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第一部 第六章 夢の残火─継承編─

継承 3

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「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ヤバいヤバいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
「きゅ、急に力が抜け……でびゅうっ!!」

 ムスペルの軍勢に蹂躙されるカグツチ隊。

 戦場は地獄と化した。

 ランドが大戦斧を手放したことで先導者の効果がなくなり、徐々に戦意高揚や身体能力強化の恩恵がなくなっていく。

 先導者によって戦況はカグツチ隊に傾いていたが……

 今や阿鼻叫喚の地獄。

 次々と人が死に、隊を引っ張っていたカタリナやセリシア、ファムも追い詰められていく。

『ふふ。これでジ・エンドですね? よく頑張りましたが、少し届かなかったですね?』
「……ふざ……け……るな……や……やってや……る……ぼ……僕……が……」

 ランドが折れた腕でムスペルを殴りつけるが、もはや力はなく、ぺしんと虚しい音がするだけ……

 その様を見たムスペルがにぃっと口角を上げ、邪悪な笑みを浮かべる。

『ああ! これが楽しいという事なんですね!? 私は今! あなたに優しく愛撫されている気分ですよ!! ふふ……ふははははははははははははははははははっ!! ……なんですか?』

 ランドの髪を鷲掴みにしたまま高笑いするムスペルの背中に、一本の矢が当たって弾かれた。

 ランドが薄れゆく意識の中で、矢の飛んできたであろう方角を見る。

 そこにはムスペルとの戦闘前に逃がした男が、弓を構えて立っていた。男の背後にはモザンビークの人達が全員だろうか、弓や剣を構えて立っている。

「お、俺はやるぜ! 命の恩人のピンチに黙ってられるか!! それにこの作戦が失敗したら俺たちゃみんな死ぬんだ! 死ぬ気でやってや……らびゅしっ!!」

 唐突に男の首が飛ぶ。どうやら拾った矢をムスペルが投げつけたようだ。

『私が楽しく笑っているというのに、邪魔をするとは不愉快ですね。なんですか? みなさんそんなに早く死にたいのですか? そんなに死にたいのであれば……』

 ムスペルがモザンビークの人達に向けて手をかざすと、かざした手が燃え盛る炎に包まれていく。

『……っとこれはいけませんね。私の存在意義は全ての生物をNACMOで満たすことでした。と言っても、もうどうでもいいんですけどね? 弱者をいたぶることが、これ程に楽しいとは思いませんでしたので。まあ、とりあえず存在意義というものを全うしてから楽しむとしましょうか』

 そうムスペルが言うと、燃え盛る炎が黒い霧となって揺らめいて範囲を広げていく。

「……に……逃げ……て……くれ……」

 どこに逃げると言うのだろうか……

 ランドの悲痛な声が、絞り出すように漏れる。これで本当に詰みだ。モザンビークの人達を助けられなかったばかりか、ムスペルに逆らったことで皆殺しにされる。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 そんな中、ムスペルに向かっていく二つの影。ランドにはその二つの影に見覚えがあった。あれはカタリナと結ばれた日、モザンビークから護衛して連れてきたと言っていた家族の両親だ。

「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! なんなんだ! なんなんだお前はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「い、今のうちよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! 逃げて! 逃げてマリルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

 無謀にも両親がムスペルへと掴みかかる。そんなことをすれば確実に殺されると分かっているのだろうが、必死に押さえつけようと叫びをあげる。

『なんですか? 自殺志願者ですか?』
「逃げろマリルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
「早く逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
『ああ。これは親の愛。無償の愛というやつですか? ではそんなあなた方に提案です。そのマリル? ですか? を殺す代わりに、あなた方を助けてあげてもいいですよ? どうします?』
「ふざけるなぁっ! 私達は死んでもいいっ!! 死んでもマリルを守るっ!!」
「早く! 早く逃げてマリルッ!!」
『そう言っているだけですよね? 少し痛みでも与えれば……』
「……んぐぅっ!! あ……あが……があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「や、やめ……いぃぃぃぃ……痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!! ふぐっ……ふぅ……ふ……マ、マリ……ル……逃げ……逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 ムスペルによって二人の耳が引き千切られたが、それでも必死に押さえつけようともがく。

「お母さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ! お父さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
『なんです? この茶番は? そもそも心配なら連れてこなければいいでしょう? もしかして私に勝てるとでも思ったのですか? 救いようのない馬鹿ですね? 望み通り殺して差し上げ……ああ! そうだ! そんなに大切な相手なんでしたら……先に私のNACMOで満たす所を見せてあげましょう! それから殺して差し上げますよ!!』

 ムスペルが手から滲み出す黒い霧をモザンビークの人達の方まで広げる。モザンビークの人達は瞬く間に黒い霧に包まれ、苦しみ出した。肌が鬱血したように浅黒くなり、みちみちと筋肉が隆起する。

 降魔化だ。

 こうなってはもう手遅れである。降魔となった者は元に戻ることはない。

『ふふふ……どうです? あなた方の大切な相手が化け物へとなる様は? 楽しいです? 嬉しいです? くふっ……ふはははははははははははははははっ……っと……おやおや……どうやら適正があったようですね』

 ムスペルの視線の先、マリルの髪色がざわざわと薄い桃色に染まっていく。
 
『ですがあれはサキュバスですか? サキュバス程度では……』

 更にマリルの体が変化する。頭に黒い巻いた角が生え、背中にも漆黒の翼が現れた。口には牙が生え、爪も鋭く伸びる。身長も伸び、体型も少女というよりは、大人の女性のようになる。

『おお! 素晴らしい!! これはダブルですか!? トリプルですか!? ほらほら! 見てくださいよお二方!! あなた方の大切な相手はとても素晴らしい存在へとなった! 私のNACMOで満たしたのでおそらくとてつもない強さですよ!! ……っと……力を入れ過ぎてしまいましたね』

 興奮したムスペルが父親の首をへし折ってしまう。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! あなたっ! あなたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ぁびゅぅっ!」

 それを見て泣き叫ぶ母親の首も──

 鬱陶しそうにムスペルがへし折った。

 
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