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第一部 第七章 夢の残火─覚悟編─
枷 1
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カーン、カーン、カーンと、鉄を打つ音が響く。聞きなれた音。見慣れた背中。単調な金属音を聴きながら、ノヒンがルイスの背中を見守っている。
ここはフリッカー大陸、エロラフ近郊アルドゥコバ火山の麓、ルイスの鍛冶場。
「悪ぃな。急がせてよ」
「いや、短剣に関してはかなり前に頼まれていたはずなのに、仕上げていなかった私が悪い」
「んなこたぁねぇだろ? 色々と大変だったんだしよ」
「いや、お前が眠り続ける間、少し集中出来なくてな。天之尾羽張は修復したが、そこで燃え尽きた」
「んじゃあその後は何してたんだ?」
「それは……」
「なんでぇ? 言いたくねぇのか?」
「いや、お前の隣で寝ていた……だけだな。お前が起きないんじゃないかと不安でな」
「悪かったな……」
「気にするな」
「それと……」
「なんだ?」
「ありがとよ。みんなのおかげで俺は生きてる。感謝しかねぇよ」
「そうか」
「あぁん? なんか機嫌悪ぃのか?」
「いや、そんなことはない」
「いやいや! 機嫌悪ぃだろ! 何年おめぇの背中見てきたと思ってんだ?」
「なら分かるだろ」
「もしかして俺が天之尾羽張壊しちまったことか? っても別に雑に扱ってねぇぜ? 急に使えなくなったんだ」
「天之尾羽張は修復が完全じゃなかったんだ。どちらかといえば私が悪い。今度は壊れないようにちゃんと修復するさ。というか……なぜ私が機嫌が悪いのか、本当は分かっているんだろう?」
「ぐぅ……」
「言ってみろ」
「悪かったよ。勝手に今日出発するって決めてよ」
「分かっていたならいいんだ。だが少し違う」
「あぁ? 何が……」
ノヒンがそう言ったところで、ルイスが振り返る。
「おめぇ……泣いて……」
「分かれよ馬鹿……もうお前のやることに口出しはしないと決めた。だがそれでも……しばらくお前と過ごせたからこそ……」
「寂しいんだ」と言ってノヒンに近付き、優しく唇を重ねた。
「悪ぃなルイス……。本当にお前は最高の相棒だぜ。いっつも俺のこと分かってくれるしよ」
「それは光栄だが……あのな、ノヒン……」
「なんだ? なんか言いてぇことがあんのか?」
ルイスは葛藤していた。
ジェシカの無事が分かるまでは、自分が女性だと明かさないと決めたのだが……
ノヒンとしばらく一緒に過ごしたことで、その決意は揺らいでいた。ノヒンが好きだ。ノヒンを愛している。男としてノヒンに抱かれたが……
女として抱かれたい。
「ちょっと目を閉じてくれないか?」
「あぁん? なんかよく分かんねぇが……」
ノヒンが目を閉じる。
そこへルイスが唇を重ね、黒い霧を滲ませた。これはルイスのサキュバスの力。相手に幻術をかける力。
「なん……だぁ……なんか……眠ぃ……」
今現在ノヒンは、魔石の損傷から魔術に対する耐性が下がっている。ルイスが直接ノヒンの体内へと魔素を流し込むことで、深い幻術へと捕らわれた。
「すまないノヒン……どうしても気持ちを抑えきれないんだ……」
ルイスが自身の男性化魔術を解き、眠りについたノヒンに唇を重ね、ベッドへと移動する。
そのままルイスは幻術で眠るノヒンと──
---
──数刻後
「……あぁ……やってしまった……」
正直全てを話してしまおうとも思ったが、ルイスはノヒンのことになると冷静な判断が出来なくなる。何が良くて何がダメなのかが分からなくなる。元からそういった傾向はあったが、ルイスがその身に宿したサキュバスの性質も影響してのことなのだが……
「何をやっているんだ私は……。眠った相手とするなんて、ノヒンが嫌う弱い立場の者への暴力じゃないか……」
ルイスがノヒンの上で頭を抱え、ぶつぶつと独り言を呟く。
「だが気持ちよかったのだろう?」
「ふぁっ! ヴァ、ヴァン君! 起きてたのか……?」
「少し前にな。魔石の修復は終わっていないが、多少起きる分には問題ない」
「それはいいことだけど……み、見てた……ってことか?」
