上 下
112 / 229
第一部 第六章 夢の残火─継承編─

継承 3

しおりを挟む

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ヤバいヤバいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
「きゅ、急に力が抜け……でびゅうっ!!」

 ムスペルの軍勢に蹂躙されるカグツチ隊。

 戦場は地獄と化した。

 ランドが大戦斧を手放したことで先導者の効果がなくなり、徐々に戦意高揚や身体能力強化の恩恵がなくなっていく。

 先導者によって戦況はカグツチ隊に傾いていたが……

 今や阿鼻叫喚の地獄。

 次々と人が死に、隊を引っ張っていたカタリナやセリシア、ファムも追い詰められていく。

『ふふ。これでジ・エンドですね? よく頑張りましたが、少し届かなかったですね?』
「……ふざ……け……るな……や……やってや……る……ぼ……僕……が……」

 ランドが折れた腕でムスペルを殴りつけるが、もはや力はなく、ぺしんと虚しい音がするだけ……

 その様を見たムスペルがにぃっと口角を上げ、邪悪な笑みを浮かべる。

『ああ! これが楽しいという事なんですね!? 私は今! あなたに優しく愛撫されている気分ですよ!! ふふ……ふははははははははははははははははははっ!! ……なんですか?』

 ランドの髪を鷲掴みにしたまま高笑いするムスペルの背中に、一本の矢が当たって弾かれた。

 ランドが薄れゆく意識の中で、矢の飛んできたであろう方角を見る。

 そこにはムスペルとの戦闘前に逃がした男が、弓を構えて立っていた。男の背後にはモザンビークの人達が全員だろうか、弓や剣を構えて立っている。

「お、俺はやるぜ! 命の恩人のピンチに黙ってられるか!! それにこの作戦が失敗したら俺たちゃみんな死ぬんだ! 死ぬ気でやってや……らびゅしっ!!」

 唐突に男の首が飛ぶ。どうやら拾った矢をムスペルが投げつけたようだ。

『私が楽しく笑っているというのに、邪魔をするとは不愉快ですね。なんですか? みなさんそんなに早く死にたいのですか? そんなに死にたいのであれば……』

 ムスペルがモザンビークの人達に向けて手をかざすと、かざした手が燃え盛る炎に包まれていく。

『……っとこれはいけませんね。私の存在意義は全ての生物をNACMOで満たすことでした。と言っても、もうどうでもいいんですけどね? 弱者をいたぶることが、これ程に楽しいとは思いませんでしたので。まあ、とりあえず存在意義というものを全うしてから楽しむとしましょうか』

 そうムスペルが言うと、燃え盛る炎が黒い霧となって揺らめいて範囲を広げていく。

「……に……逃げ……て……くれ……」

 どこに逃げると言うのだろうか……

 ランドの悲痛な声が、絞り出すように漏れる。これで本当に詰みだ。モザンビークの人達を助けられなかったばかりか、ムスペルに逆らったことで皆殺しにされる。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 そんな中、ムスペルに向かっていく二つの影。ランドにはその二つの影に見覚えがあった。あれはカタリナと結ばれた日、モザンビークから護衛して連れてきたと言っていた家族の両親だ。

「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! なんなんだ! なんなんだお前はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「い、今のうちよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! 逃げて! 逃げてマリルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

 無謀にも両親がムスペルへと掴みかかる。そんなことをすれば確実に殺されると分かっているのだろうが、必死に押さえつけようと叫びをあげる。

『なんですか? 自殺志願者ですか?』
「逃げろマリルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
「早く逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
『ああ。これは親の愛。無償の愛というやつですか? ではそんなあなた方に提案です。そのマリル? ですか? を殺す代わりに、あなた方を助けてあげてもいいですよ? どうします?』
「ふざけるなぁっ! 私達は死んでもいいっ!! 死んでもマリルを守るっ!!」
「早く! 早く逃げてマリルッ!!」
『そう言っているだけですよね? 少し痛みでも与えれば……』
「……んぐぅっ!! あ……あが……があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「や、やめ……いぃぃぃぃ……痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!! ふぐっ……ふぅ……ふ……マ、マリ……ル……逃げ……逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 ムスペルによって二人の耳が引き千切られたが、それでも必死に押さえつけようともがく。

「お母さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ! お父さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
『なんです? この茶番は? そもそも心配なら連れてこなければいいでしょう? もしかして私に勝てるとでも思ったのですか? 救いようのない馬鹿ですね? 望み通り殺して差し上げ……ああ! そうだ! そんなに大切な相手なんでしたら……先に私のNACMOで満たす所を見せてあげましょう! それから殺して差し上げますよ!!』

 ムスペルが手から滲み出す黒い霧をモザンビークの人達の方まで広げる。モザンビークの人達は瞬く間に黒い霧に包まれ、苦しみ出した。肌が鬱血したように浅黒くなり、みちみちと筋肉が隆起する。

 降魔化だ。

 こうなってはもう手遅れである。降魔となった者は元に戻ることはない。

『ふふふ……どうです? あなた方の大切な相手が化け物へとなる様は? 楽しいです? 嬉しいです? くふっ……ふはははははははははははははははっ……っと……おやおや……どうやら適正があったようですね』

 ムスペルの視線の先、マリルの髪色がざわざわと薄い桃色に染まっていく。
 
『ですがあれはサキュバスですか? サキュバス程度では……』

 更にマリルの体が変化する。頭に黒い巻いた角が生え、背中にも漆黒の翼が現れた。口には牙が生え、爪も鋭く伸びる。身長も伸び、体型も少女というよりは、大人の女性のようになる。

『おお! 素晴らしい!! これはダブルですか!? トリプルですか!? ほらほら! 見てくださいよお二方!! あなた方の大切な相手はとても素晴らしい存在へとなった! 私のNACMOで満たしたのでおそらくとてつもない強さですよ!! ……っと……力を入れ過ぎてしまいましたね』

 興奮したムスペルが父親の首をへし折ってしまう。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! あなたっ! あなたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ぁびゅぅっ!」

 それを見て泣き叫ぶ母親の首も──

 鬱陶しそうにムスペルがへし折った。

 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~

昼から山猫
ファンタジー
異世界に降り立った元日本の弁護士が、冒険者ギルドの依頼で「クエスト契約書」を作成することに。出発前に役割分担を明文化し、報酬の配分や責任範囲を細かく決めると、パーティ同士の内輪揉めは激減し、クエスト成功率が劇的に上がる。そんな噂が広がり、冒険者は誰もが法律事務所に相談してから旅立つように。魔王討伐の最強パーティにも声をかけられ、彼の“契約書”は世界の運命を左右する重要要素となっていく。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

処理中です...