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第一部 第七章 夢の残火─覚悟編─

変わりゆく世界 3

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「はぁ? もう一回言ってみろよノヒン!」
「ちっ! だから何度でも言ってやるよ! てめぇが来たところで邪魔だ! 足でまといなんだよ! なんなら今からやるか?」
「ははっ! いい度胸じゃないか! ちょっと表に出ろ!」
「いいぜぇ? とりあえずしばらく動けねぇようにしてやるよ!」

 ここはプレトリアにあるランドの家。ノヒンはセリシアとの話が終わった後でここを訪れた。ランドの家とは言ったが、元はカタリナの家。つまり結婚したランドが転がり込んだ形となる。

「二人とも本当に仲がいいよねぇ?」
「はぁ? どこがだよ!」「ふざけるなよカタリナ!」

 ノヒンとランドの声が揃い、カタリナが「ふふっ」と笑う。

「だってなんだかんだ楽しそうに見えるから?」
「ちっ……なんかやる気が削がれたぜ」
「ははっ! なんだぁ? 怖気づいたのかノヒィン?」
「ああ怖気づいた怖気づいた。ランド様はヒスってて怖ぇからよぉ」
「はぁ? やっぱり表に出ろよノヒ……ぐふぁっ!!」

 カタリナの全力の拳がランドの脇腹にめり込む。

「かは……な、何するんだよカタリナ!」
「ちょっと私の旦那さんにしてはかっこ悪いなぁって思って。それに比べてノヒンさんは……」

 言いながらカタリナがノヒンに近付く。

「とっても強いしかっこいいし……私……ノヒンさんに乗り換えちゃおうかな……?」
「え……嘘だろカタリナ……? 冗談……だよな……? 僕はまた……愛する人をノヒン……に……?」

 絶望したランドが膝から崩れ落ちる。あまりにもショックだったのか、「そうだよな……まあそうだよ……分かってた……うん……分かってたんだ……からかわれてたんだよ……そう……僕なんて……」と膝を抱えて座り込み、うわ言のようにブツブツと呟き始めた。

「ちっ……あんまりランドをいじめんなよ」
「えー? だってランドがかわいいからぁ。なぁんかいじめがいがあるんだよねぇ。格好つけてるくせに、夜も受け身だしねぇ」
「なんかおめぇ……ちょっとヨーコに似てんな。見た目じゃねぇぞ?」

 ノヒンとカタリナが、話しながらダイニングテーブルの椅子に腰掛ける。とりあえずは面白いので、ランドを放置することにしたようだ。

「ヨーコさんってランドが好きだった……ノヒンさんの恋人の?」
「ああ。冗談が好きでよ、とにかく明るくて……いるだけでその場があったけぇ雰囲気になんだ。っても見た目は似てねぇぞ?」
「さっきから見た目見た目って! はいはい! どーせヨーコさんの方が可愛かったってことでしょ? すいませんねぇ? 近接脳筋女で!」
「はぁ? 違ぇよ。ヨーコはまあ確かに『可愛い』って感じだった。だけどおめぇは『綺麗』って感じだ。めちゃくちゃ美人だと思うぜ? 髪だってこんなサラサラで……」
「きゅん……」
「きゅんとか口に出すのファムくれぇだと思ったが……なんかかわいいな」
「ノヒンさん……。ちゅー……しちゃう? ランドもあんなだし……」
「いいのか……? 俺ぁ……唇重ねるだけじゃ止まらねぇぜ?」
「いい……よ……? んん……ん……」

 ランドの背後で口を吸うような湿った音が響く。

「ま、待って! 待ってくれよカタリナ! ノヒン!!」

 ガタンッとランドが立ち上がり、二人の方を向く。

「……って……何してんだよ! 二人して僕のことをからかって楽しいか!?」

 ニヤニヤとした顔でランドを見る二人。カタリナは自分の腕に唇を付けて吸い、音を出している。

「いやぁカタリナが近付いて来た時に、紙ぃ渡してきてよ。『ランドで遊ぶから付き合って』ってな」
「はぁ? おいノヒン! 君はいつからそんなくだらない事が出来るようになったんだ!? そんなの付き合うなよ!」
「あぁん? ちっ……なんかおめぇらを見てるとよ、こういうなんでもねぇ……くだらねぇことがいいなって思っちまってよ。悪ぃ……ちょっと悪ノリが過ぎたな」
「ノヒン……」
「はは……。なんかいいよなぁ……好き同士が一緒に暮らしてよ。お互いにくだらねぇことで笑って……喧嘩して……。なんでこの世界はそんな簡単なこともままならねぇんだろうなぁ……」

 ノヒンが椅子から立ち上がり、ゆっくりと窓辺へ向かって歩いていく。その時チラリと見えた横顔には、一筋の涙が流れているようで……

 ランドとカタリナはかける言葉を失った。おそらくノヒンは今、ジェシカやヨーコのことを考えているのだろう。二人はなんと声をかければいいのか分からず、沈黙が流れる。

「……ほら見ろよ」

 しばらくして、ノヒンが外を見るようにランドとカタリナに促したので、二人が窓辺から外を見る。

「あいつらぁ……まぁだ喧嘩してやがんぜ? はは! さすがマリル。めちゃくちゃ強ぇな。ってもファムもすげぇ速ぇ。あぁ……みんなこういう風に過ごして欲しいもんだよなぁ……」
「ノヒン……」「ノヒンさん……」
「悪ぃ悪ぃ」

 「ちょっとしんみりしちまったな」と、ノヒンが頭を搔く。

「とりあえず俺のやるこたぁ……」
「やっぱり一人で行くのか? 僕も……」
「まぁだ言うか? おめぇはカタリナを幸せにしてやれよ。もう十分だ。十分おめぇは苦しんだよ。そろそろ幸せになってもいいだろ?」
「だ、だけどそれじゃあ君が! 君だけが苦しみ続けるじゃないか!」
「はん! 望むとこだ! 俺の血は呪われてやがんだ! この呪われた血でよぉ……糞共を殺して殺して……みんなが幸せになれりゃあそれでいい。それによ、ランド。ロキがカタリナに興味を示してやがったしよ、たぶん大丈夫だとは思うが……おめぇはカタリナの側にいてやれ」
「僕だけで……守れるかな?」
「ちっ……なに弱気になってやがんだ! カタリナを一生守るって決めたから結婚したんだろぉが! おめぇのやることはカタリナを幸せにすることだ! 頼むから俺におめぇらの幸せな顔を見続けさせてくれよ!!」
「ノヒン……。分かったよ。でも無茶だけはしないでくれ。君は……君は僕の……」

 「大切な友人なんだ」と言おうとして、やめた。そんなのは自分達らしくない。自分達らしい言葉なら……

「君は僕のライバルだからなぁ? 勝手に野垂れ死ぬんなら好都合だ!」
「ちっ! てめぇをブチのめすまでは死なねぇよ! カタリナもいいのかぁ? こんなひょろっちい陰湿気障やろうでよぉ! なんなら俺に乗り換えるか?」
「ふん! カタリナは僕が大好きだからなぁ? 君みたいな脳筋ゴリラなんて相手にするわけがないだろう!」
「はん! いいぜぇ? やんのかぁ?」
「君の泣いて謝る姿が目に浮かぶよ!」
「はは! んじゃまあ……」
「そうだな……」

 「またな」と二人が拳を合わせる。それを見たカタリナが感極まったのか、泣き出してしまった。そのままノヒンはランドの家を出て、マリルとファムの元へ向かう。

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