「見てはいない。貴様の嬌声を聞いていただけだ」
「ノ、ノヒンには秘密にしてくれないか?」
「さて、どうしようか。我は貴様とノヒンが結ばれたほうがいいと思っているのでな」
「そう思ってくれるのはありがたいが……やっぱりこんなのはよくない。せめてジェシカの無事が……」
「くだらない。無事が分かったらなんだというのだ? こんなのはよくない? 分かっていて肌を重ねたのだろう? よくないと思っていたなら、そもそもこんなことはしない。今さら幻術にかけてまでした行為の言い訳か?」
「せ、責めないでくれないか……? 自分でも何をしているのかよく分からないんだ」
「責めたわけではない。我には分からぬ感情なのでな、どちらかというと楽しませて貰っている」
「もしかしてヴァン君って……性格悪い?」
「どうだろうな? そう感じるのであればそうなのだろう。それよりこの脳筋バカはどうする? 説明を聞いた上でバーンブラッドを二度も使用したのだろう?」
「ノヒンは……誰かを助けるためなら、自分がどれだけ傷付いてもいいと思ってるからな……って、あれ? なんでそのことをヴァン君が知っているんだ? しばらく眠っていたんじゃ……」
「フギンとムニンの正しい使い方を思い出してな。眠る前に同期しておいたのだ」
「同期っていうのは感覚が繋がるという認識でいいのか?」
「さすがは我とデータ共有しただけはあるな。フギンとムニンの由来は、我や専用兵装と似ているのでな。同期しての遠距離情報交換が可能なのだ。と言ってもこのフギンとムニンは偽物。我と一緒で肝心のデータは穴だらけだ。そのうえ魔素の乱れが激しい場所では大幅に機能制限される」
「だけど……これはだいぶ有用なんじゃないか? ノヒンの近くにヴァン君さえいれば……」
「そうだな。フギンとムニンを通して貴様と連絡は取れる」
「……それなら少し安心だ。こいつはすぐ無茶するからな。近況を知れるだけでも嬉しいよ」
「まあだが、こやつが無茶をしないように少し細工をしておくとするか。眠っている今が好機だ。『アクセプト』」
ヴァンガルムの目の前に『/convert erase memory nohin』と、白く輝く文字が現れ、ノヒンを黒い霧が包み込む。
ここはフリッカー大陸、エロラフ近郊アルドゥコバ火山の麓、ルイスの鍛冶場。
「悪ぃな。急がせてよ」
「いや、短剣に関してはかなり前に頼まれていたはずなのに、仕上げていなかった私が悪い」
「んなこたぁねぇだろ? 色々と大変だったんだしよ」
「いや、お前が眠り続ける間、少し集中出来なくてな。天之尾羽張は修復したが、そこで燃え尽きた」
「んじゃあその後は何してたんだ?」
「それは……」
「なんでぇ? 言いたくねぇのか?」
「いや、お前の隣で寝ていた……だけだな。お前が起きないんじゃないかと不安でな」
「悪かったな……」
「気にするな」
「それと……」
「なんだ?」
「ありがとよ。みんなのおかげで俺は生きてる。感謝しかねぇよ」
「そうか」
「あぁん? なんか機嫌悪ぃのか?」
「いや、そんなことはない」
「いやいや! 機嫌悪ぃだろ! 何年おめぇの背中見てきたと思ってんだ?」
「なら分かるだろ」
「もしかして俺が天之尾羽張壊しちまったことか? っても別に雑に扱ってねぇぜ? 急に使えなくなったんだ」
「天之尾羽張は修復が完全じゃなかったんだ。どちらかといえば私が悪い。今度は壊れないようにちゃんと修復するさ。というか……なぜ私が機嫌が悪いのか、本当は分かっているんだろう?」
「ぐぅ……」
「言ってみろ」
「悪かったよ。勝手に今日出発するって決めてよ」
「分かっていたならいいんだ。だが少し違う」
「あぁ? 何が……」
ノヒンがそう言ったところで、ルイスが振り返る。
「おめぇ……泣いて……」
「分かれよ馬鹿……もうお前のやることに口出しはしないと決めた。だがそれでも……しばらくお前と過ごせたからこそ……」
「寂しいんだ」と言ってノヒンに近付き、優しく唇を重ねた。
「悪ぃなルイス……。本当にお前は最高の相棒だぜ。いっつも俺のこと分かってくれるしよ」
「それは光栄だが……あのな、ノヒン……」
「なんだ? なんか言いてぇことがあんのか?」
ルイスは葛藤していた。
