完璧な神器を作れるように勉強中である。つまりルイスは……

 またしてもノヒンについて来ることは叶わなかった。

 完成した魔導戦艦の形は流線型の美しいフォルムであり、船体の色は黒と赤で彩られた豪華な装飾。この船体の黒い色なのだが、実はこれも魔素である。動力部にある魔石に魔素を供給することで発動するシールドのようなもの。

 シールドが発動していない場合の船体の色は銀と赤であり、追加で魔素を供給することで強度を格段に上げることが可能。

 魔素に関しては、ミズガルズに魔素が増えたことで枯渇する心配はほとんどない。魔素が増えたことによる人間や生物への影響は心配だが、それに関しては魔素災害に見舞われる、もしくは魔素溜りへと入ってしまうなどでなければ、それほど問題はないようだ。

 降魔や魔獣になってしまう条件は「短時間で許容量を越える魔素が体内へと侵入した時」である。


「なんだか楽しそうですね? 皆さん?」

 三人が、いや、主にヴァンガルムが騒いでいると、船室からセリシアが出てくる。

「よおセリシア。航海は順調か?」
「はい。魔素を使った推進機関はやはり速いですね。これであれば明日の夜にはイルネルベリのウティコリン港に到着出来ると思います」
「ようやくだな……ようやくジェシカに……」

 ノヒンが船首へと歩き、イルネルベリ方面を見つめる。その背中がとても悲しそうで、セリシアが後ろからノヒンを抱きしめた。

 ジェシカが無事なことは分かったが、「神器によって呪われた」とラグナスは言っていた。心配にならないわけがない。

「……ああ……ってもジェシカだけじゃねぇな。セティーナも無事なはずだ。魔素が乱れてるせいでフギンとムニンじゃちゃんと見れねぇみてぇだけどよ。セティーナが簡単に死ぬわけねぇからな。だからそんな顔すんなよセリシア」
「ノヒンさん……」

 振り向いたノヒンとセリシアの顔が近い。
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