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第一部 第六章 夢の残火─継承編─

継承 1

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「やめてくれ……やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 ランドの目の前では、凄惨な光景が繰り広げられていた。

「あぐぅ……うぅ……えあ……あ……ぁ……」
『この個体は頑丈ですね? 死なないようにしているとはいえ、とても頑丈です。今度はどこを壊しましょうか?』
「うえあぁ……あ……」

 血だらけで、今の状況すら判断出来なくなっているカタリナが呻く。

 まず初めにムスペルは、こちらに向かって走ってくるカタリナの元まで一瞬で移動し、左足をへし折った。そのままへし折った足を持ちながらランドの前まで移動してくると……

 左腕をへし折った。

 絶叫するカタリナを助けようとランドが近付いても、軽く殴り飛ばされる。そこからは延々とムスペルがカタリナを痛めつけている。もちろん何度もカタリナを助けようとランドが近付くが、その度に軽く殴られて吹き飛ばされる。

『まあ……このくらいでいいでしょうか?』

 あれほど可愛らしい笑顔を見せたカタリナは、もうそこにはいない。手足がダランと伸び、顔も原型をとどめないほどに腫れ上がっている。

 ムスペルはカタリナを持ち上げると、乱暴にランドへ向けて放り投げた。

「あ゛あ゛あ゛っ!! カタリナ! カタリナァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
「リャ……リャン……ド……? うぅ……リャン……ド……だ……だい……ひょう……ぶ……?」
「うぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 許さない! 許さないぞムスペルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
『果たして弱者の許さないという言葉に意味はあるのでしょうか?』
「殺してやる……殺してやる……殺してやるよ!!」
『殺すのは私であって、あなたではないですよ? 私のすべきことも明確になりましたし、そろそろお別れとしましょうか』

 カタリナは「そこのランドを殺す」とムスペルに脅され、モザンビークや今回の作戦のことを話してしまっていた。つまりムスペルは状況の確認という目的が達成されていたのにも関わらず、カタリナをいたぶったということだ。

 明確な悪意。

 封印から目覚めたムスペルは思考することだけではなく、邪悪な感情にも目覚め始めていた。

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 動けっ! 動けよ僕の体ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
『動けたとしてどうだと? まだ希望を持っているのですか? この圧倒的な力量差で? 本当に意味が分からない』
「うるさいっ! うるさいうるさいうるさいっ!!」
『感情とは面白いものですね? まるで合理的ではない。もっと絶望を知れば、あなたも諦めますか?』

 そうムスペルが言うと同時、周辺一帯の空間が歪み……

 ムスペルと同じような姿形の軍勢が無数に、それこそ無数に現れる。

『どうでしょうか? とりあえず十万。私よりも弱い個体ですが、あなたと同程度の力を持った個体が十万。これでもまだ諦めませんか?』

 ランドも最早これは無理だと理解している。

 だがそれでも……

「だから……無理だとか無理じゃないとか……そういう話をしてるんじゃないん……だ! じゃないと……『あとは任せた』って言ったノヒンに……顔向け出来ないじゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 力を振り絞って立ち上がるランド。

 腹部には穴が空き、口からはびしゃびしゃと血が溢れる。

 それでも……

 それでもランドは大戦斧を構え、ガチンッと歯を食いしばる。

「ぐぶぅっ! ちっ……ああ……分かってる……分かってるさノヒン! さっきからうるっさいんだよ!! あぁ!? なんだって? ははっ! そんなわけないだろ!? 僕が諦めただって!? はん! んなわけあるかよ! はぁ? じゃあやってみろだって? ちっ……うぜぇ! うぜぇんだよ!!」
『なんです? 恐怖で頭がおかしくなったのですか?』
「あぁん? 僕がおかしくなっただぁ?」

 ランドの言動がおかしい。まるでノヒンのような口調で話しはじめ……

『ああ。そういうことですか。そちらの斧は神器なのですね? しかもとびきり強力だ。いえ、これは三英雄の……?』
「三英雄だぁ? はん! んなこと俺が知るかっ!!」

 そう──

 ノヒンの大戦斧は神器となっていた。神器とは魔素NACMOを鍛え上げることで作り出す武具や道具。この大戦斧は元よりノヒンの魔素が刻み込まれ、性質が変わっていたのだ。それをランドが振るい続けることで更に変化し、神器となっていた。

 もちろん神器を作り出すのはそんな簡単な話ではない。様々な要因があり、この大戦斧のように使っていただけで神器になることなどない。では何がそうさせたのかということになるのだが……

 ヨーコ──

 ヨーコの存在がこれを成した。このことを知るものはおそらく誰もいない。ヨーコは母のサマンサから専用兵装ニヴルヘイムを受け継ぎ、その魔石に宿していた。ヨーコは壊れた食器を直すという微妙な能力を持っていたのだが(※第22部分ニャール村1)、それはニヴルヘイムの影響だ。ニヴルヘイムには──


・対象の魔石情報を解析し、分解、または再構築。再構築により、死者の蘇生すら可能に(死者の再構築には凄まじい量の魔素NACMOを使用)。無機物であれば少ない魔素NACMO消費量で分解、再構築も可能。


 ──という力がある(ヨーコもノヒンも壊れたものを直す力としか認識していない)。実はこの力をノヒンに頼まれて何度か大戦斧に使用していた。いかに頑丈な呪具であろうと、ノヒンの桁外れな筋力によって刃こぼれなどしていたからだ。ヨーコはこの作業をノヒンに抱きしめられながら行っていた。

 つまりその作業によって何が起きていたのかと言えば、ヨーコは知らずノヒンの魔石情報を解析し、その魔石情報が大戦斧を直す度に少しずつだが刻み込まれていたのだ。更にそれをノヒンが使用することで変化し……と、通常では有り得ない工程で神器へと近付いていた。

 ミチミチとランドの腹部の傷が塞がる。

 ギチギチと全身に力が漲る。

 頭の中にはノヒンの声が響き、ランドの口調が完全にノヒンのように変わる。

 大戦斧へと刻み込まれたノヒンの魔石情報。それは──

 超速再生、損傷強化、超強化、先導者と……

 ノヒンの優しくも荒々しい性質。

 守るべき対象のためならば、自身が壊れてもかまわないという熱い想い。ヨーコ、ノヒン、ランドの想いが知らず交錯し、今まさにランドは殲滅の鬼へと成る。

「よくも俺のかわいいお姫さんをめちゃくちゃにしてくれたなぁ? おめぇは俺が……俺が! 絶てぇぶっ殺してやるよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 見間違いだろうか。

 一瞬……

 ランドから漏れ出る魔素がノヒンの形となり、ランドと共に魂の咆哮を響き渡らせたように見えたのは──
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