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第一部 第七章 夢の残火─覚悟編─
変わりゆく世界 1
しおりを挟むムスペルとの死闘から一ヶ月半後、世界は変化を迎えていた。次元崩壊の余波が再び大きく動き、今や世界全体を覆ったのだ。
それによって世界的に魔素量が増え、それなりの混乱も生じた。だがそれも初めの一週間程度であり、今は落ち着きを取り戻している。
魔素量が増えはしたのだが、それこそ魔素溜りに侵入する、もしくは魔素災害に見舞われたりしない限りは、直ちに人体に影響があるわけではないからだ。
ただそれを理解することが出来ない動物や虫などが魔素溜りへと入り、魔獣となる事案は増えていた。
それともう一つ、次元崩壊の本体にも変化があった。次元崩壊の本体が収縮を始めたのだ。それ自体は喜んでいいことなのだが……
次元崩壊から抜けた場所の状態は、悲惨な様相を呈していた。
建造物などはほぼ無傷なのだが、一人も生き残った人間が見つかっていないのだ。皆一様に体が千切れ、バラバラの死体しか見つかっていないのである──
---
「だ、だから! 私も連れて行って下さい!! わ、私だって戦えます!!」
「ちっ! 戦える戦えねぇじゃねぇんだっ! てめぇみてぇな甘ちゃんは邪魔だって言ってんだろうが!!」
「くうぅっ! えいっ! やあっ!!」
「遅せぇっ! ちっ! おらよっ!」
「ふぐぅっ!」
「あぁん? 何を止まってやがんだぁ? そんなんで連れて行って下さいなんてよぉ……よく言えたもんだなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
プレトリアの外れにある広場で、ノヒンとマリルが戦っていた。戦いとは言ったが訓練のようなものである。両親を殺され、一人になったマリルを心配したノヒンによるものなのだが……
少し厳しすぎる気もする。
ロキが去った後、気絶したノヒンはランドとカタリナによってトズールへと運ばれた。そこへノヒンを心配して探しに来たルイスが到着し、エロラフまで運ばれる。エロラフでは気合いで無理やり起きたガイによる魔石の修復を受け、なんとか魔石を修復することは出来たのだが……
そこから一ヶ月程ノヒンは眠り続けた。
その後、回復して目を覚ましたノヒンがランドやマリル達に会いたいとプレトリアを訪れ、今に至る。数日前まではルイスも滞在していたのだが、鍛冶の仕事があると言ってエロラフへと戻った。
「今日はここまでだ。ってもまあ、その強さがありゃあもう大丈夫だろ」
「強いって認めてくれるなら私も……」
「それはダメだ。そもそも俺は一人で戦うって決めてんだ。誰も連れて行かねぇ」
「そ、それはルイスさんから聞きました! で、でも! 私は……私を助けてくれたノヒンさんの力になりたいんです! それにノヒンさん……完全に治ったわけじゃないんですよね? 力がかなり制限されてるって聞きました」
「ちっ……んじゃあちょっと待ってろ。ちょうどいいやつがこっちに向かってやがる」
そう言ってノヒンがその場を立ち去り、しばらくして狼の魔獣であるガルムを連れてきた。かなり力を制限されているノヒンだが、常時展開の無詠唱特殊魔術は健在。敵対強化と絶対領域により、遠くからノヒンに対して敵意を向けたガルムを補足したようだ。
「ほらよ」
マリルの目の前にどさりとガルムが投げ捨てられる。
「な、なんですか!?」
「グルルルルル……」
マリルの前に投げ捨てられたガルムは空腹なのか、よだれを垂らして牙を剥く。
「早く殺さねぇとやられるぜ? ここで逃がしても他の誰かが犠牲になるかもしれねぇ」
「グルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
「い、嫌! やめて! ノヒンさん! ノヒンさん!!」
ガルムがマリルへと飛びかかり、首を食い千切ろうと暴れる。
「や、やめてよ! いや!!」
「嫌なら殺せ」
「いや! いやだ!! 殺すなんて嫌!!」
