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第一部 第七章 夢の残火─覚悟編─
枷 3
しおりを挟む「ちっ! マジかよ!」
「ど、どうするノヒン!? これはどうすれば?」
「ど、どうしたの二人共? ぼ、僕……なんか変?」
驚くノヒンとルイスを後目に、ヴァンガルムが少年のような声で少年のように話し、まるで愛玩動物のようにちょこちょこと動く。もはやもふもふの黒い玉である。
「冗談じゃねぇんだよな……? 俺とルイスのことは分かんだよな?」
「ぼ、僕のこと馬鹿にしてるのか!? 一緒に色々したじゃないか! ……って……あれ? 僕は何してたんだっけ……?」
ヴァンガルムがその短い前足で自分の顔を必死にさする。その姿があまりにもかわいくて……
「ヴァン君かわいい……」
ルイスの心からの声が漏れ出てしまう。
「ば、馬鹿にしないでよルイス! 僕は気高き孤高のヴァンガルム! かわいいとは無縁なんだぜ!?」
そう言って近くの岩の上にヴァンガルムが駆け上がり、背筋を伸ばす。だがやはりその姿が……
「かわいい……」
「ちっ、こんなんじゃ同行も糞もねぇな。わん公はルイスと一緒にいろ」
「そうだな。ヴァン君もそれでいいか? さすがにこの状態では……」
「え? 僕? 全然状況が分からないんだけど……」
相変わらずのかわいさでヴァンガルムが考え込む。
「んー、でもなんだか僕はノヒンについて行かないとダメな気がする。というわけで……よろしくねノヒン!」
「はぁ? 連れてくわけねぇだろ。犬小屋でも作ってやっからそこで寝てろや」
「はあ!? ぼ、僕はこんな見た目だけど狼なんですぅ! だから犬小屋じゃなくて狼小屋ですぅ!」
「ちっ……キャンキャンうるせぇな。とりあえずルイス。短剣仕上がったら俺は行くぜ?」
「あ、ああ。向かうのはマルタか?」
「そうだな。フギンとムニンの情報によりゃあパランがいるかもしれねぇんだろ? あいつはたぶん……エインヘリャルの儀のこと知ってやがっただろうからよ。あの場にいなかったとはいえ、許すわけにはいかねぇからな。そもそも捕虜や奴隷の扱いも酷かったしよ」
「パランに関しては確定ではないがな。フギンとムニンは魔素が乱れている場では、機能が制限される。どういうわけかマルタは、魔素がかなり乱れているんだ」
「あの豚野郎がなんかやってんじゃねぇか? 状況が分かりゃあいいんだが……」
「それならば……」
ルイスが「私の師匠や弟がいるので連絡を取ろうか?」と言おうとして、やめた。おそらくそれをすれば、ノヒンは巻き込むのが嫌で絶対に頼らないはずだ。
それであれば、ノヒンが旅立ったタイミングにでもフギンとムニンに手紙を持たせ、「ノヒンという男が来たらそれとなく手助けしてやってくれ」とでも伝えておけばいい。それくらいであればバレても問題はないだろうと思う。
元々ルイスの師匠であるバランガや弟のルカスには定期的に手紙を送っていた。だがノヒンがマルタに行くとなると、二人には「私が女だと言うことは黙っていてくれ」とも伝えておかなければならない。師匠のバランガに関しては、なんなら元から男だと思って接している節もあったので心配はなさそうだが……
「なんか言いてぇことがあんのか?」
「いや、なんでもない。とりあえず私は短剣を仕上げたいので、鍛冶場へ戻る。ノヒンとヴァン君はどうする?」
「え? 鍛冶? 見たい見たい!」
ヴァンガルムが鍛冶と聞いて目を輝かせ、ぴょんぴょんと跳ねるが……
「じぃーーーーーーー」
ノヒンのことを訝しんだ目で見る。
「……鍛冶は見たいけど……でも……ノヒンを放っておいたら勝手にどこか行きそうな気もするし……よし! 僕はノヒンを見張ってるよ! 絶対にノヒンは逃がさないよ!」
ヴァンガルムが尻尾を振り、ノヒンの足元をぐるぐる回る。今のヴァンガルムにはほぼ記憶がないのだが、何となくノヒンの性質を理解しているようだ。
「ちっ……なんなんだよ。とりあえず俺はガイのとこにでも行ってくるぜ? まだ寝てんだろうが世話になったしよ。しばらく戻って来れねぇだろうし、顔くれぇは見とかねぇとな」
「分かった。日暮れまでには仕上げられるだろう。それまでには戻って来い」
「……なんだかんだ出発は遅くなりそうだな」
「なら明日にしたらどうだ? 夜は魔獣も増える。ディテッラーネウスを越えるなら明朝のほうがいいだろう」
「そういや魔獣も湧きやすくなったんだったな。んじゃあ……今日は酒でも飲むか?」
「お前はいつも酒だな」
「好きなんだからいいだろ? それに……」
「なんだ?」
「いや、お前のこと泣かせちまったしよ。まあ酒くらいなら付き合ってやろうかと思ってな。泣いてるおめぇ……かわいかったぜ?」
「う、うるさいぞノヒン! と、とにかく日暮れまでには戻れ! ヴァン君もノヒンを頼んだぞ!」
そう言ってルイスが鍛冶場へと戻り、ノヒンとヴァンガルムがガイの家へと向かう。予想通りガイは眠っていたのだが、その姿を見たヴァンガルムも何故か眠ってしまった。おそらく魔素を枯渇させられたことによる疲れなのだろう。
ノヒンは穏やかな表情で眠るガイとヴァンガルムに「色々とありがとうな」と感謝の言葉を伝え、「おめぇらもゆっくり過ごせる世界……目指すからよぉ」と、決意を新たにしていた。
その後、鍛冶場へと戻ったノヒンがルイスから短剣を受け取り、二人で酒場へと繰り出した。しばらく会えなくなるかもしれない二人は朝まで飲み明かし……
日が昇り、ノヒンは眠るヴァンガルムを置き去りに、マルタへと旅立った。
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