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第一部 第六章 夢の残火─継承編─

余話─繋ぐ命─ 1

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 ──ムスペルとの死闘から遡ること十ヶ月前、トズール

「お、おいノヒン! 起きろ! 起きてくれノヒン!」
「あ、兄貴! 起きてくれよ兄貴ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 トズールにルイスとガイの声が虚しく響く。

「ダ、ダメだ……完全に心臓が止まっている。ノヒンの超速再生であればすぐに修復するはずなのに……なぜ……だ? 頭も無事……体が消滅していないということは魔石も無事なはず……魔素だって十分にあるはずだ……なのになぜ心臓が動かない……?」
「なんで……なんでだよ兄貴……こんな……こんなのねぇよ……」

 トズールでノヒンが死亡する数刻前、突如爆発的に拡大した次元崩壊の球体にエロラフは呑み込まれた。あまりに突然の急拡大だったため、ルイスやガイは為す術なく次元崩壊へと呑み込まれたのだが……

 空が多少暗くなっただけで、これといって何かが起きるということはなかった。ただことは体感で感じられ、半魔となったルイスも体に違和感を覚えた。これは通常よりも濃い魔素に触れたことによる反射であり、それによってルイスはある嫌な予感に襲われた。

 ルイスはサキュバス淫魔ハルピュイア有翼の乙女セイレーン有翼の歌乙女マーメイド人魚の半魔であり、その中のマーメイドには予言獣としての力がある。ここでいう予言とは的確に未来を把握することではなく、『何かが起きる』や『何かが起きた』というような虫の知らせ程度の力。

 つまりルイスはマーメイドの予言獣としての力によって、ノヒンの身によくないことが起きたことを感じ取った。そこからガイを抱え、ハルピュイアの翼で急ぎトズールへと向かい……

 そこで死亡したノヒンを発見。完全に心臓は止まり、体は冷たくなっていた。瞳孔は開き、ノヒンから「生」というものを一切感じ取ることが出来ない、そんな絶望的な姿。

「くそっ! こんな! こんなことなら一人で行かせるんじゃなかった!」
「ぐうぅ……兄貴ぃ……」
「なにか……なにか手は……」

 ルイスが頭を掻きむしりながら考える。これほどルイスが取り乱すことなど、今までなかっただろう。

「……い、いや! やっぱりおかしいじゃないか! 魔石を砕くか頭が潰れない限りは死なないはずだ! なにか……なにか理由があるはず!」
「ル、ルイスちゃん! こ、ここを見てくれ! 背中の傷口から魔石が見えるけど……わ、割れてる!! だけど砕けたわけじゃねぇ! これなら俺の力で……!」

 ガイがノヒンの魔石に手を触れ、黒い霧を滲ませるが……

「ダ、ダメだ! 魔石が修復できねぇ! な、なんでだ!?」
「ノヒンが特殊な魔人だからか……? くそ……どうすれば……」

 考え込むルイスの目に、焦りから今まで見落としていた一人の女性の姿が映り込む。とりあえず近付いて脈を確認するが……

「死んではいないがもう手遅れか……? 敵意もないようだし……だがこれは誰だ? ……この怪我で生きているということは……魔女か半魔……か? 見覚えがある気もするが……そ、そうだ!!」

 ルイスがヴァンガルムとのデータ共有で知り得たレイラの姿を思い出す。

「な、なぜここにレイラが? ノヒンはレイラと戦った……のか? ……ダメだ! 状況が分からん! と、とにかく一度エロラフにノヒンとレイラを運ぶぞ! ヴァン君ならなにか分かるかもしれない! 休眠モードだと言っていたが……叩き起す! 行くぞガイ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれルイスちゃん!」

 ガイが見事な装飾の刀を拾う。

「こ、これは天之尾羽張あめのおはばりだ! 前にサハラウで見た事あるから間違いねぇ! それにあれは……」

 ガイの視線の先に一対のワタリガラス、フギンとムニンがいた。勾玉で呼び出された存在は、呼び出す際に命じたことしかしない。フギンとムニンはランドに『聞いた情報を教えろ』としか命令されていなかったので、その場で動かずにいたのだ。