「ちっ……。やっぱ甘ちゃんだな……」
そう言ってノヒンが黒錆色の長剣を装着し、マリルに襲いかかるガルムを両断した。
「うぅ……」
「そんなんで付いて来られても迷惑だっ! 遊びじゃねぇ! 殺し合いなんだよっ!」
「ごめんなさい……ごめんなさいノヒンさん……。こ、殺すなんて怖くて……」
マリルがガタガタと震える。おそらくマリルは目の前で両親が殺されたことで、「死」というものに過敏に反応してしまうのだろう。さすがのノヒンも震えるマリルを見て、申し訳ない気持ちになる。
「……悪かったな。別にいじめようってわけじゃねぇんだ。だけどよ、戦場は綺麗事だけじゃ済まねぇ。今はガルムだったが、人間相手の時もあるんだぜ?」
「ノヒンさん……ノヒンさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
マリルが泣きながらノヒンに抱きつく。ムスペルとの絶望的な戦いの中でノヒンに助けられ、抱きしめられ……マリルはノヒンに対して淡い恋心のようなものを抱いていた。目の前で両親を殺され、一瞬で全てを失ったマリルの心の拠り所となっているのがノヒンだ。
「ちっ、俺は保護者じゃねぇんだがな」
「うぅ……ノヒンさん……」
「そういや吸血衝動は大丈夫か? かなり強烈な衝動なんだろ? それとなんだ、山羊の魔獣サテュなんとかってやつのせいで興奮しちまうって聞いたが……」
マリルは多重半魔である。NACMO端末の解析により、サキュバス、ヴァンパイア、サテュロスという魔獣が元になっていることが判明した。さらにこの三体の魔獣の性質が強く反映され、定期的に吸血衝動と性衝動が同時に襲いくる厄介な体質になってしまっていた。ただ性衝動と吸血衝動は同期しているようで、吸血さえ出来ればどちらも落ち着くようだ。
「そ、それは……セリシアさんやファムさんが……うぅ……血が……血が欲しいです……」
「ちっ……しゃあねぇな。ほらよ」
ノヒンが頭を掻きむしりながら、ぶっきらぼうに首を差し出す。
「あ、ありがとうございますノヒンさん……んん……んく……んく……」
「あー! な、何してるのよ!!」
そんな現場へファムが乱入してきた。
「うるせぇやつが来やがったな……」
「ちょっと! 離れてよマリル! 私のノヒンさんにエッチなことしないで!」
「おいファム。今日はモザンビークじゃなかったのか? サボってんじゃねぇよ。それにマリルは半魔になっちまったせいでこうなってんだ。仕方ねぇだろ?」
「モザンビークでの用事は終わったよ! ……じゃなくて! マリル! 今朝セリシアから吸血してたよね!? 吸血衝動にはまだ早いよね!?」
「あぁん? おいマリル……今の話は本当か?」
「ん……ぷは……そ、それは……」
ノヒンの首から口を離したマリルが、恥ずかしそうにもじもじと身を捩る。
「……も、もっと……ノヒンさんにくっついてたくて……」
「ぐぬぬ……ノ、ノヒンさんは私のなんだから! マリルみたいなぽっと出なんかに渡してなるもんですか!」
「でも……ノヒンさんいつも優しく抱きしめてくれて……お父さんとお母さんのお墓建てた時も……ずっと抱きしめてくれてて……。そ、それに昨日は一緒に寝てくれたし……」
「え? い、一緒に寝た……? そ、それは同情! マリルに同情してるんだよ! わ、私なんてノヒンさんのアレをアレしたんだから!」
ファムが手と口を使い、いかがわしいジェスチャーをする。
「え……そ、そうなんですか……?」
「言ってやって言ってやってノヒンさん!『てめぇみてぇなガキィ相手にするわけねぇだろ』って言ってやって!」
「ちっ、おめぇもガキだろうがよ。まあとりあえず……」
「い! 痛ぁいっ!」「い、痛いです……」
ファムとマリル、二人の頭をノヒンが叩く。
「俺はこれからセリシアに用事があんだ。悪ぃけど二人で遊んでてくれ」
「えー」と不満そうなファムとマリルを置いて、ノヒンがセリシアの家へと向かう。
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