ジェシカの無事が分かるまでは、自分が女性だと明かさないと決めたのだが……
ノヒンとしばらく一緒に過ごしたことで、その決意は揺らいでいた。ノヒンが好きだ。ノヒンを愛している。男としてノヒンに抱かれたが……
女として抱かれたい。
「ちょっと目を閉じてくれないか?」
「あぁん? なんかよく分かんねぇが……」
ノヒンが目を閉じる。
そこへルイスが唇を重ね、黒い霧を滲ませた。これはルイスのサキュバスの力。相手に幻術をかける力。
「なん……だぁ……なんか……眠ぃ……」
今現在ノヒンは、魔石の損傷から魔術に対する耐性が下がっている。ルイスが直接ノヒンの体内へと魔素を流し込むことで、深い幻術へと捕らわれた。
「すまないノヒン……どうしても気持ちを抑えきれないんだ……」
ルイスが自身の男性化魔術を解き、眠りについたノヒンに唇を重ね、ベッドへと移動する。
そのままルイスは幻術で眠るノヒンと──
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──数刻後
「……あぁ……やってしまった……」
正直全てを話してしまおうとも思ったが、ルイスはノヒンのことになると冷静な判断が出来なくなる。何が良くて何がダメなのかが分からなくなる。元からそういった傾向はあったが、ルイスがその身に宿したサキュバスの性質も影響してのことなのだが……
「何をやっているんだ私は……。眠った相手とするなんて、ノヒンが嫌う弱い立場の者への暴力じゃないか……」
ルイスがノヒンの上で頭を抱え、ぶつぶつと独り言を呟く。
「だが気持ちよかったのだろう?」
「ふぁっ! ヴァ、ヴァン君! 起きてたのか……?」
「少し前にな。魔石の修復は終わっていないが、多少起きる分には問題ない」
「それはいいことだけど……み、見てた……ってことか?」
「見てはいない。貴様の嬌声を聞いていただけだ」
「ノ、ノヒンには秘密にしてくれないか?」
「さて、どうしようか。我は貴様とノヒンが結ばれたほうがいいと思っているのでな」
「そう思ってくれるのはありがたいが……やっぱりこんなのはよくない。せめてジェシカの無事が……」
「くだらない。無事が分かったらなんだというのだ? こんなのはよくない? 分かっていて肌を重ねたのだろう? よくないと思っていたなら、そもそもこんなことはしない。今さら幻術にかけてまでした行為の言い訳か?」
「せ、責めないでくれないか……? 自分でも何をしているのかよく分からないんだ」
「責めたわけではない。我には分からぬ感情なのでな、どちらかというと楽しませて貰っている」
「もしかしてヴァン君って……性格悪い?」
「どうだろうな? そう感じるのであればそうなのだろう。それよりこの脳筋バカはどうする? 説明を聞いた上でバーンブラッドを二度も使用したのだろう?」
「ノヒンは……誰かを助けるためなら、自分がどれだけ傷付いてもいいと思ってるからな……って、あれ? なんでそのことをヴァン君が知っているんだ? しばらく眠っていたんじゃ……」
「フギンとムニンの正しい使い方を思い出してな。眠る前に同期しておいたのだ」
「同期っていうのは感覚が繋がるという認識でいいのか?」
「さすがは我とデータ共有しただけはあるな。フギンとムニンの由来は、我や専用兵装と似ているのでな。同期しての遠距離情報交換が可能なのだ。と言ってもこのフギンとムニンは偽物。我と一緒で肝心のデータは穴だらけだ。そのうえ魔素の乱れが激しい場所では大幅に機能制限される」
「だけど……これはだいぶ有用なんじゃないか? ノヒンの近くにヴァン君さえいれば……」
「そうだな。フギンとムニンを通して貴様と連絡は取れる」
「……それなら少し安心だ。こいつはすぐ無茶するからな。近況を知れるだけでも嬉しいよ」
「まあだが、こやつが無茶をしないように少し細工をしておくとするか。眠っている今が好機だ。『アクセプト』」
ヴァンガルムの目の前に『/convert erase memory nohin』と、白く輝く文字が現れ、ノヒンを黒い霧が包み込む。
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