「と、とりあえずこいつらも無関係じゃなさそうだ! 一緒に連れて行こうルイスちゃん!」
「よし! 急ぐぞ!!」


---


 ──エロラフ、ルイスの鍛冶場

「ヴァン君! 起きてくれヴァン君!!」

 ヴァンガルムが眠る鍛冶場に、ルイスが転がりこんで叫ぶ。だがヴァンガルムは微動だにしない。

「くそっ! 起きてくれ! 起きてくれよヴァン君!!」
「ルイスちゃん。そもそもそのヴァン君はなんで休眠モード? ってやつになってんだ?」
「確か……魔石の損傷を修復するために……そうか! ガイ! ヴァン君の魔石の修復を頼む!」
「わ、分かった! 兄貴みてぇに修復できねぇかもしれねぇけど……」

 ガイがヴァンガルムに触れながら黒い霧を滲ませると、しばらくしてヴァンガルムの目がゆっくりと開いた。

「……なん……だ……? 誰が我に魔素を……」
「や、やったぜルイスちゃん! 魔石の修復が出来た!」
「誰だ貴様は? 魔石の修復だと? ……貴様ごときに出来るわけがないだろう! 我は無理やり魔素を流し込まれたので目を覚ましただけだ!」

 ヴァンガルムが子犬の姿でガイを威嚇する。

「そもそも我の魔石はヴァン達と同じで特別だ。見たところ貴様は魔石の修復が出来るようだ……ぐあっ!!」

 ヴァンガルムが話している途中、ルイスが掴みかかる。

「ヴァン君! 頼む! 助けてくれ! ノヒンが! ノヒンが!!」
「な、なんだルイスよ? あの筋肉ダルマがどうか……」

 そう言いながらヴァンガルムが視線を移すと、そこにはベッドの上で息絶えたノヒンがいた。さらにヴァンガルムにとって懐かしい女性の姿。

「レイラではないか! これはどういう……いや! それよりノヒンだ! 状況がまるで……お、おお! フギンとムニンまで!」
「フギンとムニン? い、いや! そんなことはいいからノヒンを! ノヒンを何とかしてくれヴァン君!!」
「焦るなルイス! このフギンとムニン、ワタリガラスはノヒンの近くにいたのか?」
「あ、ああ! 近くでじっとしていた!」
「であれば何が起きたかは見ているはず……」

 そこからの展開は早かった。

 ヴァンガルムがフギンとムニンからデータを読み取り、トズールで何が起きたのかを把握。それによってレイラ、フギン、ムニンが勾玉による偽物であることや、ノヒンの魔石が損傷した事実。おそらく魔石の損傷によって超速再生が発動しないことによって死亡したことなど、状況の把握はすぐに済んだ。

「よし! やることは決まった! そこの男! 貴様の魔石修復の力を我がサポートする! だが魔石の損傷が激しいのでな! レイラの魔石を材料に使わせて貰うぞ!」
「ええ!? この女の人を見殺しにするってことか!?」
「そもそもこのレイラは偽物で感情も何も無い! だからといって気分がいいものではないが……仕方がない! つべこべ言わずにやるぞ!」
「わ、分かった!」
「それとルイス! 貴様は天之尾羽張あめのおはばりを修復しろ! 魔素を送り込みながら鍛え上げれば、コアが少しずつ修復するはずだ! いいな!? ノヒンは我とこの男……」
「俺はガイだ!」
「……ガイとでなんとかする! 貴様には貴様の出来ることをしろ!」
「分かった! 頼んだぞヴァン君! それと……」

 ルイスがノヒンに近付き、唇を重ねる。

「ノヒン……戻って来いよ……。お前は私達の灯火なんだ……」
「よし! 作業へ移るぞ! ガイ! とにかくノヒンの魔石を修復することにだけ集中しろ! 我はレイラの魔石を導術で……」

 ヴァンガルムがレイラを見つめ──

「ちっ……すまないなレイラ……」

 と、静かに涙を流した。

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